女の子に " かわいい "って言われるのは正直嬉しい。

嬉しいけど、せっかくそう言ってくれるならいっそ、ちゃんと男の子としても好きになってもらいたい。

それはとっても贅沢な希望かもしれないけど、健全な男の子としてはまっとうな欲求だと思う。

彼氏と彼女になるのはちょっと大人っぽくて、やっぱり特別なことだもん。

でも、僕の場合、そうなるには大きな壁があるんだ。

     

    

 

  

 

魔ジ

 

 

 

  

  

僕の初恋はクラスのみんなよりちょっと遅くて、10歳の誕生日直前のことだった。

その当時、僕はパパの仕事の都合でアメリカから母国のイギリスに帰国したばかりだった。

久し振りに帰った我が家が珍しくて、僕は一人で家の近所を探検していた。
その探検の最中に見かけた女の子が僕の初恋の相手、ミシェル・ワイズマン。

3つ年上の彼女は黄金色の髪にグリーン・アイズ、薔薇色の頬にけぶるような目元をした、まるで夢みたいに可愛い女の子だった。
初めて会ったその日から、僕は彼女に夢中になったのだけれども、そうして始まった僕の初恋は無残な形で散った。

  

「ハルトってユートの弟だったの?」
「ユートを知ってるの?」
「知ってるわ。プレスクールの時からクラスメイトだったの」

  

何故か頬を赤らめながら興奮状態で僕の腕を掴んだ時点で気がつくべきだった。

でもまだ10歳だった僕は彼女と手が触れただけで有頂天になってしまって気がつかなかった。

 

「今度ハルトの家に遊びに行ってもいいかしら?」 

 

彼女の目的が僕じゃなくて、僕の兄、ユート・デイヴィスだったってことに。

彼女は僕の家で優人を見かけると満面の笑みを浮かべて優人に抱きつき、驚いた優人に女の子なのに足で蹴られた。

 

 

 

 

 

 

 

日本だったらバレンタイン・デーのチョコレートの数。

アメリカやイギリスだったらイベント毎に申し込むカップリングの成功率。

それから女の子からかけられる声の多さで人気がどれほどのものか分かるなら、僕たち兄弟は小さい頃から結構な人気者だったと思う。

一度ママがパパと優人と僕の分のバレンタインチョコをダイニングテーブルに積み上げたことがあったけど、4人が座われるテーブルの上にチョコは載り切らずに床に落ちた。
パパは数こそ少なかったけれど、その中身はママが大喜びするほど高級品だった。

それに対して、優人と僕には質・量共に大きな差はなかった。

あの時のチョコの内訳は、全部で10だとするとパパが2、優人が4、僕が4。正確に数えたら、僕の方が優人より3つ多かった

そのチョコレートの数が証明するように、僕も優人もそこそこには同じくらい人気があるのだと思う。

でも、僕と優人には致命的な違いがあった。

 

 

優人が " So Cool " と騒がれるのに対して、僕はあくまで " So Cute " だってこと。

 

  

この差は意外に大きい。

  

 

女の子達はただ仲良くなるまでは僕のことをちやほやする。

でもいざ Girl Friend になって欲しい、Boy Friend にしようと思うと手のひら返したように優人みたいなタイプに走っていく。もうそれは見事なほどあっさりと。ほぼ100%の確立で。

なのに肝心の優人は女の子の人気者になることを露ほども気にしていなくて、僕がかわいいなって思っていた女の子たちの告白もあっさりと断って、何でって問い詰める僕に、薄く笑ってこう言う。

 

「お前よりかわいい女の子が現れたら考えてやるよ」

  

この決まり文句の僕の名前は、時々ママの名前になったりするけど、基本的に変わらない。

優人が世界で一番好きな人はママと僕で、世界で一番嫌いな人はパパ。

将来の目標は医者になることで、唯一例外的に興味のあることは水泳。

Simple is the Best .

物心ついてから優人の基本スタイルはずっと変わらない。

そんな優人にとって周囲で歓声を上げる女の子たちは煩いスピーカーくらいにしか見えてないし、どれだけ可愛い女の子が愛を告白したって、それは僕やママには劣るという時点で却下となるんだ。

ある種異常だ。

健全な男の子がしていいことじゃない。

しかも性質の悪いことに優人は僕が大好きだから何かっていうと僕の側にいる。

そうして僕が好きになる女の子のハートだけ持ち逃げして、捧げられると 「迷惑」 の一言だけで情け容赦なく捨てる。お陰で僕までまとめて嫌われたりするんだから本当に最低だ。

" So Cool " というのが本当にお似合いだ。

本来の意味で。

僕だって優人のことは好きだし、かっこいいと思う。

一緒に行動するのは楽しいし、特別優しくされれば嬉しくて、何だかくすぐったい気持ちになる。

僕が女の子だったら僕だって間違いなく優人の Girl Friend になりたいって思っていたと思う。

その点僕は"妹"じゃなくて"弟"で本当に良かったと思っている。自分の肉親に恋心を持つなんて不毛なことは優人だけでたくさんだ。

でも、それとこれとは話が別。

" お兄ちゃん " とは仲良しでい続けたいけど、僕は好きになった女の子とデートもしたい。

そうなると " 優しいお兄ちゃん " はそれを妨害する強力で最大の壁になるんだ。

しかもその辺のことを " お兄ちゃん " つまり優人はまるで気がついてないあたりがさらに難解。 

僕の必死の訴えに優人が出した答えは一言。

  

 

「バカなことを言うな。僕が晴人の邪魔をするはずないだろう?好きにしろよ」 

 

 

傲岸不遜ってこの人のためにある言葉だと思う。

この人には僕は多分一生適わない。

そうしてそのことを優人とはずっと理解し合えないまま、多分ずっとこうしてもやもやしていくんだろう。

僕は結構絶望的に自分の人生をそんな風に思っていた。

そう、17歳になった優人が初めてママより好きな女の子を見つけるまでは ――――――

  

 

 

 

 

 

「君がユートの弟?へぇ、かわいいのね」

 

彼女と初めて会った時、彼女は " かわいい " と言いながらも淡々とした態度で僕の前に現れ、ごく自然に僕と握手した。そして握った僕の手を持ち上げ、まじまじと手元を見詰めた。

 

「綺麗な手ね。小さくてとってもかわいい。私、こういう手好きよ」

 

不機嫌な顔がトレードマークのような優人だけれど、その時の眉間に深く皺を寄せた顔は類を見ないほど険悪だった。でもそれでいて好きな子を前にして途方にくれる普通の男の子のように、どうしようもなく情けなかった。

それを見た瞬間。 

僕は反射的に首を傾げ、背の高い彼女を上目遣いで見上げて言っていた。

  

 

 

「こんな綺麗なお姉さんに言われると何だか恥ずかしな。でも嬉しい、ありがとう」

 

 

 

ドキドキしていたから、僕の目元はまるで泣きそうに潤んだだろうし、口元は奇跡的な角度でつり上がり、頬は上気したように赤かくなった、はず。

そうして浮かべた笑顔は、自分で言うのもなんだけど最上級に愛らしかったと思う。

不機嫌の絶頂にいた優人も思わず惚けていたし、目の前にいた彼女は無表情だったけど、きゅっと一段強く僕の手を握ったもん。

僕はその手をぎゅぅぅっと握り直して、少し緊張が解けたような顔で微笑み直した。

その僕を見つめて、彼女はもう一度僕に向かって " 本当にかわいい " と呟いた。

 

 

 

その帰り道。

優人は僕に対する敵愾心を何とかやり過ごそうと、普段より数倍不機嫌だった。

苦虫噛み潰したような優人を見上げて、僕が内心で笑ってしまったのは仕方がないことだと思う。

  

 

だからね、ミシェル。 

君が優人に足で蹴られたのはもう大目に見てあげてよ。

優人には僕がしっかり仕返ししておいてあげるから。

 

 

 

 

 

 

言い訳・あとがき

270,000番 ちょこいな様からのキリリク 
デイヴィス家のコメディ』 です。

さらに言えば、デイヴィス家の面々がきゃーきゃー言わせてるモテモテのお話ってことで、今回は次男晴人の独白です。
どうもモテモテらしいのに、どこかちょと可哀想な気がしてなりませんが・・・人生そんなものですよね。返却もちろんOKですが、キリリクとして捧げてみます。
ちょこいな様キリリクありがとうございました!