しとしとと、雨が降っていた。
その雨は調査途中のカメラ設置の途中に降り出したため、その場で足止めを食らったSPR一行は、そのにわか雨がやむまで調査用バンに閉じ込められることとなった。
運転席にリン、助手席に滝川、後部座席にナル、そして麻衣。
調査を始めて既に5日が経過していた。調査の疲れはそれぞれに蓄積されていて、4人は黙り込み、じっと雨が上がるのを待った。周囲の音を奪っていく単調な雨は、すぐ上がるかと思われたが、強くもならず、弱くもならず、ただ長く降り続いた。
「なぁ、ナルちゃんよぉ、一回諦めてベースに帰った方がよくないか?」
その静寂に最初にしびれを切らしたのは滝川だった。
そして司令塔に指示を仰ごうと後ろを振り向き、そのまま言葉をなくし、固まった。後ろを振り返ったまま、突然固まった滝川に気が付き、それまで瞼を閉じていたリンもつられて後ろを振り返った。そして、視界に飛び込んできたあまりに珍しい光景に、目を細めた。
後部座席に座っていたナルと麻衣の二人は、互いに寄りかかりながら、そこで静かな寝息を立てていた。
それは歳相応よりも幼く、目を開けた状態からは想像できないくらい微笑ましい光景だった。
「谷山さんは寝不足、ナルも昨日サイコメトリしたばかりですから、疲れたのでしょう」
慰めの意を持ってリンが小声で囁くと、それまで石化していた滝川もぎちぎちと耳障りな音を立てながら人間に戻り、げふん、と、サイドボードに体を倒した。そしてサイドボードに頭を摺り寄せたまま、恨みがましい目でリンをねめつけた。
「なぁ」
「はい」
「お宅のぼっちゃんさぁ、いつからウチの娘と付き合ってたんだ?」
あまりに今更な質問にリンが沈黙すると、滝川は「やっぱりね」と泣き出し、くだを巻いた。
「お前さん、どこまで知ってるのよ?」
「・・・・・・・・何が、でしょう?」
「ナルと麻衣のことに決まってんだろ!」
「プライベートまでは、私の範疇ではありませんので・・・」
リンが誤魔化すと、滝川は口を一文字に伸ばし追求した。
「でもよ、保護者デショ。隣に住んでるんデショ!」
「保護者と言っても、ナルは20歳になりましたから」
「麻衣はまだ19だぞ?」
「・・・・」
「絶対、コイツはやることやってるで」
いい年した男女なのだから、それはそれでも構わないのではないかという一般的な思いと、保護者としての責任感の狭間でリンが黙すると、滝川は本当に涙目になって彼の身にふりかかった災難をリンに訴えた。
「だってさぁ、この間俺、麻衣に夜中電話したわけよ。そしたらよぉ何でか知らんけどお宅の坊ちゃんが、麻衣の電話でたからね」
「ナルがですか?」
「そう・・・夜中も夜中。一時近くだよ」
あまりに落ち込む滝川にリンは仏心を出し、また自分を誤魔化すためにも言い訳した。
「谷山さんが事務所に携帯電話をお忘れなって、それにナルが出たのではありませんか?」
「・・・・・二人でその日一緒に帰ったのみたもん」
「ナルは仕事があると戻ることもままありますから」
「違うもん」
何故か強情に否定する滝川は、それからすぐにくしゃりと顔を歪めて本気で泣き出した。
「だって、俺、ナルに取り込み中で邪魔だって言われたから・・・・」
「・・・・・・」
「ねぇ・・・夜中に男女で取り込み中って何よ」
「・・・・・」
「何だっつうんだよぉぉぉ」
そこまで言われれば、もういい訳もない。
リンが表情をなくして滝川から視線を外すべく前を向き直ると、滝川はぐずぐずと鼻をすすりながら、リンの袖を引っ張った。
「お前さんさぁ、坊ちゃんにどんな躾してんのよ」
「いや・・・・躾と言われてましても」
「未成年の、しかも麻衣みたいなヤツに手を出して、良心が痛まないのかね」
それこそ余計なお世話というものだろう。
リンが返答に窮すると、滝川は完全にスネモードに入ってしまいそっぽを向いた。
その滝川を横に、リンは途方にくれ運転席からバックミラー越しに問題の上司、保護するべき少年を覗った。
リンにしてみれば、『 取り込み中
』云々よりも、ナルというこの冷血非道、厚顔不遜な少年が他人にこれほど執着し、それをまたまるで見せびらかすかのように振舞うことの方が驚きだった。ナルがそんな事をするとは、近年の彼を見ていない本国の人間には到底信じられないことだろう。側にいるリン自身ですら、話だけならそれは到底信じられることではなかった。
初めて出合った当時から、ナルの人格は今のそれと大差なかった。
それはどこまでも冷徹で、シビアで、いっそ小気味いいほど一貫していたはずだった。
リンはバックミラー越しに、そんなナルの顔を注視した。
すると、眠っていたはずのナルが瞼を持ち上げ、ゆっくりとその漆黒の瞳を開けて、ミラー越しにリンを見返した。元々人の気配に聡いナルのことだ、驚くほどのことではない。
目が合って、リンは反射的に目を細め、続く罵詈雑言を覚悟した。
しかし、
ナルは首を傾げると、僅かに口の端を幸福そうに吊り上げ、
そしてまた、
何事もなかったかのように瞼を閉じ、横で熟睡する恋人に頬を寄せて眠り込んだ。
それは僅か数秒のことだったのだが、リンはスローモーションの映像を見ていたような錯覚を覚えた。まるで感動的な映画の、印象的なワンシーンを見ているかのような光景だった。
見慣れている、と、思い込んでいたはずの白皙の美貌は、いつのまにか幼さが抜け、別のものが潜むようになっていた。
それが何故だか無性に微笑ましくて、リンは意図せず呟いた。
「いつのまにか、大きくなっていたんですねぇ」
そして、知らず、もれたリンの呟きに、滝川は呆れたように顔を上げて眉根を寄せた。
「何よそれ?」
「・・・・あぁ・・・いえ」
「ナルちゃんのこと?」
「・・・・・」
「まるでお父さんだなぁ、リン」
揶揄する滝川に、リンはさくりと訂正した。
「滝川さんほどではありませんよ」
その顔に、彼もまた本国の人間が見れば驚くような、彼らしからぬ笑みを浮かべて。
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