麻衣が就業中に眠ることは珍しくない。
調査中は体力仕事になる上、連日の緊張が解けた終了後、特になにもやることがない帰路の車内なら尚更。
レンタカーでは最も大きな車種とはいえ、1台のバンに機材を詰め込んで、さらに大人4人が乗り込むと車内はパンパンになる。1番小さくて割を食う麻衣などは足下にコード、横にはマイクと機材に囲まれるような格好になっている。
そんな環境でよくも眠れるものだと感心こそすれ、ナルもいつの間にか眠り込んだ麻衣を叱責することはなかった。
男3人に囲まれて女性1人が云々の問題も、この面子では今さらな話題で、隣の席の安原にした所で視線を外すくらいの配慮がせいぜいだった。
そんな中で麻衣はすやすやと眠っていた。
麻衣が口を開かなければおのずと車内は静まりかえり、騒音が耳を驚かすこともない。
静かなモーター音に、時折聞こえるのはナルが資料をめくる僅かな音。
主導権を握る面々が雑音を嫌う為、車内にはラジオも音楽も流れない。
単調な高速道路。
ガタガタと揺れる振動は心地よく、さしもの安原も瞼がとろりと重くなる。
しかし、そんな時に限って異変は起きる。
「ふ・・・ぅん」
寝言にもならない高い声が静かな車内に漏れた。
どれだけ疲れていたとしても、車内が寝苦しいには違いないのだろう。
声の主はむずがるように、何度か間をおいては鼻にかかる高い声を上げた。
寝ているのだから仕方がない。ままあることだろう。
自分が寝たらイビキだってかく。調査中の滝川に至っては歯ぎしりだってしてる。
ああ、でも、歯ぎしりの方がいくらかマシかもしれない。
冗談の通じない同乗者を前にしては、声に出してつっこむこともできず、安原は懸命にも狸寝入りをしつつ内心でそんなことをボヤいた。
寝ている時の声に文句なんてつけようもないけれど、今、現在、横から聞こえてくるそれは少々・・・本人のイメージからすればかなり、色っぽすぎるのだ。
過剰反応だと思いたいが、そうとばかりも言い切れない。
少なくとも男性ならそれを意識するだろう。
同僚のそんな声など聞いてもそわそわするだけで嬉しくはない。
さらに言えば前に天上天下唯我独尊的彼氏様がいらっしゃるのだ。
下世話な下心など吹き飛ぶ。
願わくば、この声が小さくて、エンジン音が邪魔をして、前には届いていませんように。
色んな人の為に安原がそう願った瞬間に、その願いは破られた。
「ナぁル!・・・も・やだぁ!」
よりにもよってエンジン音が低くなったタイミングで、ひときわハッキリとした寝言が彼女の口から発せられた。
何の夢をみてらっしゃるんですか?!
よりにもよって今!!
内心、多重音声でつっこみを入れつつ、安原は必死に瞼を閉じ続けた。
生命維持と今後のアルバイト生活のため、この瞼は絶対開けることはできない。
が、弛む口元を抑えきることもできず、安原は深く眠り込んだように俯いた。
運転席が気の毒で仕方がないが、そこまで考えると肩が震えてしまう。
なんだかうなされ気味の隣席に心かき乱されながら、安原が知らない念仏でも唱えようかとしている最中、車は助手席の指示でサービスエリアに入った。
駐車すると不幸な運転手は早々にトイレに立った。
運転手が開けたドアに今目が覚めたようなジェスチャーをしつつ、安原も光の速さでそれを追いかけた。
追いかけつつ伺った助手席の人物は、いつもの無表情がいつもの落ち着いた様子で車から降り、やけにゆっくりと後部座席のドアを開けるところだった。
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