なんで、って思ったけれど背後を伺うその視線で全部が分かった。
甲斐甲斐しくも一目会いたくて足を運んだだろうに、意中の相手はトレーニング後のお茶の注文も受けてしまったから出てくることはない。
「残念、出てきたのが私でガッカリ?」
「本当ですわ」
茶化すとむくれる。恋する女の子って本当にかわいいなぁと、おじさんのようなことを思いながら、麻衣は給湯室に向かい、手早く人数分のお茶を煎れ、貰い物のクッキーを小皿に分けた。
トレーニングが終わったとお茶を運びつつリンに声をかけ、応接セットに2人分のお茶をセットし、それから最後に所長室にお茶を運ぶ。返事もなけりゃ、もちろん礼もない。呆れるくらい普段通りの所長だが、念のため真砂子が来ていると伝えてみる。
「依頼があれば聞いておけ」
それに対しては実に素っ気ない返答があるだけだった。
冷血の美人には恋する乙女の震えるような恋心の機微なんて無縁だ。
あまりにらし過ぎて、ツッこむ気力もわかない。
「なんであんなの好きかねぇ」
「麻衣に言われたくありませんわ」
「まぁそりゃそうだけど・・・私はもう関係ないもんね」
「・・・本当に?」
「あ、そこ疑う?当たり前だよ。違うと分かったらざーーーと醒めたね。今から思えばそれがほんと〜〜に良かったと思うよ。あの冷血漢相手の恋なんて難儀以外の何ものでもないじゃん」
「・・・まぁ、否定はしませんけれども」
「ね?」
「それなのに麻衣はナルと2人きりでトレーニングなんてすることになるんですわよね」
「・・・う”」
「それこそ宝の持ち腐れですわよね。納得できないですわ。そういったチャンスが欲しいあたくしには全く機会がなくて、麻衣には当然のようにふってくるんですもの」
綾子からの差し入れのクッキーを食べながら、麻衣は真砂子の冗談めかしながらも結構本気で鬱陶しがっている態度にむせた。
私のせいじゃない。いや、遠因は自分にあるかもしれないけれど。
つかそもそも2人きりといってもトレーニングだし、ナルとのマンツーマンなんて怖くて心臓に悪いばかりでいいことなんてない。
言い訳は募るが、それで真砂子をなだめることはできないだろう。
麻衣は一瞬間困って、それからへらりと笑った。
「私もそう思うよ。タイミング悪過ぎ。これが片思い中だったら舞い上がる程嬉しかったんだろうけどさぁ、今あってもねぇ」
あっけらかんとした麻衣の態度に、真砂子は反応に困って拗ねてみせた。が、すぐに肩の力を抜いて小さく笑い出した。
「麻衣と話をしていると、なんだか自分がバカらしく感じますわ」
ほっと緊張が解けて、麻衣と真砂子は互いに肩の力を抜いた。
「実際トレーニングって何をしますの?」
「ん?ああぁ、今はナルの睡眠誘導でトランスに入って、出るって繰り返し。まずはそもそもそれがなかなかできないんだけど」
「そうですの?」
「そりゃそうだよ。だって私の場合寝るってことじゃん。さぁ寝ますよ〜ってすぐ寝れるわけじゃないもん」
一気に気安くなって、麻衣はぐてんと姿勢を崩して愚痴を募った。
「麻衣なら眠れるんじゃありませんの?」
「失礼な。そんなわけあるかい。ナルに睨まれた状態で目の前で寝れる程神経太くないよ。起きたらうっかり涎とかたれてるんだよ?一応私にも羞恥心ってもんは残ってるんだから、おちおち寝てられないっての!」
「寝汚いですわね・・・」
「うるさいわい!しょうがないじゃん、無意識なんだから!今のトコ毎週木曜日に週1でやってるんだけど、他の曜日は眠くなっても木曜は目が冴えるようになってきたよ・・・」
麻衣の本当に落ち込んだため息に、真砂子はくすくすと笑った。
ナルと2人きりは羨ましが、確かに寝姿を見られるのはいただけない。
同情と共に麻衣を見つめると、人の視線に敏感な麻衣はさっさと警戒を解いて愚痴を続けた。
「最終目標は自分でトランスして、自分で解除して、途中で意志を持ち続けることなんだけどさぁ。私の場合寝ちゃうじゃん。まだ一個もできないんだよねぇ。トランスの間も本能っていうか感情が勝っちゃって、コントロール不能の時が多いし」
そうして真砂子を驚かせた。
「そうでしたの?」
「うん。調査の時は緊張して、理性が残ってることもあるけど・・・大体は見てるだけでなんかできるってことはないなぁ。時々自分なのか相手なのかわかなんなくなっちゃたり、自分のこと忘れちゃうこともあったくらいなんだからさぁ」
「前はできていたじゃありませんの」
「う〜ん、それを言われるとビミョウなんだよねぇ。ほら、前ってさぁユージーンがガイド役をしてくれてたじゃん。そうすると自分とユージーンがいて、現象を横から見てるみたいなスタイルだったからある程度は自然にっていうか流れでできていたんだよね。でもユージーンがいないとそういうこともできないわけよ?ぱーと無秩序に受信する感じ?だから自分で自覚して中断するとか、本当にできるわけないってくらい難しいんだよねぇ」
えへ、と、麻衣が笑った。が、気が付けば場の空気が違っていた。
「麻衣」
「何?」
「あなた本当にまだ半人前でしたのね」
「うぐっっ」
突然ため息と共に突き放され、麻衣はクッキーを喉に詰まらせた。
その様子を冷ややかなに眺めながら、真砂子はほどよく温くなったお茶に口をつけた。
「それでは自分の危険ももちろんですけれど、周囲の者が迷惑ですわ。次の調査まではちゃんとトレーニングなさって下さいましね」
言われて当然のことなのだが、この場の流れでのそれはあんまりじゃないか。と、なんだか裏切られたような気分になりながら、麻衣は言葉もなく頭を垂れた。
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