耳障りな騒音の原因が、反対側の壁を蹴る音だろうことは容易に想像できた。
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Sweet |
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ディスプレイを震わすほどの騒音は、集中力を途切れさせるには十分な威力を持っていた。 何事かといぶかる間もなく、次の音が響く。 ナルはそこで溜息をついて集中していたディスプレイから目を離した。 寝室として使っている隣室には、今、麻衣がいるはずだった。
今夜の麻衣は大学の卒業祝いで友人と飲んで帰ってきたはずだ。 時間までは把握していないが、ちょうど資料を取ろうと席を立った時に、玄関から帰宅を告げる間の抜けた挨拶が聞こえた。 機嫌は良さげだったが、明らかに呂律の回ってない口調にげんなりした。 リビングに顔を出すと、麻衣の姿はなく、ソファにはだらしなくバッグと祝いにもらったのであろう花束が投げ出されており、浴室からシャワー音と陽気な鼻歌が聞こえた。 軽快な水音が響く中、自分でお茶を入れて早々に自室に引っ込んだ。 誰が好き好んで酔っぱらいの相手などするだろうか。 顔を合わせないで済むならそれに越したことはない。 そのまま寝入ってくれるのが1番だったのだが、何の嫌がらせかそうはうまく就寝してくれるわけではなかったらしい。
「随分アグレッシブな寝相だな。お前はいくつだ?」
ベッドに寝そべった体勢で、片足を高く壁に預けていた麻衣は、ナルの登場に気が付くと、ぐるりと体を回してうつ伏せになってナルを見上げた。 その胸には大事そうに先ほどソファに投げ出されていた花束が抱えられていた。 しかしうつ伏せになったために見るも無残な様相を呈している。 「・・・・花が潰れるぞ」 大仰な溜息とともにナルが注意すると、麻衣は飛び跳ねるように起き上り、崩れてしまった花束をあやすように抱きなおした。 麻衣は酒に弱い。 血行が良くなって酔いが存分に回ってしまったのだろう。 上気した頬に視点の定まらない目元を見やり、ナルは心底面倒臭くなった。 怒ることすら煩わしい。 ナルは溜息を一つ落とすと、ずかずかと寝室に入り、麻衣の腕から問答無用で花束をむしり取って床に捨て、乱暴に布団を麻衣の上に落した。 「ナルぅ」 「寝ろ!」 不機嫌を隠してやる義理もない。 強引に麻衣を布団に押し込めた。が、その白いリネンの隙間から、にゅっと細い腕が伸びて、ナルの首筋に絡まった。
「ナルがいにゃいと寂しいでしょう?」
怒りのあまり咄嗟に噛みしめた奥歯が、そのまま鉄錆のような不穏な味を口内に残した。 酔っぱらいの無責任から生じる、無防備でついぞ見ることのない幼い素直さは、大人になった分だけ胸を突く。 それは例え厚顔不遜の御大でも、もう一度聞いてみたいと思うくらいには。
好奇心は猫をも殺すと知っていながら。
そうしていながら、ナルは滑り落ちる腕を取って、腕の主をリネンの海から引っ張り出した。
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