優しい人

谷山優人が泣かない理由

   

 

 

父は破格のサイキック保持者について、優秀なサイコメトリスト。

母は先天的センシティブで、夢を介して様々なものを視る。

弟は安定しないサイキック保持者で、ミーディアム(霊媒)。

僕の家族について、そんな情報を持っている大人達のそのおおよそは、その事実を確認した後、決まって、僕を

まるで壊れものでも扱うように接する。何も特異な能力を受け継がなかった僕を、途方に暮れたように、哀れみを

こめて、蔑むように見るんだ。

残念ながら、父親の血を色濃く継いだ僕は、どこからどう見ても父親にそっくりで、容姿端麗、頭脳明晰。

幸いにも、母親の血も継いだので、いたって健康でスポーツも得意。将来は医師にでもなろうと思っている。

それだけ優秀な僕が、そんなおかしな遺伝のためにコンプレックスを持つことはないと頭では理解している。。

それでも、その不快な視線は時として僕の中の何かを損なう。

どうしようもなく。

 

 

 

そんな時、僕が決まって思い出すのは、日本に住むとても綺麗な女性のこと。

ママの親友だという彼女は、いつも綺麗な着物を着ている。

 

 

  

「真砂子!!」

「麻衣、お久しぶりですわ」

会う度にはしゃぐママに対して、彼女はゆったりと答えながら嬉しそうに笑う。

そして僕と晴人を順番に抱きしめ、パパを見上げ、口だけで笑みを作る。

「ナルもお元気そうで何よりですわ。先日の学会論文拝見しましたのよ」

「・・・・どうも」

パパは何故か彼女が苦手で、それも何だか僕は嬉しい。いい気味だ。

彼女は日本では有名で優秀な霊媒師で、昔、パパが日本のSPR所長だった頃には一緒に調査をしていた仲間の

一人だったそうだ。この日本にいる仲間は本当に仲がよくて、パパとママが来日すると誰かが必ず会いに来た。

おかげで、僕と晴人の日本のイメージは、この仲間の影響をモロに受けている。

特にぼーさんと安原さんの影響が強いのは嫌だなぁと、ママは時々嬉しそうに嘆いている。

 

 

あれは、僕がまだ4歳で、晴人が1歳になったばかりのことだった。

 

 

僕らは当時、東京のマンションでしばらく暮らしていた。

その頃は晴人の人見知りが激しくて、ポルターガイストが頻発していた時期だった。後から思えば、僕達一家は

その騒ぎのせいで、田舎街のケンブリッジでの暮らしが難しくなり、日本に避難していたのかもしれない。

晴人のポルターガイスト騒ぎで、ママは疲れ果てていたというのに、パパは仕事ばかりで留守がちだった。

そこに子守りをするからと、やってきたのが真砂子さんだった。

「ポルターガイストごときでは驚きはしませんわ」

「でも・・・」

「いいから、はい。これが私が手配したホテル。麻衣はそこでちょっとゆっくりなさい」

真砂子さんはそれだけ言うと、マンションからママを追い出し、僕に向かってにっこりと微笑んだ。

「わたくし子どもがおりませんので、あまり小さい子がどうするのかわかりませんの」

真砂子さんの日本語は少し訛りがあって、当時の僕はよく聞き取れなかった。

首を傾げると、真砂子さんは悠然と笑いながら、僕の手を取った。

 

「優人がお手伝いして下さいますね?」

 

随分、いい加減な人だと思ったのを覚えている。

しかし、その日の晴人はめずらしくよく眠っていて、真砂子さんとの留守番は平穏無事に終わるかに見えた。

僕は真砂子さんが持ってきてくれた本に夢中になっていたし、真砂子さんは台所で夕飯の支度をしていた。

その時、リビングのドアが音を立てて閉まった。

ああ・・・また始まったと、思う間もなく晴人の泣き声と共に、リビングのサイドボードからはCDが飛び出し、

晴人が眠っていたベビーベッドはベッドごと大きく揺れ始めていた。

僕は反射的に真砂子さんを見た。すると真砂子さんは台所から動かず、じっと天井の隅を睨んでいた。

――大きなことを言っておいて、やっぱり怖いんじゃないか。

僕は役に立ちそうにもない真砂子さんを諦めて、CDが飛ぶリビングを抜け、晴人のベッドに近づいた。

すると、台所から真砂子さんが鋭い声をあげた。

「いけませんわ!優人、離れなさい!」

ベッドは大揺れで、まるで船みたいだった。でもそんなことは日常茶飯事なんだ。僕は全体重をかけて、何とか

そのベッドに飛び込み、真砂子さんの声をふりきって、晴人を抱き上げた。

バチンと大きな音がして、ビリビリと静電気が僕の体を走る。と、同時に、大揺れだったベッドは床に落ち着き、

サイドボードのCD噴出は途中で止まった。後は、泣き喚く晴人だけが残った。

僕はヒリヒリする頬を撫でながら、晴人をあやした。ただ泣くだけの晴人をあやすのは、やっぱりママの方が

上手なので、晴人は中々泣き止まなかった。しばらくすると、台所から姿を現した真砂子さんが晴人を抱き

上げてくれた。現金なもので、ただ泣くだけの晴人は僕より女の人に抱っこされる方が好きだ。

何とか晴人が泣き止むと、真砂子さんは神妙な顔をして晴人に尋ねた。

「晴人、ああいうものはいつも来ますの?」

晴人は泣き疲れてぐったりしながらも、真砂子さんを見上げて首を傾げた。

「What?」

まだ日本語が喋れなかった晴人に、真砂子さんは首を傾げ、たどたどしい英語で言いなおした。

「あなたには・・どう見えてらっしゃるのかしら・・・・ black shadow ? or white gass ?」

その単語にそれまでぐったりしていた晴人は突然真砂子さんの着物の袖をぎゅうっと掴んだ。

「Yes !…… I 'm afraid of that !!!!!」

必死に訴える晴人の頭をなで、真砂子さんはそれからゆっくり僕を振り返った。

「晴人は霊媒でしたわね」

「・・・・」

「今さっき、ここに晴人に悪戯する霊がおりましたの。晴人はそれに驚いてポルターガイストを起したんですわ」

真砂子さんは当たり前のようにそんなことを言ったけれど、僕はあまりに突然のことに言葉をなくした。

 

「離れるように説得したのですが、意地の悪い方で中々立ち去ってくれませんでしたの」

 

真砂子さんの説明はさらさらと流れて、僕の耳に落ちた。

『 悪戯する霊がおりましたの 』

『 晴人はそれに驚いて 』

『 ポルターガイストを起したんですわ 』

僕は、真砂子さんを役立たずと思ったことを後悔して、それから、自分の目をつぶしたくなった。

僕の目は、どれだけ頑張っても、幽霊が見えない。それに引け目を感じることはないと、頭では分かっている。

でも、何故か胸が熱くなって、僕は瞳に涙が溜まっていくのがわかった。

泣いても仕方がない。わかっている。でも、家族の中で僕だけが何の力も持っていない。その現実は、僕の中の

何かを損なう。僕だけが劣っていると感じる、その感触は僕を苛める。

 

「I  can't ・・・・watch・・・・・ ghost .」

 

僕にはそれだけ言うのが精一杯だった。耐え切れずに泣き出した僕を、真砂子さんはやわらかに抱きしめた。

真砂子さんからは、花のようなすごくいい臭いがした。そして、真砂子さんはきっぱりと言った。

「でも、優人が追っ払ってくれましたわ」

僕が驚いて真砂子さんの顔を見上げると、彼女はとても綺麗に微笑んだ。

「幽霊が見えなくとも、優人にはとても強い力がありますのよ?それが、晴人に近付いていた者を弾き飛ばしたん

ですわ。時々いらっしゃるのだけど、優人、あなたがそうだったんですわね」

「う・・・そ」

「本当ですわ。優人がいれば、晴人は安全ですわ。さきほどみたいなこと、以前にもありませんでしたか?」

僕がとまどいながらも頷くと、真砂子さんは晴人を抱き直し、僕に渡した。抱き抱えて、見下ろせば、晴人はママ

そっくりのとび色の瞳で僕を見上げ、小さな手で僕にしがみついていた。

じわりと、生温かいものが胸にあふれて、ほっぺたが熱くなった。真砂子さんは真っ白なハンカチで僕の涙を拭い、

やわらかく微笑んだ。

 

「優人は晴人のナイトなんですわ。頼もしいお兄様ね。きっと、弟を守ってさし上げてね」

 

 

 

  

 

今でも、時々思い出す。

 

「優人、手ぇつないで」

「やだよ、暑苦しい」

「じゃぁ抱っこ」

「何でレベルアップするんだよ」

「やぁぁぁん、今日はいっぱい黒い人がいてたいへんなんだよ」

 

僕の弟は、ちょっと迷惑なミーディアムで、サイキック保持者で、

 

「知るか」

「優人のバカァ」

「・・・言うに事欠いてバカとは何だ」

「じゃぁ手ぇつないで!意地悪ぅぅぅぅ」

 

 

僕は、コレの兄で、ナイトなんだって。 

 

 

「・・・・・だから、仕方ないんだよな」

「優人?」

「おいで、晴人」

「うん!」

  

 

    

だからもう、僕は泣いたりしない。 

 

 

 

  

言い訳・あとがき
 
『不機嫌な悪魔』の妄想フューチャーに登場する「優人」は、両親の持つ特別な能力を一切受け継がずに誕生した子どもになってます。ナルと麻衣の子どもなので、せっかくだから色々持っててほしいなぁとは思うのですが,それは弟の「晴人」に譲って、彼はあくまで一般人という設定です。
PKとサイコメトリ能力を持たず、生後の苦労をせず、一人で生まれて、愛情をかけて育てられたら、ナルは一体どんな少年になっていたんだろう…そんな妄想をかきたてるのが「優人」です。麻衣に育てられているはずなのに、あの性格の悪さは・・・ちょっと麻衣育児失敗?気味ですが、「優人」はこれからも大ボスと戦いながら、世界を広げていくと思いますので、よろしければ末永くお付き合い下さいvお願いします。

今回のssはそんな「優人」が何故あんなにも強気で弟好きなのかの状況説明ss。
キーマン☆真砂子って辺りは、完全に管理人の趣味です。

2006年7月


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