調査開始から遅れること3日目。
調査現場最寄駅に降り立った綾子を待ち受けていたのは、SPR調査員・安原修だった。
安原は首尾よく綾子を捕まえると、手際よく荷物を受け取り、綾子を車を停めていたロータリーに案内した。 そして綾子が調査用のワゴン車に乗り込むやいなや、分厚いファイルを綾子に手渡した。

 

 

 

 

 

ご主人様の言い分
  

 

   

  

「今回の調査のあらましをご説明しますね」

 

にこやかに笑う安原に、綾子は顔をしかめつつファイルを開いた。
「今回の依頼人は小池栄一、57歳。旧・小池財閥の現在の後継者です」
「そんな財閥知らないわね」
「戦前のお話ですからねぇ。まぁそういうお金持ちが昔いたんですよ。詳細は2ページに載ってます」
「ふぅん・・・で?」
さしたる興味もなさそうにページをめくる綾子を横目に、安原は説明を続けた。
「今回調査依頼があったのはその小池家で保有している別荘としての洋館です」
「洋館?」
「イメージとしてはヴラド邸に近いですかね。外観図、見取り図は12ページです」
「・・・・別におかしな間取りじゃないじゃない。バカほどデカいけど」
「ええ、作り的には問題ありません。ただある事情があって小池家ではずっとこの洋館を放置していたんです」
「どんな事情よ」
「それは後ほどご説明します。取り合えず、以降この別荘は使用されていなかったのですが、少し前に依頼人の父親が死去しました。これは老衰で怪しいところはありません。で、今回の依頼人に遺産は相続されたのですが、相続税が支払い切れないということで、この別荘も土地ごと転売することにしたんです」
「ふふん、それで大体予想がつくわね」
「まぁパターンですよね」
「大方工事にでも入ろうとしたら事故発生。もしくは幽霊騒ぎが起きて買い手がつかないって所でしょう?」
「ご名答」
ここからちょっと遠いので、と前置きし、安原はワゴン車を走らせながら説明を続けた。
駅ロータリーを抜けると、そこはただひたすら続く片側一車線の県道で、その道はしばらく水田に囲まれていたが、ほどなくすると緩やかな山道に入った。ワゴンはその山道を順調に走行した。
「そもそも何故小池家がこの別荘を放置していたかと言うと、以前この屋敷では押し込み強盗がありまして、当時の家人が全員亡くなっているんです」
「押し込み強盗?」
「戦後の混乱期の事件ですね。詳しくは35ページに新聞記事のコピーがあります」
「へぇ…男が2人に女が3人、あら?全員別々の苗字じゃない」
「はい。当時、その別荘にいたのは使用人だけだったみたいです」
「ふぅん」
「物取りだったらしいのですが、使用人は惨殺。かなり悲惨な状態だったみたいですね」
長閑な風景とはおおよそ結びつかない、血なまぐさい単語に綾子は吐く真似をした。
「・・・・・まだ血のりとか残ってんじゃないでしょうねぇ」
怖がりの綾子の反応に、さすがにそれは・・・と、安原は苦笑した。
「洋館自体に損傷はないのですが、まぁ気味が悪いことには違いないですよね」
「そうねぇ」
「そんな事件があったので、元々迷信深かった小池家では、祟りを恐れて屋敷の放置を決めたようです」
「その時に取り潰せば良かったのに」
「そうですねぇ。もしかしたらその時既に怪奇現象は起きていたのかもしれませんね」
もっともそのような資料は残っていないのですが、と安原は軽く笑った。
この調査員がなかったと言うのだから資料は本当に残されていなかったのだろう。綾子は分厚いファイルを流し読みしながら、手広く細やかに調べ尽くされた小池家のデータに呆れた。これだけで一冊の本になりそうだ。
「で、今回はまんまとその5人が出てきたってわけ?」
「目撃証言では2名、谷山さんの霊視では3名ですね。当時執事をされていた男性1名、小間使いの少年1名、あとメイドだった女性1名」

安原の説明に綾子は資料から顔を上げた。
「なんだ、そこまで分かっているなら、わざわざ私を呼ばなくてもリンが除霊すればいいじゃないの。麻衣がそれを嫌がるってんなら、麻衣本人が説得してもいいわけでしょう?」
「それは所長もそう考えていたんですけどね」
綾子の指摘に安原は少々言い辛そうに苦笑した。

 

 

少し面白い現象が出ているな。

 

 

そもそも唯我独尊研究第一の所長がこの案件を引き受けたのは、そんな動機からだった。
欲しいデータが取れればさっさと片付ける算段で、今回の調査はSPRのレギュラーメンバーだけで取り掛かった。そして誰もが対応はそれで十分だと思われたのだが…

「谷山さんに、その女性の霊が憑依しちゃったんですよねぇ」
「はぁ?」
「歳が近かったせいもあるんでしょうが、一気に片付けようとした所長に隠れて、谷山さんが説得しようとしたら、逆に入られちゃったみたいで・・・とにかくブラウンさんに落としてもらうか、松崎さんに一気に浄化してもらわないことには対処できなくなっちゃったんです」
安原の苦笑に、綾子は眉間を押さえた。
「・・・また、あの子は・・・」
「と、言うわけでして、まずは屋敷に行く前に松崎さんには近隣の神社巡りをお願いします」
「ああ、はいはい。オッケー・・・あ、でもジョンはどうなのよ?」
「明日には体が空くってことでしたが、憑依状態が長く続くのも危険なので、できるだけ早いほうがいいかと」
「まぁね」
そこまで聞いた綾子は重いファイルを後部座席に投げ入れ、やれやれと肩をすくめた。
今の話では所長ことナルの機嫌は何時にも増して悪そうだ。さわらぬ神に祟りなし。どうせジョンが来ることが分かっているなら、何もわざわざ虎の穴に手をつっこむこともない。
「・・・ねぇ、生きている樹がなかったら、私このまま帰っちゃ駄目?」
弱気な綾子の申し出に、腹の内が分かるだけに安原は思わず苦笑した。
「でも、中々面白い状態ですから、一見の価値はあると思いますよ」
「は?」
綾子の疑問に安原は答えを出さず、ただまぁまぁとトレードマークの底の見えない笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

安原が年代ものの重厚な扉を開けると、そこには麻衣が笑顔で待ち受けていた。

「 お帰りなさいませ、安原様 」

その光景を見て硬直する綾子を他所に、安原は慣れた口調で微笑み返し「お客さまだよ」と、綾子を紹介した。
その言葉にも麻衣は躊躇いなく頷き、後から入ってきた綾子に丁寧に頭を下げた。
「いらっしゃいませ、お客さま」
「ま。ままままま待ちなさい!少年!!!!!!!」
「はい?」
「何、コレ?」
「だから言ったじゃないですか、谷山さんメイドさんに憑依されちゃったって」
「だって何よこの格好!」
綾子が指差した先にいる麻衣は、丸襟ブラウスに裾の広がったワンピースを身に付け、その上にアンティークレースのついたエプロンをしめていた。いわゆる、紋きり型のメイド姿。
「ああ、屋敷はそのまま放置されていたので、当時の洋服とかも残っていたんですよね」
「で、だからって何で着なきゃなんないのよ!」
「だって、谷山さんの手持ちの洋服は男の方が着るものだって、本人聞かないんですもん」
「だからってこれじゃぁ丸っきりのコスプレじゃないの!」
「かわいいでしょう?よくお似合いですよね。だから一見の価値有りって言ったんですよ」
事態は深刻なはずなのに、どこか楽しんでいるような風貌の男に、綾子は歯噛みしつつ頭の上にヘッドドレスまでつけた麻衣を見下ろした。
きょとんと自分を見上げるその様子はかわいい。かわいい。が、何かが間違っている。
綾子は麻衣の薄い肩を掴み、声を荒げた。
「麻衣!早く私が浄化してあげるからね!待ってなさい!!!」
息巻く綾子に麻衣は困惑し切って安原に救いを求めた。
その心細げな視線すら、寒気がする。綾子はきりきりと怒り狂いながら安原を睨んだ。
「少年!早くナルんトコ案内しなさい!」
「はいはい。こちらですよ」
「もうちゃっちゃとやってやるわ!」
「残念ですが仕方ありませんよねぇ」
「残念がるな!」
噛み付きそうな勢いの綾子を制しながら安原が突き当たりの部屋に設置されたベースに向かうと、ちょうどそのドアが内側から開き、中から現れた漆黒の美人が現われた。
その御仁に対して、綾子が口を開くより早く、後ろを付いてきていたはずの麻衣が嬉しげに声を上げた。

 

 

「 ご主人様! 」

 

 

―― ご・・・ご主人様ぁぁぁぁ?!

 

その単語に綾子が絶句した時、件の『 ご主人様 』は綾子の存在に気がつき、駆け寄る麻衣を一切無視して綾子に声をかけた。
「安原さんからおおよその事情は聞きましたか?」
「えぇぇえ、とくと聞いたわ!それでこの目で見てるわよ」
「で、使えそうな樹は?」
「あったわ!すぐやる!」
「結構」
『 ご主人様 』はそれだけ言うと、おずおずと隣に控える麻衣に視線を這わせた。
「・・・・お茶」
「はい!」
『 ご主人様 』の一声に、メイド姿の麻衣は背筋を伸ばし、嬉しげにどこぞへ駆けて行った。その麻衣の後姿に、綾子の神経が切れた。
「ちょっとナル!麻衣をおもちゃにしないでよ!!」
「…そのようなつもりはありませんが?」
「じゃ、あの命令は何んなのよ!」
「いつものことです」
ですね。と相槌を打つ安原に、綾子はぎりぎりと奥歯を噛んだ。
「大体なんであんたが『 ご主人様 』なわけ?」
「さぁ?勝手に向こうがそう思い込んでいるようですので」
冷静に答えるナルの脇で、必死に笑いをこらえる安原を綾子は思いっきりつねった。
「いひゃい!」
「もう!これ以上麻衣で遊ぶのは私が許さないから!」
綾子は何事かとベースから顔を出したリンすらまとめて一喝し、早々に控え室に駆け込むと巫女装束に着替えた。

 

 

 

 

 

緋色と白の巫女装束に身を包めば、幾分か気も落ち着く。
綾子は深呼吸をしてベースに戻った。しかし、綾子がベースに戻ると、そこにはメイド姿の麻衣が、ナルの脇にぴったりと寄り添うように立っていた。その従順そうな眼差しから、普段の元気娘の文句は想像だにできない。
それなのにそれをさも当然と言わんばかりの態度でいる 『 ご主人様 』 が一人。
常に煩いと煙たがる存在が大人しくなって、ご主人様としては願ったり叶ったりだったのかもしれない。その光景が一度凪いだ綾子の神経を逆撫でした。
「ナル、やるわよ!」
静寂を破る綾子の声に、ナルは顔を上げ頷き、傍らに佇む麻衣に視線を投げた。
「お前も隣の部屋へ」
ナルに促されると、脇に立っていた麻衣は素早く頷き、従順にその指示に従って隣室に入っていった。その粛々とした麻衣らしからぬ態度がますます癇に障る。綾子は麻衣の後について清められた部屋に立ち入りながら、声を荒げた。
「『お前』ねぇ、随分親しげじゃない」
「あれは麻衣ではないので」
正確な言葉ではあるのだが、それすら気に入らなくて綾子は皮肉をこめた毒を吐いた。
「まぁね、従順で使いやすそうね。ここ数日楽しかったんじゃないの?ご主人様?」
「特に楽しいわけではありません」
「へぇ」
猜疑に満ちた綾子の視線に、ナルは感情のない瞳のまま、わずかに口元をゆがめた。
「あれは麻衣ではないので、抱きたいとも思えない。つまらないものですよ、松崎さん?」

 

 

 

 

さっさと落として下さい。不快です。

 

 

 

 

『 ご主人様 』の言い分に、純真可憐な巫女はムカっぱらを立てながら、バシリ、と、派手な音を立てて両手を合わせた。

「はじめます!」

巫女の祝詞は語気荒く、古い洋館に響き渡った。 
 
 
  

言い訳・あとがき

5000hits、沙織さまからのキリリク 『ご主人様ナルとメイド麻衣』 

…全くお答えできませんでしたね(;▽;)アハハハハ惨敗です。
リク頂いた時点で吐血ものだったのですが、案の定って感じの出来です。
パラレルとも考えたのですが、想像力貧困なあこは思いつかず、あまつさえ、沙織さまからのキリリク変更に
甘えようかとも思いました。が、できたら、最初のキリリクで!とふんばりました。ふんばったけど、この程度です。
ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。
「アレは悪魔に違いない」がお好きとのことだったので、ぼーさん出そうと思ったのですが、ぼーさんとメイド麻衣ではぼーさんがご主人様に殺されてしまいますんで、急遽綾子姉さんの登場とあいなりました。
ゴミ箱決定ですが・・・とりあえずUPさせて下さい。 沙織さまリクありがとうございましたvv

2006年6月13日