欧米人から見れば、頼りないほど儚く、幼げに見える母親に向かって、

 

「ママ」

 

と呼ばわる、オリヴァー・デイヴィス・Jr  こと  ユート・デイヴィスは、若干6歳にしてその威力を十分に理解していた。

   

    

 

  

 

ナイトの称号

 

 

 

  

  

研究者とそれに助力するスポンサーが参加する New Year's party は、関係者の家族を交え、カレッジ内の旧聖堂にて開催された。

関係者のみのくだけたパーティーとは言え、男性はブラック・タイ、女性は正装とはいかないまでもドレスを着用したそれは十分に華やかに彩られていた。大人ばかりのその人ごみ中で、その子ども、ユート・デイヴィスは、子どもであることを差し引いても、稀有な美しい外見のために一際目立っていた。

父親譲りの漆黒の髪、黒曜石のような瞳、白磁のような肌。

作りものめいたパーツに彩られた美貌は見惚れるほどで、一目でレベルの違う人種ということを見せつけ、着慣れていないことがわかるスーツ姿から伺い知れるその幼さすら、危うげな魅力となって人目を引いた。

人ごみから僅かに離れ、一段高く設えてある踊り場に立ち、古い木製の手すりにもたれかかりながら、まどかはそんな優人の様子を眺めていた。

関係者ばかりの会とは言え一介の研究者の家族まで知るものは少ない。

お陰で幼い容姿からよもや2児の母親とは思えない麻衣は、挨拶のために会場を移動するたびにナンパ狙いの院生や業者関係者に捕まった。しかしその都度、誰よりも早く優人がその事態に気がつき、彼はどこからともなく現れては、高い声でその名を呼んでいた。

麻衣に声をかけた男達は一様にして、「ママ」と呼ぶその声の主が幼児の域を出て随分大きなことに、それからその子どもが子どものくせに周囲を圧倒する美しさと迫力を持ち合わせていることに息をのみ、最後にその瞳の奥に込められた強い敵対心に気がついてそそくさと麻衣と優人の側を離れていった。

そうした優人の態度に無駄はなく、その様はナイトさながらに小気味いい。

「優人ってば本当にかわいいわ」

まどかは背後に近づいてきた影にわざと聞かせるように声を響かせた。

「麻衣ちゃんを守ろうとしているナイトみたいね。あんな可愛い息子にお姫様みたいに守られているなんて、麻衣ちゃんも母親冥利につきるわね」

口角を釣り上げながら、まどかは目を細めて振り返った。

振り返った先に立つ優人の父親、オリヴァー・デイヴィスは、面白がるまどかの口調に特に反応らしき反応をすることなく、無表情のまま優雅にまどかの脇に移動し、僅かに黒曜石のように深く澄んだ瞳を細めた。

「麻衣にしても他人より当然優人を優先させるだろうし、他の人間もあの優人を前にしたらわざわざ麻衣に手を出そうとは考えないだろうしな」

ナルの珍しい優人への賛辞にまどかは愉快そうに微笑んだ。

「あんな息子がいたら父親は形なしね?」

「雑魚の相手は優人で十分。僕が相手してやるほどじゃない」

傲岸不遜を絵にしたようなその態度と言葉に、まどかはうんざりしたように肩を揺らし、腰に手をあてナルをにらみあげた。

「そんなこと言って、優人と麻衣ちゃんがラブラブで心中穏やかじゃないんじゃないの?優人はこれからどんどんいい男に成長するわよ。顔だけはナルに似ていいし、性格はナルより優しい。オマケに麻衣ちゃんのこと本気で好きだもんね。知ってる?息子は母親の最良の恋人なのよ?うかうかしていると本当に麻衣ちゃん取られちゃうわよ」

少しは怯えさせてやりたいと、まどかは冗談とも本気とも取れないことを言ってナルを脅した。

しかして、対面する部下は妖艶なまでに美しく完成された美貌に豪奢な笑みを浮かべてそれを嗤った。

 

 

 

 

「そこを攫うのがいいんだ」

 

 

 

 

そして香り立つような色気を残して、ナルはまどかの脇をすり抜けフロアに降り立った。

足を向けた先にまどかが視線を転じると、そこには同じ研究チームのメンバー、画像解析班チーフのバートンが優人の存在などまるで気にせず麻衣の横を確保し、親しげに麻衣に声をかけているところだった。

不服そうな優人がしきりに麻衣の腕を引っ張っていたが、上司にあたる人間を無碍にもできず、麻衣は逆に優人をいなして会話に興じていた。その輪の中にナルは躊躇うことなく介入して、自身は体勢を一ミリも崩すことなく、長い腕を伸ばして麻衣の腰を抱き寄せた。

まどかからの角度では、背を向けたナルとその陰になってしまったバートンの表情は見えなかったが、その脇でピシリと固まった優人の表情から、その場の状況は簡単に推察できた。まどかは気の毒な6歳児を思い、知らずため息を落とした。

「どうされたんですか?」

ちょうどその場に戻ってきて声をかけてきたリンからドリンクを受け取りつつ、まどかは遠い目をして苦笑した。

「出来のいい弟子の性格悪化について、ちょっと反省していたのよ」

「?」

「どこで育て方を間違えたのかしら」  

リンはそこでまどかの視線の先の人物に気がつき、苦笑しながらあっさりとまどかの言葉を訂正した。

 

 

「まどかのせいで悪化したわけではありません。元々です」

 

 

やけに実感の篭った部下の言葉に、まどかは降参とばかりに天を仰いだ。

  

 

 

 

 

言い訳・あとがき

100,000番 萌琉様からのキリリク 麻衣がナンパされて、優人が助けようとして・・・』 です。

・・・・バカみたいに時間がかかって・・・・・キリリクされたことすらもうお忘れでは・・・という危険性もありますが、

ようやく書きあがりました。ごっつ今更ですが、贈呈させて下さい。萌流様リクエストありがとうございました!

*ちなみに、晴人はルエラに預かってもらってお留守番です。まだ3歳だからね。(誰も気にしてないと思うけど…)