覚醒の理由 |
深い眠りのために
深い眠りはまだ意識の底を漂ってはいたが、自分の頭を認識する程度には立ち去っている。 ジーンは注意深く頭を振った。 前回眠り込んでからどのくらいの時間が経過したのか・・・それももう判然としない。 以前の記憶は驚くほど曖昧で、思考は淀みきっている。 もう目を開きたくないと思いはしなかったか?と、ジーンは自問する。 しかし思考が結ばれることはなく、胸にわいた疑問はそのまま曖昧な空気に溶けた。 もう目が開くことはないのかもしれないと思っていた。が、今再び目が覚めた。 となると愛しい者達に再び厄災が降りかかっているのかもしれない。 その危機感に、ジーンはすぐに拡散しそうになる意識を何とか保ちながら、ゆっくりと自分の体をイメージした。
そこでようやくジーンは目を開き、対象物を見ようと意識を外に集中した。 その姿にジーンは驚きと喜びを感じ、前のめりになった。 「ああ、僕は随分眠ってしまっていたんだなぁ」 ジーンの感嘆はもちろん双子の弟には届いていない。しかしジーンは微笑みながら語らずにはいられなかった。 彼、双子の弟のナルの外見はすでに少年の域を脱し、幼さをそぎ落とした青年のものとなっていた。 表情は相変わらず無愛想ではあったが、背丈も伸び、その容姿はさらに色気を纏っている。 おそらく以前再会した時から年単位で自分は眠っていたのだろう。 ジーンはその時の流れに一抹の寂しさを感じた。 記憶すら曖昧で、最後の逢瀬も判然としない。そんな自分の曖昧な世界に反して、半身の弟は時の流れに乗って絶えず新しいものを吸収していたのだろう。 ちろりと、嫉妬の炎がジーンの胸を焦がす。 しかしゆっくり感傷に浸っている場合ではない。ジーンは気を取り直して感覚を研ぎ澄ました。 調査中なのか、ナルは見慣れぬ洋館で部下に指示を飛ばしていた。そこからぐるりと周囲を見渡す。転じた視線の先にはSPR本部所属の霊能者と調査員のリンやまどかがめいめいに仕事に追われていた。そしてその中にジーンは麻衣が紛れ込んでいることに気が付き、破顔した。 できたら、できることなら、彼女にはナルの側にいて欲しかった。 それが月日をえた現在でも継続していることに、ジーンは胸をなでおろした。 麻衣は愛嬌のある可愛らしい表情はそのままに、すめらかに成長していた。そしてその薬指にはナルとお揃いの指輪がはめられていた。
「うわぁぁぁ麻衣!君、ナルのお嫁さんになったの!?信じられない!すごい!快挙だ」
ジーンは器用に空中で宙返りをし、飛び上がった。 やはり今は調査中らしく、麻衣は随分新しく改良された機材を肩に担ぎ、洋館の中をあっちに行ったりこっちに行ったりと忙しく立ち回っていた。重い機材を力強く運ぶ姿に、女の子なのに酷使されて・・・とジーンは苦笑した。 しかしその環境こそナルと麻衣二人の関係は昔とさほど変わっていないことを暗示していて、ジーンはますます顔を緩めた。 この快挙を壊してはいけない。 しかし特別悪いイメージがない。さらに周辺地域へと意識を拡大しても、ひっかかりは見えなかった。 そこでジーンは首を傾げた。・・・自分が何故あんなにも焦って目を覚ました理由がわからない。 ジーンは再度意識をこらして周囲から洋館、その隅々まで視界を走らせたが、やはり見えるのは害のない小さな思念ばかりだった。霊はよく嘘をつく。それを加味しても反応がなさ過ぎる。おそらくこの調査は自然現象や何らかのアクシデントが原因となっていているのだろう。とりあえず緊急性はないようだと、ジーンは一息ついた、するとその視界の端に麻衣がいた。 「麻衣!」 ジーンは思わず麻衣に抱きつき、そして、そこまで密着して初めて、麻衣の中に何かがいることに気がついた。 ジーンは目を見開き、飛びついた麻衣の顔をマジマジと覗き込んだ。幼さの残る顔。薄い色素。強い生命力。 明るい精神。海のように広い胸の内。そして麻衣はさらに新しいものを含んでいた。
ジーンのつぶやきが麻衣に届くことはない。 あっけに取られるジーンをそのままに、麻衣は「よいっしょっと」と、日本語の掛け声をあげてカメラを持ち上げた。 「ま、麻衣!そんな重いもの持っちゃダメだよ!」 慌てるジーンの目にはさらに苦しそうに瞬く白い光が見える。 しかし麻衣は一向に構う様子なく歩き出し、隣室で待機していたまどかと合流した。 「あら麻衣ちゃん。どうしたの?顔色が悪いわ」 「え、そうですか?」 「何か空気悪い?感じる?」 「え?うぅん・・・今回はちっとも嫌な感じはしないんですけどねぇ。最近疲れているのか、すっごく眠いんです よね。風邪気味なのかも。顔色悪いんだったら、むしろそっちが原因かもしれないですね」 「あら、気をつけてね。無理しちゃダメよ?」 「はぁい」 暢気過ぎる会話に、ジーンは事の事態をようやく飲み込み頭を抱えた。 つまり麻衣はまだ自分のお腹の中に子どもがいることに気がついていない。そして何が緊急事態かと言えば、それは正に麻衣の子どもに違いない。自分はまだ生まれてもいない麻衣の子どものSOSを感知して目を覚ましたということだ。妊娠初期、もっとも流産しやすい時期に麻衣は重い機材を運んでいて、これで霊障が出ればますます最悪なことになる。ジーンは慌てて麻衣の側で声をあげた。しかし眠っていない麻衣にその声が届くことはない。 「麻衣!麻衣!麻衣!そうだ、ナル!ナルでもいいや。とにかく気がついて」 しかしそれら全ては当人に届くことはなく、虚しく空をきった。 ジーンが一人じれている間にも、麻衣はさっさと機材を設置し、ナルはベースで忙しく資料をめくっていた。 「・・・そうだな。今のところ何の反応もないし・・・3時間後に交代する。何かあれば呼べ」 「はい」 リンの申し出にナルは固まった首を伸ばした。古い洋館の調査の為に今日は随分埃を被った。ナルはベースを 後にして仮眠室として与えられた部屋の浴室に向かった。手早く服を脱ぎ、人一人がようやく立てるような狭い 浴室に足を踏み入り、出の悪いシャワーを被ったところで、ふと、ナルは背後の気配に気がついた。 狭い浴室の背後の壁には小さな鏡。曇った鏡には、お湯を被った自分の姿が映るばかりのはずだったのだが・・・
『 うあわぁい!ナル!やっと気がついた!!!! 』
『そうだよ、麻衣ともライン繋がらないし、ここ状態悪いし・・・でも良かった繋がった』 「お前・・・まだいたのか」 『いたんだよね。随分長い時間眠っていたみたいだけど』 「もう消えたと思っていた・・・今回は何だ?何が目的だ?」 驚愕からすぐに持ち直したナルに対して、ラインの繋がった嬉しさから本懐を忘れそうになっていたジーンは、 そこでようやく目的を思い出し慌てた。 『そうなの!・・・で・・・だから・・・はやっ・・・』 しかし慌てたせいか、ラインが乱れる。ナルは顔をしかめて鏡に手をつき意識を集中させた。 「ジーン、よく聞こえない。ゆっくり話せ」 『・・・だから・・・ああ、もう・・・・切れそう・・・』 「落ち着け」 『ナル・・・落ち着いて聞いて!』 「落ち着くのは貴様の方だバカモノ」 『麻衣のお腹の中に子供がいる!』 眉間に皺を寄せたまま、ナルが固まった。 『だから・・・・早く麻衣をリタイヤさせて、病院へ・・・って・・・・ナル?聞いてる?』 返事のないナルにジーンは大きく笑いながら大声を上げた。
『 しっかりしてよ!パパ! 』
その衝撃に耐え切れずブツンと切れたライン。に、ナルは、息をつくのも忘れ、そのままズルズルと座り込んだ。 調査控え室で麻衣は荷物の整理中で、まどかに至っては入浴中だった。 「ぎゃぁぁナル!何突然入って来るのよ馬鹿!」 麻衣は思わず悲鳴を上げたが、ナルの様子を見てさらに驚いた。何をそんなに慌てたのか髪は濡れたまま、乱暴に羽織られたシャツの前は全開だった。そのあまりに似つかわしくない様相に麻衣は顔をしかめた。 「ど・・・どうしたの?」 ふりかかる雫もそのままに、ナルは麻衣に歩み寄ると力任せに麻衣を引き寄せた。 「な・・・ナル?」 「麻衣、お前最後の月経はいつだった?」 「はっっはぁぁぁ?!」 「いいから答えろ!いつだ?!」 突然のあんまりな質問に麻衣が怒り狂いそうになる瞬間、ナルの怒声がそれを制した。 麻衣は真っ赤になりながらも言葉をなくし、ふと考え、それから首をかしげ、傍らに広げていたスケジュール帳を睨んだ。 「あ・・・あれ?」 麻衣はあわててスケジュール帳をめくる。が、その指は先月、はては先々月のページをめくっていた。そんな麻衣の姿を横目にナルがため息をつくと、シャワーを終えたまどかがナルの姿を見つけて笑った。 「あ、この声はやっぱりナル?もういやねぇナルったら、夜這いするなら別の時にしてよ」 「・・・・まどか」 「何かしら?」 「頼みがある」 「あらなぁに?部屋から出て行けっていうのならお断りよ?今日は私と麻衣ちゃん二人っきりでラブラブの一夜を過ごすんだからvまぁいつもの通り幽霊屋敷でちょっとムードに欠けるけど・・・」 「明日の朝一番で、このバカを病院へ連れて行け」 「え?」 ナルは混乱して頬を真っ赤にした麻衣に向き直り、舌打ちした。 「この間抜け」 「う・・・うりゅぅ」 「病院へ行ってはっきりしたら、麻衣はそのまま今回の調査をリタイアしろ」 「え!?でも調査中・・・」 思わず声が出た麻衣をナルは一瞥で黙らせた。 「わかったな?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・はい」 「え?え?何?何事?麻衣ちゃん病気だったの?」 顔を色を変えるまどかを一瞥して、ナルはそのまま説明もなく部屋を後にした。
それだけ自分は遠くまできたということかもしれない。 それだけ時が流れ落ちたということなのかもしれない。 とりあえず自分が覚醒した目的は果たされた。それだけでも良しとするべきなのだろう。 ジーンは既に分解されかけた自分を見下ろし微笑んだ。
水のように流れる時に 取り残される自分に 流されていく愛しい者達に 新しく芽生える命に こみあげるこの感情が何なのか、それを表現できる言葉はどこにもない。 ただ、願いだけは確かに身の内に芽生えた。
愛しい人 どうぞ どうぞ 幸せに
拡散する意識の中で、ジーンは再度掴んだ願いを握り締め、安堵するようにため息をついた。
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言い訳・あとがき 突然時間をすっ飛ばした 妄想産物☆フューチャー物語です。ごめんなさい。完全に管理人の 妄想なんです。 ご不快に思われる方はこれより先(MAIN一覧下)の閲覧はご遠慮ください。 管理人の好き勝手に続く予定です。 2005/05/23
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