「気持ちよう晴れて、ほんまに良かったですね」
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こんな日まで不機嫌な君 |
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歌う6月、薔薇の季節。 地表にようやく訪れたうららかな陽光の下、金髪碧眼の神父が穏やかにその天候を褒めそやしても、話し掛けられた美貌の御仁の機嫌はちょっとも直らなかった。 その相も変わらぬ様相に、廊下の端でにやにやとこちらを覗っていた高野の坊主と越後屋は肩を竦めて笑いあった。 「ナルちゃんや、何も今日までそう不機嫌になることないじゃねぇか」 「・・・・」 「そうですよ。せっかくお似合いのモーニングが台無しですよ」 安原の指摘に、滝川はにやりと意地悪く口の端を歪めた。 「しっかし、やっぱりお前さんはこういうフォーマルが本当によく似合うよなぁ」 「ほんまにようお似合いです」 口々に登る賛辞にも、ナルは不愉快そうに顔を曇らせるだけで、心底嫌がっている様子を隠そうともしない。 その時、正面のドアが開き、中からリンが顔を出した。 「こちらにいらっしゃったんですね。そろそろ谷山さんがいらっしゃるそうですので、皆さんは中に入って下さい」 リンの言葉に居合わせた面々は軽く応じて、リンが開けた扉に向かった。 「先に行ってるぜ、ナル坊」 「あれ?所長は谷山さんと一緒にいらっしゃるんですか?先に待っているもんじゃないんですね」 「色々パターンがありまっさかい。これじゃなくてはいけないってことはありしませんです」 「へぇ・・・そうなんですね。それじゃぁ所長。中でお待ちしてます」 「麻衣さん楽しみどすなぁ。ほな、先入らしてもらいますです」 先に3人を中に通し、最後にリンがナルに向かって僅かに微笑み、そうして扉は閉められた。
ぱたんと、閉ざされた視界に、ナルはほっとため息をついた。
いい加減、こんな馬鹿馬鹿しいことはやめにしてもらいたかったが、今更キャンセルするわけにもいかず、とりあえず付き合ってやっているものの、まずは準備でかなりの時間がオーバーしていた。 ――― もとがアレなのだから、時間をかけたところでどうとなるものでもないだろうに・・・ 大概にして失礼なことを考えている内に、背後からぱたぱたと駆けてくる軽い足音がした。 「あ、ナル!今、麻衣来るから、私たちも先に中に入って待ってるわね!」 場違いに明るい大声に、ナルの眉間の皺はより深くなったが、綾子は意にかいさず先ほど閉まったドアを開け、するりと中に入った。その後を着物姿の真砂子が追い、扉を閉める瞬間、ふっと手を止め、ナルの方を振り返った。 そして、普段は麻衣がそうするようにふわりと花が咲いたような笑みを浮かべた。 「ナル――――――本当に素敵ですわよ?」 自分への賛辞かとナルが首を傾げた瞬間、さらに背後から待ちかねた声がかかった。
「 ナル 」
お待たせ。 と、続く言葉にため息をつきつつ振り返ると、そこには薔薇の季節を彩る太陽の光を浴びた純白の花嫁が立っていた。 愛されている自信に満ち溢れた花嫁は、幸福を体現するような、抗いがたい美を纏っていた。 相手がナルだと準備に余念のなかった綾子と真砂子の忠言が空しく響くほどその姿は愛らしく、ナルはその時初めて、歓喜で輝くばら色の頬とはかように美しいと実感した。
「ナル?」
名を問い掛けられて我に返り、ナルは思わず見惚れていたことに気がつき内心で舌打ちした。 不本意だ、と言わんばかりに顔を顰め、それから遅れて麻衣の前に腕を突き出した。 「さっさと行くぞ」 その怒ったようなぶっきらぼうな口調に、麻衣は小さく笑いながらも、伸ばされた腕に自分の腕を絡ませた。 「なんだ、私があんまりかわいくて見惚れちゃった?」 からかうような口調と面白がるような上目遣いに、ナルは一旦不愉快そうに眉根を上げたが、すぐに思い直し、端麗な顔に豪奢な笑みを浮かべた。 「ああ、見惚れた」 「へ?」 さらりと顔を近付けて囁くと、たちまちの内に麻衣の頬はばら色を通り越して真っ赤に染まった。 その様子を眺め、ナルはにやりと口の端をつり上げた。 「ようやく僕とつり合うようになったんじゃないか?」
桜の季節に君と出会って 薔薇の季節に生涯の契約を結ぶ その幸運に 今日は心から感謝の祈りを捧げよう
「ナルのナルシスト」 「麻衣はそれが良くて結婚するんだろ?」 「・・・・」
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後悔はしない。 多分。
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言い訳・あとがき 55,555番 saya様からのキリリク 『ナルが麻衣に惚れ直す』 です。 出来る限り甘いものを・・・と、祈りながら書きました。
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