「ナル、好きだよ」 「・・・・・そう」 「そうって・・・それだけ?他に言うことないの?」 「・・・」 「何でナルは私に言わせてばっかりで、自分からは一言も言ってくれないのかなぁ」 「・・・」 「ナルだって私のこと好きでしょう?」 「そうだったかな」 「 そ う な の !」 「麻衣が分かっているならそれでいいだろ」 「よくないよ!ちゃんと言葉にして表現しないと伝わるものも伝わらないでしょう!?」 「・・・」 「ナルのケチ!口下手!無精者!!」
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レクチャー |
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恋人と二人きりの夜。 手放せない専門書のすぐ横で、煩わしいことを口さがなく喚きたてる相手に、ナルは一人ため息を落とした。 相手の手中にすっぽりはまっている恋心など、わざわざ言語化してやることはない。 世間一般的にはドライと評価を下されそうな考えでも、ナルにとってそれはごく当然な感覚なので、ナルがそれに疑問を持つことはない。しかし麻衣はその無駄な言葉を欲しがるあまり、結果的に穏かな時間を邪魔する。 煩わしいのとプラスして、けなされた言葉が勘に触り、ナルは僅かに眉根を上げ、麻衣をみやった。 表情豊なその顔は、今は不満の感情を描いている。 その表情に、ナルは更に深いため息をついた。 「無精者は麻衣の方だろ」 栗色の髪が揺れ、鳶色の瞳が怪訝そうに瞬いた。 「私はちゃんと好きだって言ってるじゃんか」 「違う」 「は?それじゃぁ何?」 食って掛かりそうな勢いで間をつめる麻衣に、ナルはうっそりと笑みを浮かべた。 「僕は麻衣からセックスを迫られたことがない」 「!!!」 「麻衣はしたがってても自分からは言わないし、迫ってこない。僕が気が付くのをただ待っているだろ」 音を立てて赤面していく麻衣に、ナルは僅かに口角を吊り上げた。 「キスだってそう」 「〜〜〜〜〜」 「たまには自分からしてきてもいいんじゃないか?」
゛無精者 "
やりかえされた同じ語句に、麻衣は真っ赤に熟したトマトみたいな顔をしたまま、口を曲げて難しいような顔をした。 黙って観察していると、麻衣はぐるぐると苦悩を始め、それからしばらくして耳まで真っ赤に染め上げて、それを両手でおおい、ためらいがちにナルを見やり、それから急いで頭を振り、汗ばんだであろう両手をスカートに押し付け、俯いて、顔を上げて、大きく深呼吸をした。 その間僅か4分。 それからしばらくして、麻衣はようやくぎこちない動きでナルの側に擦り寄り、瞼を閉じ、小さな顔をナルの前に差し出した。 セックスはともかくとして、キスはしてやろうという気になったらしい。 ナルはその変化をあますことなく記録できるように、観察者の目で近づく麻衣の顔を眺めた。 「〜〜〜〜〜〜〜っっっ」 が、そこから先の僅か3センチが縮まらない。 闇色の瞳でそれを見つめ続けながら、彼にしては辛抱強く、その距離が縮まるのをナルは待った。 が、いくら待ってもそれが縮む様子はなく、その前に息をつめた麻衣が酸欠で諦めそうな気配が空を撫でた。
―――― 手間のかかる・・・
どちらかと言えばお互い様。 その感慨にナルは眉間に皺をよせ、麻衣の頭を左手で掴んだ。 急に頭をつかまれて、驚いて見開かれた鳶色の瞳。 そこに映るは自分の姿。 「こう」 ナルは力任せに麻衣の顎を上向かせた。 そして形のいい口をその顎に寄せ、低い声で囁いた。
「こうだ」
かぷり。と、噛み取るようなキス。 極めて面倒そうに、ナルはそれだけ言い置くと、麻衣を離してその場を立ち去った。 顔を真っ赤にしたまま、麻衣は言いようのない敗北感に打ちのめされ、そのままぱたりとその場に倒れ込んだ。
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言い訳・あとがき これは、瑞樹さんに贈呈。いらなくても押し付けてみる。ナルの 「こう」 。 |
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