誕生日プレゼントは悩んだ末に奮発して、腕時計を買った。

自分にしては大きな出費に興奮して、散財を嘆いてみせたら安原さんに笑われた。

 

「谷山さんなら、頭にリボンで十分プレゼントになるじゃないですか」

 

好々爺みたいないつもの笑顔。
ナルが女性用下着を出してきた時、死ぬほど驚いた一方で私の脳裏に浮かんだのはこの時の笑顔だった。

 

 

 Person who walks into a trap

〜罠、引っ掛かった人〜

 

 

「なんだってあんたがこんなもの持ってるのよ!」
「松崎さんがよこした」
「は?!綾子?!」
「バースデープレゼントだそうだ」 

 

9月19日、ナルとジーンの誕生日。
本人は面倒がったけれど事務所スタッフ一同で食事をして、それぞれからプレゼントを贈った。熟考の末のプレゼントは軽くあしらわれ、1番評判が良かったのは、リンさんからの専門書だったけど、まぁ、それくらいは予想の範疇。
それからナルのマンションに向かって、私はお泊まりの予定だった。
本当に予想外だったのはその後。
とっておきのアールグレイを丁寧に入れて、ソファに戻ったら、ナルが女性用下着一式を拡げていたのだ。
 

 
「麻衣の下着みたいだな」
「そりゃそうでしょう。こんなのナルが着たら変態だよ」
「松崎さんが麻衣に渡すように言っていたのはこのことか」
「綾子めぇぇぇ。もう安原さんも綾子も考えてることがオヤジ臭い!」
「安原さん?」
「あ、安原さんも私に言ってたんだよね。頭にリボンでいいでしょうって」
「頭?」
いぶかしそうに眉をひそめて、本気で意味が分からないようなナルに私も困って口を曲げた。
「つまりこれってさぁ、彼女が彼氏にわたしがプレゼント☆ってことでしょう?」
「なんのことだ?」
「だからぁ・・・ってなんで私がこんなこと説明しなきゃならないんじゃい!」
私は説明を途中で放棄してナルの手元から箱をひったくった。
なんとなく、とにかく、なんでも、彼氏が女の子の下着を持っているのはイヤだ。そうしてひったくった下着を盗み見て、私は思わずため息をついた。
綾子チョイスの下着はピンクがかったグレーのテカテカした布に黒のレースがたっぷりのっかったものだった。アンダーなんて拡げて見るのも怖いくらいの総レース。しかもご丁寧にガーターベルトとストッキングまで付いている。
よく言えば大人っぽくてセクシー。
そのまま言えばエロい。
ともかく、今まで私が付けたことも見たこともないようなシロモノで、見てるだけで恥ずかしい。当然似合いそうにもない。
私はそこまで観察して、はっと我に返って振り返った。
貰った本人は私に渡したことで仕事は終わったとばかりに、既に興味をなくしたようでリンさんから貰った専門書に手を伸ばしている。
「ねぇナル」
「・・・」
「もしかしなくてコレがプレゼントだって意味分からないよね?」
うすら笑いが付いた質問には意外にも返事があった。ナルは面倒そうに顔を上げ、入れっぱなしになってしまった紅茶を飲みながら、ゆっくりと首を傾げた

「一般常識と麻衣の反応から推察するに、いわゆる女性からの性的アプローチってことだろう」
「性てきって・・・まぁそうだけど、何もそのものズバリな言い方しなくっても・・・」
「興味があるのか?」
「なんだよぉ。そんな高見の見物みたいな言いぐさ。自分は興味ないってぇの?」
「興味ない」
「あ、そう。まぁそれもナルだよね。綾子残念〜」
ナルが興味ない理由なんて聞いたら聞いただけ後悔しそうだから、私はそのままナルに背を向けた。
「使わないなら捨てておけ」
「そんなもったいない!コレかなり高そうだもん」
「着るのか?」
「いや、別にそういう訳じゃないけど・・・」
使おうって意欲はないくても、興味はある。なにせ高いんだから。
小さく悲鳴を上げつつ下着を拡げた。
ピンクがかったグレーの下着はセクシー下着に違いはないんだけど、それは意外なくらい可愛らしくて、何だか胸苦しくなった。
手の込んだレースが、皆無と思っていた乙女心を刺激するのだ。いや、刺激されて初めて気が付いたというべきか・・・
ガーターベルトなんて一生縁がないと思っていたけど、こうして見るとエロいだけでなくて意外にカワイイ。ベルトを止めるボタンがピンクのハートだ。ストッキングにもレースのカットワークが入っている。
「このガーターベルトはストッキングを押さえる用になってるんだけどさぁ、下着の前に付けるんだって。じゃないとトイレのたびに外すことになるから」
「・・・」
「って全部綾子から聞いたんだけどさぁ」
無視を決め込んだ朴念仁をいいことに、私は恥ずかしさを紛らすようにぺらぺらと話し続けた。見れば見るほど、カワイイ。が、やっぱり恥ずかしいから、私は勢いよくぼふんっと下着の箱に蓋をして立ち上がった。
「綾子にはなんて言っておこうかなぁ。きっと楽しみにしているだろうから、なんかこうさぁガクーってなること言いたいよねぇ。ね、ナル。いい感じの嫌味ないかなぁ?」
ね、と首根っこにしがみつくと、ナルは心底迷惑そうに顔を顰めた。
「下着に欲情なんて意味が分からない。通常は見えないし、セックスの時は邪魔」
「・・・・・」
「松崎さんにはそう伝えれば十分だろう。そして麻衣、お前もだ」
「は?あたし?」
「下着は僕から見えない。そんなに気になるなら勝手に着て勝手に脱げばいい」
「は?」
「要は僕に見せなければ性的アプローチを実施したということにはならない」
「えっと・・・・ん?」
「麻衣は珍しいものを着て好奇心が満たされる。僕は変化ない」
OK?と尋ねられ、私はぽんと膝を打った。
「そっかぁ!そうだよねぇ。ナルってやっぱり賢いねぇ!」
私は嬉しくなってナルのほっぺにちゅーをして、勢いよく立ち上がった。
「んじゃ、ちょっくら寝室借りるよ〜」
「・・・・」
「覗くなよぉ」
そうして、へらへら笑いながら私は下着片手に寝室へ向かった。
  

 

□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□

 

 
悪戦苦闘の末、なんとかガーターベルトを装着すると、なるほどこれでは水色の私の勝負下着はまるで似合わなかった。
目指している" カワイイ "の路線がまるで違う。
そこで若干の抵抗はあったけれど、綾子チョイスの下着を着けてみた。
「うへぇぇぇえ、エロぉ」
思わず舌と一緒に不平が出た。
色もレースもカワイイのに、せっかくせっかくカワイイのに、着てみてびっくり。ブラの布地はガッカリするくらい小さくて、パンツなんてほとんど透けてお尻が見える。
見えないからいいって問題じゃなくて、もぞもぞして自分が落ち着かない。
少なくともコレ着てナルの前に出ようって気にはならない。
「ガーターはカワイイけど、コレも見えなきゃわかんないしなぁ・・・・」
私はため息をつきながら下着を取ろうとした。が、そこでふと思いついた。
「あ!ショートパンツと合わせたらカワイイ・・・・かも?男の子っぽいショートパンツからガーターがチラっと見えるくらいならいいんじゃない?」
大人な女性らしいのは抵抗あるけど、それならいい。シャツワンピにショートパンツはいて合わせても、ちょっとレトロな感じでカワイイかもしれない。
そこで私は急いでクローゼットのドアを開けた。
寝室のクローゼットにはナルの普段着がしまい込まれている。
細身で身長もないナルだけど一応男性だから、ナルの洋服は私が着るとびっくりするくらい大きい。1番大きなシャツなら、ワンピくらいな長さになるはずだ。
色はもれなく黒だけど、羽織ってみれば、予想通りにいい感じの丈。
長過ぎなくて、短過ぎなくて、見下ろせばちょっとだけガーターベルトが見える。
「うん、やっぱりカワイイ・・・かも?」
予想ぴったりでテンションが上がった私は、そこであまり深く考えず、そのまま寝室を飛び出して洗面所に直行した。
こうなると全身見てみたい。
寝室に鏡はないが、洗面所には鏡台と姿見がある。
着ている物はナルのシャツではなくて、私の中ではもうシャツワンピだった。  

 

 

□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□

 

  

姿見に映った全身像は、私の予想を裏切って、やっぱりちょっと頂けない感じにエロかった。
ショートパンツを履いたところでエロは消えないっぽい。
せっかくの高い下着を無駄にしたくないって欲目だけだったか、と、肩を落とした所で、鏡越しにナルと目があった。
「覗くなって言ったぁぁあああ!!」
ぶわっと耳が熱くなって、反射的に叫んだ悲鳴と一緒にしゃがみ込んだら、
「見せるなと言った」
呆れかえった涼しげな声が上から降ってきた。 

 

 

  
Fin.
 
 
Happy Birthday Mister.


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