「ユート、日本に行っちゃうって本当?」

 

黄金色の髪をした可憐な少女は今にも泣き出しそうな顔をしてそう言った。

 

 

 

D N A

  

 

 

「?半年の予定だけどね。しばらくあっちで暮らすことにしたんだ」

「半年?!」

「うん」

対面する漆黒の髪をした少年は、自宅リビングでおやつのスコーンを食べながら飄々と答えた。

「・・・・・長すぎるわ」

「そう?」

「そうよ!それに・・・・」

少女の瞳はみるまに潤み、彼女は両手で顔を覆った。

「あんまりだわ」

「君が気にすることじゃないだろ、ミッシェル」

「ひどい!私の気持ちを知っててそんなこと言うなんて!」

「君の気持ち?」

「そうよ!私・・・ずっとユートのことが好きだったのに!それなのに・・・突然日本だなんて」

はらはらと涙を零す少女を見つめ、少年はようやく食べかけのスコーンを皿に戻した。

口のまわりについたスコーンを指で払い、少年はしばし考えてから答えた。

「日本と言っても・・・・別に永住するわけじゃない。すぐ帰ってくるよ」

「・・・・・でも!」

少女はぱっと顔を上げて、不安そうな瞳をまっすぐに少年に向けた。

「半年もいたら、ユートにだって日本で好きな女の子ができるかもしれない」

「え?それはないだろう」

「だって・・・・ユートはママのことが好きじゃない!かわいいって言うじゃない!

ユートのママは日本人でしょう?!ユートは日本人の女の子がタイプだってことじゃない!

それにユートのパパだって、そうやって日本に行って今のママを見つけてきたんじゃない!」

――― 別に日本人だからって、好きなわけじゃないし、あんなのと一緒にして欲しくない。

少年は喉元まででかかったセリフを無理にねじ込み、泣き崩れる少女を慰めた。

「君が僕を好きでいてくれるなんて知らなかったよ」

「ユート!」

「本当だよ。だから、今、どうやって慰めていいのかさっぱり分からない。ごめんね」

「・・・・・」

「でも日本で好きな子ができるとか、そういう心配はいらないよ。大丈夫」

「・・・・・じゃぁ」

「うん?」

顔を真っ赤にする少女を眺め、少年が彼女も結構かわいいなぁとあさってのことを考えているうちに、

少女は瞼を閉じて打ち明けた。

「約束に、恋人のキスして?」

 

 

  

「無理」

 

 

 

思わず即答してしまった瞬間から口が滑ったと後悔はした。が、後悔は先に立たない。

紳士にあるまじき暴言に、少女は泣きながらリビングから走り去っていった。

女の子を泣かせるなんて最悪だ。何とでも言いようはあったのに、と、優人は自分の失態に舌打ちした。

しかし追いかけようにも少女の逃げ足は驚くほど早く、また、追いかけて釈明するのも面倒で、優人は

そのままテーブルにつっぷした。それでも自己嫌悪で目の前が暗い。

――またママに叱られる。

それを思うだけで胸がつぶれそうだった。

 

それなのに、その時リビングにはある人物の陰が落ちた。

 

その気配に、優人はテーブルにつっぷしたままぴくりと肩を揺らした。

間違えようもない、独特の存在感を持つ威圧的な気配。それを無言が肯定する。

優人は一瞬このまま消えてなくなりたいと思ったが、それが叶わないことは百も承知しているので、

腹を決め、憎憎しげに顔を上げた。案の定、その視線の先には、優雅に歩み寄る父親の姿があった。

漆黒の髪、黒檀の瞳、白皙の美貌。

思わず見惚れるほど、無駄に美しい父親は手元の書籍から視線を上げることなく椅子に座り、テー

ブルの上にあったスコーンをつまんだ。その白く長い指を横目に、優人はうめいた。

「一体いつからいたんだよ」

「・・・・さぁ」

「さぁじゃない!」

「とりあえずキスを強要されて、手酷く断ったあたりだな」

優人は二重の失態を見られたことから顔を赤くしたが、ここで動揺を悟られるのも癪に触ると顔を背けた。

「あんたに手酷く何て言われたくないね」

「・・・」

「僕よりよっぽど極悪のくせに」

優人の抗議を黙殺し、父親はパラリと手元の本のページをめくった。

テーブルの間に落ちた沈黙。

その間に優人は子どもにあるまじき素早さで感情を冷まし、さらに冷静な父親を見返した。

一矢報いなければ、腹の虫がおさまらない。

そこで優人はあえてゆっくりと微笑みながら父親に問い掛けた。

「パパは女性にキスせがまれたら調子にのってキスするの?」

優人の皮肉に、父親は僅かに苦笑した。

「僕には麻衣がいる」

「僕もママがいる。他の子と恋人のキスなんてできない」

落ち着きを取り戻した息子の口調に、父親はわずかに視線を這わせ、面倒臭そうに質問をなげた。

「なぜ?」

対して、待っていた質問のように息子はくすりと笑みをもらし、言い切った。

「僕がママを幸せにする男だから」

子どもらしさなど欠片もない小さな笑みに、父親は目を細めた。

「一番幸せにしたい女性だけと僕はキスする」

「母親だが?」

「それが?」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・不毛だな」

「でもないよ」

「・・・・」

「相手は生活破綻者、愛情不足の夫だからね」

「・・・・ほぅ」

 

漆黒の髪、黒檀の瞳、白皙の美貌。

完全な無表情。

 

共に一対。

 

対面するその沈黙から勝利の予感を感じ、優人が僅かに頬を緩めた。

しかし、問題の父親がその瞬間を見逃すわけもなく、彼はその完成された美貌に色を落とした。

「優人は本当に僕そっくりの顔をしているな」

にっこりと笑う顔は、感情がなくとも極上。

「良かったな。この顔は麻衣の好みだぞ」

 

 

  

そして極悪。

 

 

 

 

「だが、オリジナルには敵うまい」

 

  

 

他所を探せ。父親はそれだけ言うと、文字の羅列に意識を落とした。

その澄まし切った表情を眺め、息子はDNAの神秘を心の底から憎んだ。

 

 

  
  
 
 

言い訳・あとがき

息子に喧嘩売るなんて、どこまでお子様だったら気がすむのでしょうか・・・・博士・・・・

2006年6月9日

Please   Broeser  BACK