それでも乱暴はしたくなかった。
その為、ナルは持てる限りの理性を総動員させて、麻衣を抱きしめる腕から力を抜き、ただ触れるようにキスをした。
性急になりがちな行為をギチギチと音がするまで牽制して、こみ上げてくる激情を乱雑に胸のうち深くに押し込め、
やわらかい唇に、薄い瞼に、汗ばんだ額に、小さな鼻梁に、ただ静かにキスを繰り返す。
しかし、そうしてやっているというのに、腕の中の麻衣は背後で馬鹿話をしているメンバーを気にして身体を強張らせ、
及び腰になっていた。
その態度が気に入らない。
ナルは不機嫌そうに眉を顰め、複雑な形をした麻衣の耳を甘噛みした。
反射的にピクリと肩が震え、鼻にかかる小さな声が上がった。
その高い声にナルは眩暈を覚えた。
――― 今、自分はどんな顔をしているのだろう。
これだけ追い詰められているというのに、まだ、どこか冷静な自分が熱に浮かされている自分を見つめていた。
我ながら強靭な理性だと内心で苦笑しながら、ナルは唇を離し、そのまま麻衣を頭ごと抱え込んだ。
麻衣の頭越しに見えるのは、陽気に浮かれる調査メンバーの後姿だった。
自分達のいる薄暗い和室に対して、視線の先のリビングは白々しいまでに明るい。
その中で彼らは明らかに傷心のリンを囲み、つまらない話にいちいち笑い声を上げていた。
と、その時、こちらに気が付いたのだろう。不自然にならないようにさり気なく近づいて来る安原と目が合って、
ナルは僅かに目を細めた。
対して、安原はまるで共犯者のような不適な微笑を浮かべ、そのままリビングと和室を隔てる障子をひいた。
頼りないまでに薄い仕切りであったが、確実に遮られた視界に、ナルは促されるように抱え込んでいた麻衣の身
体を畳の上に押し倒した。
そのあからさまな体勢に、下になった麻衣は慌てて身じろぎしたが、ナルはそれを抱え込んだまま長い指を一本、
唇の前に立て、視線の僅かな移動だけでリビングの様子を麻衣に促した。
ナルの僅かな視差に、麻衣は動揺して顔を真っ赤にしながらも、おずおずとリビングを伺い、引かれた仕切りに僅
かに安堵の表情を浮かべた。
「ん?どうしたんだ、少年?」
仕切りの向こうから聞こえる滝川の常と変わらぬ声に、共犯者の安原はことさら明るく声を張り上げた。
「さ、これで今回の調査も終了ですね!明日の撤収の前に我々は打ち上げにでも行きましょう!」
いささか唐突過ぎる話ではあったが、その提案に綾子がすぐに飛びついた。
「あら、いいわねぇ。ねぇ、リン。ここはナルに任せちゃえばいいでしょう」
そして極めて珍しいことに、壊滅状態の機材を前にしたリンもそれに同意する。
「え・・・・・ええ、どの道一度メンテナンスに出さなければ使いものになりませんし・・・」
「決まり!じゃ、さっさと行きましょうよ。この近所って飲み屋あるのかしら?」
「あ、ここって駅前に繁華街あるんで、朝まで大丈夫な店って結構あるんですよ」
「あらそう、街中の調査で丁度良かったわね」
――― まず間違いなく滝川以外の人間には勘付かれたな。
矢継ぎ早に展開される会話に、ナルは俯きながらため息をついた。
角度から考えて、麻衣の表情を見られたわけではないだろうから、見られてどうというわけではない。
けれどこれでしばらく煩くなることは必須だ。その煩わしさにナルは顔を顰めた。
「はぁ?何言ってんだよお前ら、そんなことナル坊が許すわけないじゃねぇか・・・・って、ナルは?麻衣は?」
一人蚊帳の外にいる滝川が、今更ながら声を荒げる。
しかしそもそもそんな一人の反論に動じる面子ではない。
「さぁさぁ行きましょう!はい、リンさん。ノリオの左腕お願いします」
「おい!って少年?!リンも何やってんだよ?!手ぇ離せ!!!!」
遅ればせながら勘付いたであろう滝川が悲鳴に近い声をあげたけれど、それは簡単に無視されたようだった。
ナルは俯いた拍子に見えた麻衣の白い首筋に目を留め、身に着けているTシャツの襟ぐりを伸ばしながら、その
奥に舌を這わせた。
リビングの様子に集中していた麻衣はその不意打ちにビクリと身体を揺らし、出せない声の代わりに右手でナル
の背を叩き、抗議の意をしめしたが、それが制止威力を持つことはない。
「ちょっっ、待て―――っっ!麻衣はぁぁぁ?!!!」
往生際悪く暴れる滝川を、おそらく安原とリンが力まかせにひっぱっているのだろう。
和室のすぐ脇のフローリングの床をずるずると引っ張る音が辺りに響く。
狭い3LDKではその距離は驚くほど近い。
お陰で満足に反抗もできない麻衣に、ナルは半ば面白がって更に手を伸ばし、必死になって背けようと頑張る
麻衣の顔を固定して、ひっそりと笑顔をつくってみせた。
掛け値無しに美しく、そして残忍にでも見えたのだろう。
真っ赤だった顔を蒼白にし、麻衣はひくりと口の端をゆがませた。
その間にもメンバーの会話は、2人のすぐ横で聞こえた。
だから、そのために聞こえてしまった、
「お願いですから、大人しくついてきて下さい」
低く呟くようなリンの声に、恥らって身をよじっていた麻衣の身体が反射的に硬直した。
その反応に、ナルは麻衣を固定していた手を止めた。
表層意識から逃していたはずの怒りが瞬時に復活する。
ナルはとっさに麻衣から手を離し、憤怒の為に震える両手を畳についた。
「ぼーず、うるさい!」
「近所迷惑ですよ」
明るくのんきな声はすぐに小さくなり、続いて廊下の奥、玄関の扉が開閉される音がした。
耳をすませ、それ以上の声がしないことを確認すると、硬直していた麻衣はぎこちなくその力を緩め、何時の間にか
同じように硬直しているナルに気がつき、ゆっくりと顔を上げた。見上げた先の恋人は白い肌からさらに顔色をなくし、
ただ射殺さんばかりの苛烈な視線で自分を見下ろしていた。
その時、唐突に麻衣の頬に痛いほどの静電気が走った。
麻衣はその痛みに顔をしかめながら、壊滅状態の機材と跡形もなく破壊されたテーブルを思い出し、息をつめた。
「・・・・・・ナル?」
おそるおそる声をかけると、硬直していたナルの身体から力が抜けて、麻衣の上にどさりと落ちた。
そしてぎりぎりと痛いように抱きしめられ、麻衣は無性に悲しくなって鳶色の瞳に涙を浮かべた。
「大丈夫か?」
低いテノールはそれでも自分のことは頓着せず、麻衣に尋ねる。
その微動だにしない声色に、麻衣はとうとう泣き出し、涙で声をつまらせながら頷いた。
「大、丈夫」
「・・・・そう」
泣き出した麻衣をどう思っているのか、ナルはそれだけ言うと更に強く抱きしめた。
「安原さんたち、どこまで行ったのかな?」
抱き合ったまま過ごした長い沈黙の後、麻衣はようやく泣きやみ、ぽつりと呟くようにそう言った。
麻衣としては当たり障りのない、それでいて疑問に思って当然のことを口にしたつもりだったのだが、ナルの耳
には、それすら厭わしい単語に聞こえた。
自分に抱かれていて、自分にしか抱かれるべきじゃない女の口から出る男の話。
日常会話であるはずの言葉も、歪んだ耳にはそう響く。
「さぁ?朝まで飲んでいるつもりじゃないか」
あえてそっけなく答えると、麻衣はその声にナルが平常心を取り戻したと勘違いし、しがみついていた腕の力を
僅かに緩めた。
「朝まで?」
「そう聞こえた」
仕方ないなぁと麻衣は微笑み、広くない額をナルの胸に押し付け、重ねてナルに尋ねた。
「もう、みんな幽霊とか火の玉とか見ないようになったの?」
「まだ見るかもな・・・」
「え?」
「暗示は別の解釈を加えてやればすぐに解けるが、今日は全体説明をしただけだから、まだそこまで至ってない
ケースもあるだろう」
「そういう人たちはどうするの?」
「心療内科に通うことだな。そこで何回かカウンセリングを施せば、あんな暗示など効力を失う」
「そう・・・」
良かったと、微笑む麻衣を見下ろし、麻衣ばかりを見ていると、気が狂いそうになる、と、ナルは意識を仕事面に
スライドさせた。しかし、麻衣はそんなナルの内心の推移など知るよしもなく、怒りの確信部に手を出した。
「暗示に使っていた石があったんでしょう?」
「・・・・・・ああ」
「それってもしかしてネックレスになってた丸いやつ?」
麻衣の的確な指摘に、ナルは胸の内がどす黒くなるのを感じた。
無表情に頷くと、その内心を知るよしもない麻衣はそっかと、軽く頷き、何を思い出したのか遠い目をした。
「何かが憑依とかしてたのかな?そのパワーストーンって」
「あれは光の加減で反射が変わるただの石だ」
「そうなの?特別な石じゃないの?」
素直に驚く麻衣をナルは馬鹿にしたように嘲った。
「犯人の心のよりどころではあったらしいがな」
「意味があるんじゃなかったの?ナルだってそう言ってたって・・・」
「暗示に利用させてもらっただけだ」
「あんた・・・・・・・・・・それも嘘だったの?」
呆然と見上げる麻衣をナルは鼻でせせ笑った。
そのあまりに高慢な態度に、麻衣は頬を膨らませ、それから思いついたように目を見開いた。
「じゃ、じゃぁさ」
「なんだ」
「あきちゃんがその亡くなったおじいさんに操られているっていうのも嘘・・・なの?」
麻衣の口から飛び出した不快な名前にナルはあからさまに顔を顰め、詰るように吐き捨てた。
「当然だ。強迫観念もないあんな態度でそんな暗示がかかっているはずがない」
トリックも、暗示も、最後に問われるのは施行者のメンタル面だ。
神秘的で、説得力のある自信がみなぎっていれば、どれだけ稚拙な技でもそれらしく見える。
もっともらしく見えること、それが及ぼす影響力は意識するよりずっと強い。
しかしそれにしたところで未来永劫を約束する完全なものであろうはずがない。
そうは知っていても、老人からレクチャーされた暗示方法に固執していた八城暁にとっては、死後も続く暗示を信じ
るしかなかった。本人は否定するだろうが、老人から受け継いだ『特別なもの』という意識が、彼の暗示を行う自信
を支える最大のキーだったのだから。
八城暁の自信の源をナルは的確に感知し、木っ端微塵に粉砕した。
そう、彼が馬鹿にしながらも信じきっていたあのガラス玉のように。
彼はもう二度と他人に暗示をかけることはできないだろう。
そしてその虚に乗じて刷り込んだ呪いは、いつまでも消えない染みのように彼の人生にまとわりついていくだろう。
――― けれど・・・
ナルは胸に荒れ狂う激情に、耐えるようにぎりりと奥歯を噛んだ。
残忍な心はそれだけではむろん満足してはいない。
本気で呪い殺そうとしていたリンに劣ることなく、ナルの中では確実な殺意が、未だ胸の内に燻っていた。
彼がしたことを考えれば、それは到底許せるわけがない。
できることなら、どこぞの海の神のように、自分の手でこの世から消し去ってやりたかったくらいだ。
「何だ・・・やっぱりあきちゃんに騙されたのかぁ」
ぽつりと寂しげに呟かれた、どこまでも日和見な麻衣の声に、思考の淵を彷徨っていたナルは低く、しかし明らかに
憤怒を込めて麻衣を制した。
「ふざけるな」
麻衣に対して怒るのはお門違いだと、明晰な頭脳が警告を発する。
しかし、一度発露した怒りは収め難く、嫌悪感は口汚い言葉として声になった。
「実際にしていないからいいのか?そんなわけはないだろう?頭をレイプされた時の方がダメージは大きいんだ。
あれは性欲とかそういう問題じゃない。無理やり屈服させられる・・・・あれはありえないくらい汚らしい暴力だ。
あいつらは人の気持ちを無視して・・・・」
「やめてぇ!!」
畳み掛けるナルの言葉を鋭く遮る悲鳴に我に返ると、真っ青な顔をした麻衣が腕の中で震えていた。
その様子に、ナルは自身に感じる嫌悪感に吐きそうになりながら、知らず乱れていた呼吸を、苦心して整えた。
「・・・悪い」
思わずキレかけた理性の糸をもう一度手繰り寄せ、ナルは激した自分を宥めた。
指摘されないでもわかる。これは八つ当たりだ。
ナルは息を吐き、力の抜けた右手で怯える麻衣の栗色の髪を梳いた。
「麻衣がどれだけ嫌だったか・・・・・わかるつもりだ」
小さく囁いたナルの声に、麻衣は驚いたように顔をあげ、痛いようにナルを見つめた。
「多分、誰よりも理解できる」
向けられた視線は心地いいものではなかったが、そこに含まれた理解にナルは息をつめた。
その痛みがわかるからこそ、芽生えた殺意を、ナルは鍛え上げた理性で留めた。
「暴力は醜い」
その答えを導き出すまでに辿った苦しみを思い出し、ナルは思わず目を瞑った。
憎いと思ってしまえば簡単だ。だが、それでは暴力で他者を屈服させようとする輩と同じレベルに自分を貶める。
まだ年端もいかない幼い頃から、聡い頭脳と高いプライドが、それだけは嫌だと訴えた。
それは魂の悲鳴だと、自分とよく似た双子の兄は、痛みに苦しむ弟を抱きしめ、表情をなくしていく弟の代わりに
どれほど泣いたことだろう。そうして、ナルはその答えを身の内に定着させたのだ。
「ナル・・・・」
「それなのに、おかしいな」
「ナル?」
「麻衣がそんな目にあったと知ったら、そんなことは頭からなくなった」
ナルは自嘲し、自分を見上げる麻衣の唇に噛み付くようにキスをした。
「殺すのをやめてやるだけで精一杯だった」
矛盾した欲が荒れ狂う。
「麻衣を抱くのは僕だけだ」
止める理性が、今はただ邪魔くさい。
「誰にも、麻衣にも好きにさせたくない」
これは自分のだけのものと、誇示したい。手を出す者は殺してやりたい。
「支配して、征服して、もう閉じ込めておきたくてたまらない」
浅はかな顕示欲と支配欲は、嫌悪しているこの身にも巣食っている。
「力で何とかしようとする馬鹿者共と、差異がない」
不本意だと顔に書いて、ため息をもらすナルを見遣り、麻衣は苦笑した。
「全然違うでしょう」
「やることは一緒だ」
「私はナルが好きだもん。それとこれとは全然別だよ」
そして、全幅の信頼を寄せて、麻衣は全身をナルに預けた。
「大好き」
一枚の布越しに伝わる体温に、ナルは無防備過ぎると苦笑した。
自分はその信頼に耐えうるような性分ではない。
「抱きたいと思ってるんだけど?」
「うん、いいよ」
「優しくしてやる自信もないな」
「いいよ」
小さく笑う、珍しく素直な麻衣に、ナルはそれでも皮肉の一つも吐こうとしたが、擦り寄ってくる柔らかな体を抱い
ている内に、皮肉を吐くその間も惜しくなり、汗ばむ掌で握り締めていた最後の理性を、手放した。
翌、早朝。
泣き過ぎて目を真っ赤に充血させ、喉を潰した滝川を引きずるようにして、リン、安原、綾子の4名はベターマンション
9階のベースに帰ってきた。
「やぁ、朝日が眩しいなぁ・・・ついつい飲み過ぎましたね」
徹夜明けとは思えない清々しい声を張り上げ、安原は「初めての朝帰りねv」と、滝川の腕に頬を摺り寄せた。
「キショイ!やめれ!!!」
ガラガラに枯れた声で悲鳴を上げる滝川を、最後尾を歩いていた綾子が遠慮なく叩いた。
「うるさいわよ破戒僧。近所迷惑でしょう?」
「じゃかぁしいわい、だったら昨日のうちにさっさと戻れば良かったんじゃん」
「やぁよ。あんただって娘の真っ最中に立ち会いたくなんかないでしょう?」
「!!!!!!!」
「やだなぁ松崎さんたらっ!表現がストレート過ぎますよ。ほら、お父さん固まっちゃったじゃないですか」
安原がカラカラと笑うと、綾子は何を今更とそっぽを向いた。
集団を先導していたリンは背後の不穏過ぎる会話に顔色を失いながら、部屋の鍵を開けた。
すると、ふいに横から手が伸びて、そのままドアを開けようとしていたリンの動きを止めた。
不審に思い、リンが視線を這わせると、安原がにこやかに満面の笑みを浮かべてリンを見上げていた。
「なにか?」
「いや、もうさすがに大丈夫とは思うんですけど・・・・」
一体何がだ、という誰も口に出せないツッコミを無視して、安原は一番話がわかりそうな綾子を振り仰いだ。
「まだ中で眠っているかもしれませんよね?」
安原に指摘され、綾子は細い腕に巻いた時計に視線を落とした。
「4時かぁ・・・寝てるかもね」
「そしたらもちろん二人一緒ですよね」
「まぁ、順当に考えればそうなるわよね。布団ないからあのまま和室で寝たとは考えにくいけど」
綾子が呟くと、安原はああ、と安心したように破顔した。
「そうですよね!ああ良かった。和室って障子しかないから、ちょっとすると見えちゃいそうじゃないですか。よもや
あそこで始まって・・・・」
みなまで言う前に安原の口は滝川の手によってぎっちりと塞がれ、リンは滝川に恨みがましい目で睨まれた。
「いいから早く開けろや、リン!」
チリチリと焼けるような胃痛を感じながらリンがドアを開けると、滝川はぱっと安原の腕を払い、どかどかと足音荒く
リビングに向かった。
勢いよくリビングのドアを開けると、南向きの窓からは白い夏の朝日が一面に降り注いでいた。
その陽光の中で、黒の上下をしっかりと着込んだ所長殿は、常と変わらぬ無表情で故障したまま放置されていた
機材のチェックをしていた。
彼のワーカーホリックぶりは嫌と言うほど見てきたが、何も今朝、この時間に仕事をしているとは予想だにできず、
呆然と立ち尽くす滝川に、その後を好奇心丸出しでついて来た安原と綾子も、驚き、声を上げた。
「ナ・・・・ル?」
「あ、あらぁ、おはようナル」
「随分お早いんですね」
「おはようございます、ナル」
遅れて入ってきたリンが最後に挨拶をすると、ナルはゆったりと首を傾げ、白皙の美貌に極上の笑みを浮かべた。
「随分とお楽しみだったようですね」
そして、冷たく冴えた声は容赦なく彼らに現実をつきつけた。
「お疲れのご様子ですから、今から4時間は仮眠をとって結構ですよ。撤収作業は本日9時より開始します」
それぞれの胸に、瞬時に浮かんだ罵詈雑言を完全に無視して、漆黒の美人は機嫌よく作業に戻った。