真夜中の突然の電話は、恩師の訃報だった。

 

 

 

 

 

 

大人で遊ぶな!

   

 

 

 

「心筋梗塞だってさ」   

しとしとと景気の悪い雨が降りしきる中、中学時代の同級生・大野重光は葬儀に駆けつけた皆川に説明した。

「俺らが中学生の時で50過ぎだから、あれからざっと15年だ。何にしてもまだ70前で早いよなぁ、先生」

「今になって思えばな、それにしても・・・・みんな生徒だったんだろうなぁ、弔問客多いな」

悪天候ではあったが、葬儀会場となった寺院には、多くの弔問客が押しかけていた。

「面倒見のいい先生だったからな。俺だって、結構色々やってもらったしね」

「ふぅん」

「皆川まで来てくれるとは正直思わなかったよ。卒業の時クラス委員だったらから連絡はしたけどさ」

「一応・・・ね」

皆川が小さく笑うと同級生も笑い返し、黒のネクタイをわずかに緩めた。

「告別式は11時から?」

「ああ」

「他に誰に連絡してあるんだ?」

「地元に残っている奴ら経由で連絡がつきそうなので・・・ざっと15人くらいかな。あ、あと、谷山か」

「谷山?」

「谷山麻衣。覚えてない?ほら、あいつさ中学の時親亡くなって、先生の家に居候してただろう?」

「あ・・・ああ」

「まだ奥さんとやりとりがあったみたいでさ、奥さんから直に連絡行ったんだ。多分今日は来れるって」

何だか最近縁のある名前に皆川は内心動揺したが、大野は気にすることなくタバコに火をつけた。

その煙の流れを何気なく目で追うと、その視線の先に見覚えのある女性がこちらに手を振る姿が見えた。

「よ、久しぶり、皆川君に大野君・・・だよね?大野君連絡ありがとう」

小さな女の子の手を引いて近付いてきた女性は、当時よく一緒に遊んだ同級生、畑野みきだった。

「おお、畑野。久しぶり」

「久しぶり〜って、こんな所で再会するのはあんまりありがたくないけどね」

中学時代、クラスで一番かわいいと評判だった畑野は、まだ当時の面影を残し、かわいらしく微笑んだ。

「畑野の子ども?」

「そう、美香。美香、ご挨拶・・・って、ごめんね今人見知りの時期なんだ」

指をくわえたまま、母親の喪服に影に隠れる少女を見て、皆川は微笑んだ。

「いくつ?」

「2歳よ」

「へぇ・・・みんな着実だなぁ。年取るわけだよなぁ」

「やぁねおっさん臭い。でも皆川君は相変わらずみたいね。結婚した?」

「独身です」

「「そうなの?仲間じゃん」」

ふいに重なった返答に、皆川は両脇の男女を見比べた。

「大野が独身なのはいいとして、畑野、お前は・・・」

「えへへ、バツイチ」

「マジでぇ」

「彼氏募集中。よろしくねvちなみに皆川君、年収いくら?」

「何で俺には聞かないのよ?」

「え〜だって、大野君お父さんの酒屋継いでるじゃない」

「酒屋はだめですか?!」

テンポのいい会話に3人が声を潜めて笑っていると、ふいに背後からどよめきが生まれた。

「何かしら?」

場所柄、控えめなざわめきに畑野が視線を向けると、そこにはちょうど記帳する家族連れの姿が見えた。

帳簿に名前を書いていたのは、喪服を着た栗色の髪の小柄な女性。

その脇には、爪先立ちしてテーブルを覗き込もうとする、そっくりの小さな男の子がいて、またその横には

小さな男の子をたしなめる、兄なのだろう、少し大きな漆黒の髪をした綺麗な男の子。

そして、その背後には漆黒の髪をした、スタイルのいい男性が背を向けて立っていた。

どよめきを生んだ周囲の視線は、その親子連れに集中していた。

記帳を終えると、栗色の髪をした女性は2人の子どもを順に見渡し何事か囁いた。

子ども達は神妙に頷き、大きな子が小さな子の手を引いた。

その後ろから3人を抱えるように男性が振り返る。

 

 

そこで、3人は思わず息を飲んだ。

その顔は整い過ぎるほどに美しい、白皙の美貌だった。

目の覚めるような容姿に、纏うオーラ、それに彩られた彼の周囲はそれだけで切り抜かれた絵のようだった。

僅かに濡れた前髪すら香り立つような色気を纏ったその男性は、先を歩く女性に何事か囁いた。

その囁きに女性はハンカチを目元にあて泣き始め、男性は横を歩いていた大きな子どもに怒鳴られていた

が、その優美な佇まいは崩れることがない。

それは何気ない行為のはずなのに、まるで映画のワンシーンのように美しい光景だった。

 

 

 

 

「麻衣ちゃん!」

その時、本堂の方からかけられた細い声に皆川らが振り向くと、黒喪服を着た恩師の夫人が小さな傘を

手に小走りで駆け寄ってくるところだった。

その夫人の姿に、周囲の注目を一身に集めていた女性は顔を上げ、雨も構わず夫人の下に駆け寄った。

その顔は、まだ幼いようなあどけなさを残した、酷く危うげにかわいらしい顔をした・・・

「・・・・・谷山だ」

皆川が呟くと、同級生はぎょっとしたまま呆然と彼女を見つめた。

「おばさま!」

麻衣が夫人の下に到着すると、二人の女性は肩を抱き合うようにしてさめざめと泣いた。

  

 

しばらくして麻衣が泣き止むと、夫人は同級生も来ていると皆川らを麻衣に紹介し、一緒に本堂に安置され

た恩師の位牌の前に座らせた。

麻衣が座れば、自然その横には綺麗な顔をした子ども二人、そして人外の美貌の男性が座る。

知らず集まる視線は居心地のいいものではなかったが、そのまま葬儀は滞りなく終了し、一般弔問客が

帰宅する段階になり、好奇心が抑えられなくなった畑野が泣きはらしている麻衣の袖を引っ張った。

「谷山さん・・・ね?私、覚えてる?」

「あ、うん。覚えてるよぉ、畑野さんだよね。こっちは娘さん?かわいいねぇ、いくつかなぁ?」

麻衣に声をかけられ、それまで麻衣の子どもたちに見惚れていた女の子は慌てて母親の影に隠れた。

「ごめんねぇ、人見知り時期なのよぉ。2歳になるんだけどね。谷山さんは・・・」

「あ、うん。結婚して、子どもが二人。先生には結婚式も出てもらったから、どうしても会わせたくって」

「そうなんだぁ。全然知らなかった」

「そうかもね、大学出てすぐだったし、私あんまり連絡取ってなかったから」

「初めまして、中学時代の同級生の畑野です。谷山・・・って苗字違うわね、何になったの?」

「あ、日本は『谷山』のままだよ」

「え?じゃぁ旦那様お婿さん?」

「ん〜ん〜、違うんだけど・・・・主人の国籍がイギリスなの。だから日本では私の苗字のままなんだ」

何か言いづらそうにどもる麻衣に、問題の美貌の御仁は表情の見えない顔のまま、麻衣に声をかけた。

「麻衣」

「ん?」

「呼んでいるぞ」

見れば、親族の一団の中から、恩師夫人が麻衣を手招きしていた。

「え?あ!本当だ。ごめん、ちょっと行って来るね!」

慌てて立ち上がる麻衣を抑え、美貌の御仁はゆっくりと声を上げた。

「何ならお前はここに残れ。僕は優人と晴人を連れて先に帰る」

「本当?ありがとう!じゃぁナル、よろしくねv優人、晴人、いい子にするのよ!」

美貌の御仁に向けて麻衣は最大級の笑顔を残し、そのまま慌しく恩師夫人の下に駆けて行った。

そうして立ち去る麻衣を見送ると、その場には突如、何ともいえない重い沈黙が落ちた。

その圧力に思わず黙り込む畑野を他所に、美貌の御仁は腹に響くテノールで息子達を促した。

「帰るぞ」

しかし、弟を抱きかかえたまま着席していた兄は、その意見に反対した。

「ママを待つよ」

「・・・」

「大した時間じゃない」

初めて発せられた声は、まだ愛らしい子どもの高音であるにも関わらず、冷たく空気を冷やした。

その迫力に畑野の大野は目をむき、皆川はあさっての方向を眺めた。

二度しか会ったことはないが、彼の子どもらしからぬ迫力と毒舌は記憶に新しい。

触らぬ神に祟りなしとはこのことだろう。と、皆川は他人のフリを決め込むことにした。

「そんなに仕事に帰りたいなら、先に一人で帰ればいい」

息子は辛らつで、

「移動手段を持たない者の言っていいセリフではないな」

父親は冷淡だった。

「ママと帰る」

「邪魔になることもわからないのか?」

一切の視線を合わさず繰り広げられる親子の会話に、美貌とは時に凶器になるのだと、皆川は思わず

息を止めた。麻衣がいないと言うだけで、ここまで豹変する親子の空気も異質だが、それよりなにより

息子ですら十分に威圧的であったのに、父親の圧迫感は息子の比ではなかった。

身動きするのもためらわせる、その気迫は泣きたいほど・・・・怖い。

しかもその恐怖心は皆川だけのものではなかったらしく、横を見れば畑野も大野も揃って貝のように

口をつぐみ、事態の流れを見守っていた。

黙り込む親子に、黙り込む大人達。

その沈黙は果てなく続くように思われた。

しかし、先に折れたように声を出したのは息子の方だった。

「じゃぁいいよ」

その返事に周囲は安堵し、父親は何の感慨も持たずすぐに立ち上がった。

が、息子は弟を抱えたまま椅子に座り、父親の視線を真正面から見返し、そして、爆弾を落とした。

  

  

  

「少し待ってみて、邪魔になるようだったら、僕らは皆川さんと帰るから」

  

  

  

にっこりと微笑む漆黒の瞳に、皆川が凍った。

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・」

「ね?」

皆の視線が一巡して、皆川の下に止まる。

「・・・・・何?」

辛うじて、疑問を口にできたのは、果敢にも大野だった。

物問う眼差し、そして・・・・皆川は正面の父親から視線を外した。というか、自然外れた。

視線が、刺すように痛い。心臓が、痛い。

 

―― この状況は何だ ・・・俺は悪くない、ぞ?

 

皆川は一気に肝を冷やした。弁明せねば!と心は焦る。が、声にならなければそれは無駄というもの

だろう。どくどくと噴出す汗をぬぐうことも忘れ、皆川は俯いた。

「お願いしてもいいでしょうか?」

それなのに、あえて説明をしない息子の声は何故か嬉し気で、皆川は彼の背に真っ黒な翼が生え

ていることを悟った。やはりこの子はあなどってはいけなかったのだ。

殺される・・・・何故か、皆川はこの事態から生命の危機を感じた。

そしてそれは当たらずと言えど遠からずといったすばらしい直感で、間違いなくこのままいけば皆川の

心臓は何らかの力で止まるところだった。

が、その時、皆川のもとに突然天使が舞い降りた。

 

「リンのラボに来てたお客さまだよねv」

 

皆川ががばりと顔を上げると、そこには舌打ちする兄に抱っこされたままの弟がにこにこと微笑んでいた。

「パパ、この人ねぇ。ちょっと前にハルがテスト受けていた時、お仕事でリンのラボに来てたんだよ?ね?

 すぐ帰っちゃったけど・・・」

「・・・・ほぅ」

「ママと優人はその前に空港で会ったんだって」

「ぐぐぐぐぐ、偶然!卒業以来初めて会ったんです!」

皆川の大声に、話しかけられた男性はゆっくりと視線を皆川に向けた。

視線と一緒に動く、とろりと、溶け出しそうな濃厚な空気に、皆川はくらくらしながら名刺入れを探った。

 

「ビクトール社日本開発部の皆川透です。お目にかかれて光栄です、デイヴィス博士!」

 

意気込んで名刺を突き出す皆川に、博士は、間をおいて、にっこりと優雅に微笑んだ。

「メカニックは部下に一任しておりますので、名刺は不要です。が、知らぬ所で関わりがあったようですね」

そこで博士は楽しむように言葉を切った。

「ビクトールのカメラは性能がいいので、今後も友好的な付き合いをさせて頂きたいとは思っています」

そこで皆川は瞬く間に縁起の悪い無表情の男の助言を思い出し、慌てて弁明した。

「私は部署が違いますので、直接お会いすることは今後一切ないと思いますが、宜しくお願い致します!」

あまりの緊張のため、声はひっくり返ったが、辛うじて浮かんだ微笑に、博士はすぐに関心を失ったように

息子らを振り返り、兄に抱っこされていた弟を軽々と抱き上げた。

「きゃぁ」

「晴人!」

「晴人は帰るな?」

「はぁいv お兄ちゃんも一緒に帰ろう!」

「晴人!」

「僕、帰りたいな?」

「帰りたい?」

「うん。ママといたいけど・・・ここだと、白い人とか黒い人がいっぱいいて、うるさいんだもん」

小さな弟の意味不明の言葉に、兄はつまったように息を止めた。

しかし、ほどなくすると「仕方がない」と呟き、兄は渋々重い腰を上げた。

軽い会釈で何事もなかったかのように帰路を急ぐ父と子を見送りながら、皆川は腰が抜けたように

その場にしゃがみ込んだ。手はじっとりと湿っていて、5歳は老け込んだ気分だった。

―― さすが親玉 ・・・

皆川の呟きを知ってか知らずか、畑野は興奮冷めやらぬ様相で皆川につめより、皆川が使い物に

ならないと判断すると、すぐに麻衣の下へ走っていった。
 

 

 

 

 
 
 

言い訳・あとがき

意外に好評だった皆川透・再登場です。
イギリスでは直接会えなかったので、日本で博士との初対面させてみました。
いじめっ子優人のささやかな 『 悪戯 』で、ちょっと生命の危機を味わった皆川透。
きっと彼は今大殺界なんだと思います。

2006年6月


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