前 

 

     

     

―― どうしよう…目、覚めちゃった。
     

   
SPRの調査で訪れた別荘地、泊り込む場所として準備されたペンションには、シングルベッドと備え付けのクローゼットがついた小さな個室が10部屋あった。そこで一番大きな部屋をベースとし、残りはそれぞれの個室として使用することにして、調査初日はベースの監視以外、他のメンバーは早々に個室に戻って就寝した。

その晩、夜1時。

麻衣はふいに目を覚ました。
夢をみたわけでもないのに、どうして目が覚めたのか分からない。麻衣は首を傾げ、寝直そうと寝返りを打ったが、眠気がすっかり飛んでしまって、何としても寝つけない。麻衣はほどなくして眠ることを諦め、ベッドから起き出した。
キッチンで温かいものでも飲んで眠気が戻れば幸い。でなければ、せめてベースでモニターを監視していた方がいくらかマシだ。麻衣はそう考えるとすぐ、普段着に着替え部屋を出た。

ひたひたと足音を忍ばせてベースに向かうと、逆にベースから個室に向かい歩いていたナルと居合わせた。
「あ、ナル。これから寝るの?」
声をかけると、ナルは無表情に頷いた。
「どうかしたのか?」
「ちょっと目が覚めちゃってさ…寝付けないからベースにでもいようかと思って」
麻衣の物言いに、ナルは露骨に顔をしかめた。
「ベースにいるのはリン一人だぞ」
「うん」
「・…邪魔になる」
「でも、眠れないんだもん。邪魔はしないよ」
「・・・・・・・・・」
ナルはため息をつき、仕方がないと呟くと、顎で自身の部屋をしゃくった。
「来い」
麻衣は抵抗して文句を言う代わりに唇を尖らせ、それでも先を行くナルの後についてこっそりと部屋に入った。
ナルと付き合いだして既に3ヶ月が経過していた。しかしナルも麻衣も、別途気がついた者は別として、基本的に調査メンバーにはその事を公表していない。そんな中で調査中にわざわざ二人っきりになることは、できたら避けたいことだった。



けれどいわば蜜月の今、はなはだ不本意ではあるけれど、ナルの誘惑に麻衣は勝てない。



扉を閉めて、鍵をかける。上着を脱ぎ、靴を脱ぐ。それだけすると狭い個室ではもう何もすることがない。顔を見るまでもなく、ナルは麻衣の肩を押した。二人で寝るには狭すぎるシングルベッドに、抱き合うように倒れこむ。麻衣は顔を赤くしたが、ナルは相変わらずの無表情で既に就寝体勢に入っていた。とすると、今更騒ぎ出すのも何だか間が抜けているような気がして、頬は熱いままだったが、麻衣は大人しくナルの胸にしがみついた。
「あったかぁぁい」
いかな体温が低かろうと、人肌は心地いい。麻衣が思わず声を上げると、ナルはその様子を一瞥し、声を潜めた。
「声を出すなよ」
「ん?」
「麻衣は他の人間にバレたくないのだろう?」
ナルはそれだけ言うと、麻衣を自分の体の下に押し込め突然キスを繰り返した。慌てた麻衣が小さなベッドでもがいたが、ナルはそれを面倒そうにベッドに縫い付けた。










温かい人肌に誘われて、一瞬間気を失ったと思っていたが、目を開けると時計は既に早朝5時近くを指していた。いつの間にかすっかり熟睡してしまったらしい。二度寝の誘惑に負けそうになった時、ここが調査場所であること、しかもナルの部屋であることを思い出し、麻衣は眉根を寄せた。
いくらなんでもこのまま寝るわけにはいかない。せめて自室に戻らねば。
なけなしの理性でまぶたを開けると、カーテンの隙間から僅かに明るい光が見えた。
「きれぇぇ」
思わず声が上げると、背後で眠るナルが身じろぎした。
「…麻衣?」
「あ、起した?」
「……何だ?」
「ほら、夜明け。すっごくきれいだよ」
カーテンを引く麻衣の笑顔にナルは不機嫌そうに顔をしかめ、「まだ眠い」と布団を引き上げた。麻衣はその温もりに倒れこみそうになりながら、何とか起き上がって服を着た。
「部屋に戻るね」
「・…」
「その次いでにちょっとその辺散歩してくる」
「・…やめろ」
「大丈夫、そんなに遠くまで行かないから」
「僕はまだ眠い」
「一人でちょっと行ってくるだけだから、ナルは寝てて」



けれどいわば蜜月の今、
はなはだ不本意ではあるけれど、麻衣を一人にするなどナルにはできない。



ナルは眉を寄せ、まだ痺れるようにだるい体を無理やり叩き起こした。すっかり出掛ける準備をしていた麻衣は、それを見て意外そうな顔をしたが、散歩をやめる気はないらしく「一緒に行く?」と、嬉しそうに顔をほころばせた。
ナルはその暢気な笑顔を見上げ、心の底からため息をついた。


――― コイツは悪魔か


ナルの機嫌は下降線を描く。しかし、結局二人はそろって早朝の林に足を踏み入れた。
東の空は白々と明け始めてはいたが、西の空はまだ暗く、白い満月が空に浮いていた。




言い訳・あとがき

『アレは悪魔に違いない』で、どうして早朝密会になったのか、の状況説明です。

滝川さんにはバレてないです。バラせません。 

2006年4月27日