今日案内する得意先は大学の研究室なんだ。

君も聞いたことくらいあるだろう?ケンブリッジ大学だ。

そこでは主に心霊現象を調査している。ああ、だからってそんな顔しなくていいよ。大丈夫。

SPRと言ってね、ヨーロッパでは最も権威ある心霊調査団体なんだ。胡散臭い手合いじゃない。

心霊調査だからカメラが扱われる実験も夜が多くて、我が社の製品も多用されているってわけさ。

しかもこれは一般的にもよく言われているけれど、そういった手合いと機械の相性はすこぶる悪い。

お陰で研究者にはメカニック専用員までいるくらいだ。今日は有意義な聞き取りになると思うよ。

 

  

 

 

強制終了 〜 あるいは、運の悪い皆川透の悲劇 〜

 

 

 

 

特殊カメラメーカー・イギリス支社の担当者は、現場調査を任された日本人の開発者にそんなことを説明した。

日本からやってきた開発者・皆川透はその話だけでやる気の半分は確実に削がれた。

世の中は広い。様々な人種がいてもおかしくないとは思う。

しかし、せっかく権威ある大学に在籍しているのに、何も好き好んで心霊調査などしなくてもよさそうなものを。と、

霊感のない皆川は心の底から思う。

が、何はともあれそこは 『 ケンブリッジ大学 』 だ。

ネームバリューの大好きな皆川透は上機嫌でその得意先へ向かった。

 

 

「日本人の方がみえられると聞いたので、今日は日本語が話せるスタッフが対応させて頂きます」

そう言って紹介された男は、見上げるほど背が高く、無口で無愛想だった。

おまけにスーツをぱりっと着こなしているくせに、長すぎる前髪のせいで顔の半分が隠れている。

研究者というものは変人が多いと聞くが、彼もまさしくそうなのかもしれない。そんなことを思いながら、皆川は

一回りほど年上になりそうな男を見上げた。

「林興徐と言います」

彼は無愛想に頭を下げ、求めた握手を無視した。

――――本当感じ悪い・・・

皆川は人当たりのいい笑顔を張り付かせてはいたが、性格暗くて悪そうと、内心で舌を出した。

これで仕事ができなかったら、彼は皆川の中で取るに足らない人間として位置づけられていた。

しかし、実際のカメラワークの仕事の話となると、皆川はその見解を見直さざるを得なくなった。

彼は調査現場での機材メンテナンスに優れていて、その仕組みを驚くほど正確に理解していた。

自分達が開発していく商品がよく理解され、利用されつくしている現実は、ともかく技術者冥利に尽きる。

皆川はついつい話に熱中し、相手の男もそれを嫌がる素振りも見せず、実際熱心に話をしていた。

しかし時計が午後3時を回ると、それまで淡々と説明を続けていた彼は、ふつりと言葉を切り、皆川を制止した。

「そろそろお茶の時間です」

「はっ?」

「イギリスの習慣で、大体10時半と15時半にはティータイムになるんです」

彼が言い終えるその前に、皆川がつめていた研究室のドアは勢いよく開いた。

 

「リ〜〜〜ンv」

 

そのドアからは栗色の髪をした小さな子どもが、満面の笑みを浮かべて彼の元に駆け寄ってきた。

度肝を抜かれ、目を丸くする皆川の前で、それまで無表情の権化だったはずの彼は僅かに微笑み、駆け寄って

来た子どもを抱き上げた。

「実験は終わりましたか、ハルト?」

「わったよぉぉ」

「それは良かった。けれど行儀が悪い。私は今接客中でしたよ」

子どもに語る言葉ではないが、その口調はひどく柔らかかった。

その言葉に弾かれたように、彼に抱っこされた子どもは皆川を見やり、にっこりと天使のような微笑を浮かべた。

栗色の髪、鳶色の瞳、白皙の肌。

よく見ればその容姿は大変愛らしく、本物の天使が舞い降りたようだった。

―――外国の子どもは全員綺麗なものなのか?

皆川がそんなあさってなことを考え絶句していると、子どもを抱き上げた彼はその沈黙を誤解し説明した。

「彼はここの関係者の子どもなのですが、今日はちょっと実験に付き合ってもらっているんです」

「・・・・実験?」

「ええ、簡単な心理テストのようなものです」

「林さんはそんなこともするんですか?」

「いえ、私はしません。それにはその専門家がします。ただ、彼の両親と面識があるもので・・・

 ラボへ来た時はいつもこんな調子で、ここにやってくるんです。お騒がせして申し訳ない」

「リン!」

自分が無視されたとでも思ったのか、ハルトと呼ばれた子どもは頬を膨らませて彼の胸元を引っ張った。

「お茶の時間だよ?ママの所行こう」

「今日はマイさんも来ているんですか?」

「うん」

気になる名前を耳にし、皆川が口を挟もうとした瞬間、研究室のドアは再び音を立てて勢いよく開いた。

 

 

「晴人ぉ!!!!」

 

 

聞き覚えのある怒声と共に、ドアからは漆黒の美人、空港で見かけた綺麗な子どもが今再び憤怒のオーラを

撒き散らして入ってきた。

「お・ま・え・はっっあれほど一人で勝手に動き回るなと言っただろうが!」

「きゃぁぁぁぁ」

「ユート、大声をあげなくても・・・」

「リンは黙ってて!もう知らん!晴人は置いて帰る!!!!」

「や、やぁぁぁん。お兄ちゃん待って!」

「お前が勝手に動き回るからだろう!!!!」

怒り狂った子どもに怯える幼児。

皆川がその様子をぽかんと見ていると、怒声を上げていた子どもはようやく皆川に気が付き、その顔を見るや

驚きで目を丸くした。

 

「あれ、ミスター・・・・」

 

驚いた様子だけは歳相応に幼い、漆黒の髪をした子どもは、皆川を見ると白皙の顔から怒りの表情を落とした。

 

 

 

「彼は谷山さんの長男の優人、6歳。で、こちらが次男の晴人、3歳」

 

 

 

リンの紹介に漆黒の美人・優人は憮然と目礼し、栗色の天使・晴人はにっこり微笑んだ。

言われて見ればその微笑みは、かつての同級生を彷彿とさせるまばゆい笑顔だった。

「しかし、あなたが谷山さんと面識があったとは・・・」

「え、ええ・・・本当に驚きました」

動揺のあまりうろたえ小さくなる皆川を眺めつつ、そこでリンはふと思い出し眉根を寄せた。

「ちなみに、皆川さんはこれからずっとこの地区の担当になるのですか?」

「え?いいえ違います。私は開発畑の人間ですから、今回はイレギュラーのことです」

「あぁそうですか。では良かった」

「は?」

「いえ、お気になさらないで下さい。私としてもそちらの製品は使い続けたいもので」

歯にものがはさまったような物言いをするリンに、皆川が首を傾げると、ほお杖をついたまま横で聞いていた

優人が意地悪げに笑った。

「つまり、おじさんがいると、おじさんの会社の製品はここでは売れなくなるってことだよ」

「え?」

「優人!」

たしなめるようなリンの声を無視して、優人は大人びた表情を浮かべて肩をすくめた。

「本当に普段は感情なんてあるかどうかも分かんないのに、独占欲だけは激しいんだから」

「?????」

意味が分からないと目を点にする皆川に、傍らで見ていたリンはため息をつきながら皆川に補足説明をした。

「ここのラボ。研究の責任者・・・つまりカメラ購入一切の権限を持つ人間が、つまり彼らの父親なんです」

リンは優人から視線を逸らしつつ、説明を続けた。

「それで、確かに優人の言うとおり、ちょっと夫人・・・谷山さんに対する執着が強いもので、あなたのような存在が

バレると、取引するカメラメーカーを代えると言い出しかねません」

「え?」

「・・・ありていに言えば、夫人に男性が近付くのが嫌いなんです。特に旧友となると、更に・・・」

 

『 バレないうちに一刻も早くお帰り下さい。彼は本気でそうします 』

 

言外にそのようなことを言われ、皆川は半ば追い出されるようにして、ラボを後にした。

 

 

 

「それってオリヴァー・デイヴィス博士のことじゃないか?」

ロンドンのイギリス支社に戻ると、担当者は皆川の話を聞いて目をむいた。

「へぇ、夫人は日本人だったのかぁ。知らなかったな」

「・・・有名な人なんですか?」

「うん、まぁ大学内では有名だよ。若手研究者のカリスマだね。世界的にも有名だし、研究を後援している

 パトロンも多い。つまり予算があるってことだから、こちらからすれば上客中の上客様」

ぽかんと口を開ける皆川を見て、担当者はにこやかに笑いかけ、肩を叩いた。

「まぁ、ともかく得意先をなくさずに済んでよかったよ」

「はぁ・・・」

「でもミナカワ、君はすぐ日本に帰ったほうがいいね」

 

 

こうして、皆川透、30歳。初の海外出張は強制終了とあいなった。

彼のつまらないプライドがどのように歪んだかは、誰も知らない。 

 
 

 
 
 

言い訳・あとがき

オリキャラ第二段。そして、次男晴人初登場!しかし、優人は怒ってばっかりいるなぁ・・・

2006年6月6日


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