本当は子どもなんて欲しくなかった。

 

 

血縁者

  

  

結婚を決める前から、周囲の者達が自分に子どもができることを望んでいることは知っていた。

それは一重に僕が破格のPK保持者で優秀なサイコメトリストであることが起因している。

その特異な能力は、加齢とともに減衰していった。

僕の能力を研究したがっていた連中にとって、それは喜ぶべき事態ではない。

既に故人となっているが、唯一の血縁者であった兄も霊媒体質だった。

その経緯を考えれば、僕や兄の能力が血縁者に遺伝する可能性は高いように推察された。

僕らの研究をしたがっていた連中は、そんな理由から早くから僕が作るであろう子どもに着目していた。

因果なことに、僕が生涯の伴侶として選んだ女も先天的センシティブとしての能力を持っていた。

その事実は否応にも彼らの期待を高めてしまった。

 

 

僕の子どもはまぎれもなく僕の血をひく。

でたらめな確立で継承されるであろう、様々な様相を思うにつけ僕の胸は悪くなる。

僕と容姿が似ているだけなら、その子は果報者だろう。

頭脳でもいい。ありえないことだろうが、最悪、性格が似ても構いはしない。

ただ、忌まわしいほどに優秀なサイコメトリやPKの能力が遺伝してしまったら、その子は僕と同じ苦境に陥る。

その弊害を呼び起こす能力を、僕の直属の上司は「最も悲しい能力」と呼んでいる。

現に、幼少期に体験したその忌まわしい記憶は、未だにトラウマとして僕に色濃く影響を残している。

苦痛の遺伝など、誰が望むことだろう。

けれど、研究者はその遺伝を望んでいるのだ。

  

 

 

だが、同じように孤児だった生涯の伴侶は、ひどく子どもを欲しがった。

「だってさぁ、私もナルも死んじゃったら、この血は途絶えちゃうんだよ?

 私はナルの子どもだったら欲しいな。きっとすっごいかわいいよ。

 私とナルの血が混じるなんて、すごくない?」

人間の本能とくくればいいのか、彼女はただ純粋にそんなことを夢見ていた。

血など途絶えればいいと本気で思っていた僕は、そのあきれるほど素直で逞しい生命力に苦笑した。

僕の抵抗はその生命力の前では儚いほどに頼りない。

 

そして僕は口を噤み。

 

麻衣の体内には新しい命が芽吹いた。

 

麻衣の笑顔と同じように、例え能力を受け継いでしまったとしても、僕がまとめて守ってやればいい。

僕はそう思った。いや、そう考えるように、仕向けたと言った方が正確かもしれない。

子どもができることで、最も喜ぶのは研究者ではなく、麻衣本人だとわかっていたから。 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 

 

 

「ちょっっっナル!」

まどかの大声に、僕は眉を上げた。

何の用だと視線で尋ねると、まどかはそのままつかつかと歩み寄り、僕の腕をねじるように掴んだ。

「ナル、何やってんの?!麻衣ちゃんに陣痛きたんでしょう!さっさと病院へ行きなさい!!」

普段なら絶対にしないまどかの行動に、僕は眉を顰めた。

それだけで、まどかがいかに動揺しているのかわかる。

条件反射で硬直した体をまどかは問答無用でずるずるとひっぱり、自分の車に僕を無茶苦茶に押し込むと、

乱暴な手さばきで車を発進させた。

「本当に、何悠長にラボなんか来てるのよ?!」

「仕事途中」

「はぁ?!バカじゃないの?こんな一大事にそれより大切な仕事なんかあるわけないじゃない」

「・・・・産むのは麻衣。僕が側にいても役に立たない」

僕のしごく冷静な答えに、まどかは運転しながら片方の腕を伸ばし、ぎりぎりと僕の腕をつねった。

「まどか・・・・痛い」

「ふざけた口利くからよっっ」

天誅。と言いながら、まどかはありえないスピードで車を飛ばし、普段なら片道20分はかかる道のりを僅か

10分足らずで駆け抜け、病院の駐車場に乱暴に車をとめた。

「ほら、早く行くわよ!」

「いい」

「もうっここまで来たんだから、何もしのごの言うことないでしょう!さっさと立って!!!」

「いい」

「ナル!」

「うるさい!!」

発してしまった鋭い怒声に、まどかは一瞬だけ息を飲んだが、すぐにいつもの笑顔を取り戻し、回り込んで

助手席のドアを開けた。

「ナル・・・あなたが父親なのよ?」

「・・・・」

「もうすぐ生まれるわ」

「・・・・」

「大変なのは麻衣ちゃんなの!何でナルがそこで拗ねるのよ。しっかりしなさい!!!」

その声があまりにも耳障りで、僕はまどかを睨み上げ、文句を言おうと口を開いた。

ところが、僕の口から出た言葉は全く意図しないものだった。

 

 

「僕らの血を残してもいいと思っているのか!?」

 

 

ふいに飛び出した言葉に、一番驚いたのは僕だろう。

何を今更。と、思う端から、それでもどうしても拭いきれない思いが、暗い闇をともなって目の前に垂れた。

 

 

 

 

 

 

華奢な体に無理やり取り付いたような肉の塊がふくれあがる様を見て、周囲の者は笑顔を浮かべながら、

中の子どもは男の子だろうと噂した。

通説だと聞きもしなかったが、それは見事に的中し、腹部エコーで確認した僕と麻衣の子供は男だった。

生まれてきたら名前は「優人」にするのだと、気の早い麻衣は幸福そうに呟き、今にも破裂しそうな腹部を

撫でていた。

微笑ましいと称されるはずのその光景を見ても、僕が感じた感想は嫌悪感と焦燥感だけだった。

幼い頃に封印したはずの、忌まわしい暴力の記憶。

たった一人の兄と共有して、何とかやりすごしてきた醜悪な記憶。

麻衣の腹部には、そんな記憶が封じ込められている。

口に出すのもバカバカしい、そんな妄想が僕の頭には常にあって、臨月を迎えて、限界まで膨れ上がった

麻衣の腹部と同じように、その考えは肥大化していた。

成長に耐え切れず、子どもを外に排出しようとする麻衣と同じように、その妄想は何時の間にか僕の手にも

余るようになっていた。

   

 

 

 

 

「腕、つかむわよ」

真っ青な顔色をしたまどかは、押し殺した怒りを腹に収め、今度は前置きしてから、僕の腕をひっぱった。

どこにこんな力があったのかと驚くほど、まどかの力は強かった。

そのまま、まどかは僕をひっぱり、既に通いなれたであろう病院に入った。

「血を受け継いでいいか?そんなの当たり前じゃない」

駆けるように前のめりになって歩く姿は、怒っているくせに泣いているようにも見えた。

「あなたの子どもは、麻衣ちゃんの子どもでもあるのよ」

廊下は冷たく、薄暗かった。

「ジーンは残したくても残せなかったわ」

まどかはそのままエレベータに乗り込み、産婦人科病棟の階を押した。

「ナル、あなたの子どもはそのままジーンの血もひくことになるのよ」

咳をするような音をたてて、エレベーターは階を登る。

「ナルはジーンに会いたくないの?」

まどかはそれだけ言うと、もう、僕の顔を見ようとはしなかった。

 

 

 

 

目的の場所に着くと、すでにルエラやマーティンが駆けつけていて、今さっき産まれたと、僕はナースに促される

まま薄いガウンを着せられ、麻衣のいる処置室に通された。

冷たい床、篭った勘に触る空気。

迫る、グロテスクな現実に、僕はどんな表情も浮かべられないまま、麻衣が横たわるベッドに近付いた。

「ナル」

疲れ切って、やつれたようなボロボロの顔をした麻衣が、それでも泣き腫らした顔に僅かに微笑みを浮かべて

僕を呼んだ。冷静を装って近付くと、麻衣は体の上にのせた小さな乳児に手を伸ばし、囁いた。

「優人だよ」

妊娠が判明した時、アレはまだ浮遊霊のままで、僕にメッセージを伝えた。

その子どもがアレの生まれ変わりのわけがない。

「ナルの家族だよ」

それなのに麻衣は明らかに作為的な名前を子どもに付けた。

初めて顔を見る「優人」と名づけられたその乳児は、皺だらけの顔を真っ赤にしかめていて、麻衣にも僕にも、

むろんジーンにも似ていなかった。

  

「おサルさんみたいでしょう」

  

それなのに、

  

「でもね、赤ちゃんの顔はすぐ変わるから!そんなに心配しなくていいって」

  

胸を占めたのは

  

「麻衣」

  

何故か

  

「うん?」

  

 

  

  

  

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ありがとう」

  

 

 

  

  

思わず感謝を口にした僕に、麻衣は声を出さずにやわらかく微笑んだ。

それは、その子に最も会いたがっていたのが実は僕だったと、予めわかっていたような、そんな慈愛に満ちた

笑みだった。

 

 
 
 

 

言い訳・あとがき

25,000番 三船屋様からのキリリク 『ナル麻衣出産話』 です。

コメディにしようかシリアスにしようか、最後まで悩んだんですが、妊娠判明時はまるっきりのコメディだったので、出産話はシリアスにまとめてみました。それで、今回のお話は 優人HAPPY BIRTHDAY です。
生まれたばかりの頃は博士も友好的だったというオチがつきました(笑)
リク内容と合致しているのか、甚だ疑問ですが、三船屋さま!よろしければ貰ったって下さい!リクエストありがとうございました。

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