可抗力

 

渋谷道玄坂


「痛っ」


20:30 pm 


「っと!悪い、ひっかかった」
「もうぼーさん!そんなゴテゴテしたアクセして人の頭触んないでよ」
「悪い。ちょい待て取ってやるから」
「や、痛い。ひっぱんないでよ」
「あっちゃー絡まっちまったな」



渋谷サイキックリサーチ事務所内

 

 

仕事を終えた上司と部下は同じタイミングで所長室と資料室のドアを開けた。

 

「・・・・一体何をしている」

 

ドアの先、応接室ではアルバイトが調査協力者の高野坊主と寄り添って大騒ぎしていた。

 

「あぁ・・・・ナル・・・リン。いやなに、俺のバングルに麻衣の髪がからまっちまってさ・・・」
「イタイー。ぼーさん手ぇ離さないでぇぇ」
「ごめんごめん」
「もぅ、そのバングル外せないの?痛いよぉ」
「いや、ちょっと絡み過ぎて外せないんだよ。少しずつ取るしかねぇなぁ」
「えええええ、もうぼーさんの馬鹿。帰るとこだったのにぃぃ」
「マジ悪い。お詫びに晩飯奢ってやるから」
「・・・・本と?」
「はいはい、だから少し大人しくしてくれ」

 

慌てふためく坊主に麻衣は抱きつくように近づき、不安気な顔で見えない坊主の手元を見上げていた。

その惨状を見捨てて帰宅するわけにもいかず、リンは事務所の周囲を見渡した。

髪を梳く細い文具でもあればいいと、既に帰宅した安原のデスクに目を向ける。
と、その時、デスクの上に置かれた可愛らしいテディベアのペンたてが音もなく動いた。
 
 
――――?
 
 
不思議とは思ったが、リンはさして気にもとめず、次いで給湯室に視線を転じた。

すると今度は背後の書棚から僅かに物が異動するきしみが聞こえた。

 

「ほら、あと少しだから我慢しろや」
「やだぁ、髪の毛ざらざらになってるよ」
「しょうがねぇだろう、取らなきゃないんだから」

 

リンは鉄壁の無表情を崩さないまま、ちろりとナルを眺めた。

不機嫌そうに眉間に皺を寄せていたナルはその視線に気が付き、こちらもあくまで無言でリンを見返した。

その時再び書棚がきしみ、デスクに積み上げられた書類の山が音もなく崩れた。

まるでポルターガイスト。

と、気が付いたリンの視線は自然厳しくなったが、対するナルは肩をすくめ、自分は無関係だと言わんばかりに瞼を閉じた。

その間にも麻衣の悲鳴が部屋に響く。

 

「やぁ痛い!!!引っ張んないで!」
「待て待て、あと少しなんだ」
「やぁん。ぼーさんもうちょっと優しくしてよぉぉ」

 

思わず滝川の手を握りじれる麻衣を、滝川は空いている方の肘をつかって頭を押さえ込んだ。

それに対応するようにバタン!と資料室のドアが閉まり、デスクの書類が音もなく広がる。

リンはさらにナルを睨んだが、ナル自身もその現象に首を傾げるだけだった。

 

「よし、取れた!」
「うわぁぁい良かったぁ」
「ごめんごめん。本当に悪かったな」
「そうだよぉ、あーあ、乙女のキューティクルが・・・」
「お詫びにちゃんと奢ってやるから勘弁してくれ。もう上がりだろ?」
「この騒ぎの前からね」
「おし、じゃぁ行くか」
「うんvv」
「それじゃぁな、ナル坊、リン」
「お先しまぁぁす。お疲れ様でした!」

 
 
 
些細な異変にはみじんも気が付かず、騒ぎの原因だった二人は先ほどまでの惨事が嘘のように仲良く手を振り、事務室を後にした。

 

 

―――――― 直後。
 

 

ゴス…
 
  

  

鈍い音がして、事務所内の家具という家具全てが、僅か数センチではあるが右に傾いた。

 

 

 

 

 

呆然と、落ちる沈黙。
 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

それから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、
 

 

 

 

 
 
 
「言っておくが」
  

 

 

 
 
 
所長室の前からは、不機嫌そうな声の弁明が発せられた。
  

 


 

 
 
「わざとじゃない」
 
 
  

 

 

 

 
リンはその付き合いの長さから、賢明にもナルの姿を視界に入れず、零れそうになったため息を飲み込んで、無言でズレた書棚を壁に押した。


 




言い訳・あとがき

書いてみてびっくり。リンさん一言も発してない!
ちなみに、この「不可抗力」について、ピス子さまよりステキなおまけを頂戴しましたv
ピス子さま本当にありがとうございます!そのステキなおまけ♪はこちらから。

2006年5月24日