リンにとって、真砂子も滝川もイレギュラーズというくくりで扱いは一緒だった。
しかし " リンが一人というシチュエーションに遠慮があるかないか "という条件下においては、2人の立場は大きく異なる。
「へぇぇ・・・ナル坊が麻衣のトレーニングねぇ。結構前から?ふん、そりゃ贅沢でおっかない話だね。それで2人して所長室にお籠もりってわけかい」
リンは滝川の相手をしながら、今さらながらその違いを痛感し、かかる迷惑の度合いに困惑した。
「でもさぁ、それってちょっとヤラシイよねぇ。いや、相手ナルちゃんだからさぁありえんとは思うけど、麻衣だって一応お年頃な女子高生なわけじゃん?今の日本で女子高生って一種のブランドよ?」
真砂子はリンと進んでは関わらない。対して滝川はその場にいる限りは相手がリンであろうといつもの軽い口調で話しかけてくる。さらに滝川は思うこと全部口にして、当然の流れのようにしてリンに返答を求める。
「ねぇねぇ、リンはナルの保護者でしょ。ないと分かっていてもそこら辺配慮してやるのが大人な対応なんじゃないのぉ」
リンにとって、大変返答に困ることばかりを。
ナルですから。
では、流石にバカみたいで口にできない。
が、それ以上に上手い返答が口下手なリンには咄嗟には出てこない。
そのリンの無回答について、意味などよくよくわかっているだろうに、滝川はさらに愉快そうに持論を並べ立て、さらにリンの口を封じていった。
そうして滝川が存分にリンを苛めにかかっている最中にその音が響いた。
ゴス。
鈍い、しかし極めてヤバそうな低い物音に、さしもの滝川もおしゃべりを止めた。
程なくして所長室側の厚い壁越しに何やらわめき立てる声が響き、ついで低い怒声が何事か諭している様子が聞こえてきた。
「・・・なんだろうねぇ」
所長室を眺めつつ口元を歪める滝川を余所に、リンはそっと詰問を逃れた安堵の息をつき、腕時計を見やった。
「そろそろトレーニング終了予定時間です」
「うん?」
「おそらくトランス睡眠からなかなか目を覚まさなかった谷山さんに、ナルが痺れを切らしてソファから落とすか何かしたのでしょう」
「・・・・」
「頭から落ちればあのくらいの音はするでしょうし」
「・・・・痛いだろう」
「でしょうね。だから喧嘩になっていると思いますよ」
リンのチープ過ぎる分析に、滝川は乾いた笑いを浮かべた。
「寝る訓練だろう」
「正確には起きる訓練です」
「・・・・麻衣には無理だな」
自称父親、愛娘のことだというのにやたら諦めの早い滝川に、リンも思わず苦笑した。
「ナルにも女性に対する配慮があればいいのでしょうが、生憎場所が自分の仕事場ですので、谷山さん相手にそれを求めるのは酷かと・・・」
リンがそこまで言いかけた所で、所長室のドアが勢いよく開き、中からは互いに不機嫌そうな顔をしたナルと麻衣が飛び出してきた。
そうしてリンと一緒にいる滝川を見つけた瞬間、ナルはさらに面倒そうに顔を顰め、麻衣はいいターゲットを見つけたとばかりに頬を真っ赤にした。
「ぼーさん!!!ナルったら酷いんだよぉぉぉ!?」
「うるさい!それ以上喚くな」
「だってだってだってソファ畳むことないじゃんかぁ!?頭から落ちたんだぞぉ!」
喧々囂々の2人を落ち着かせるにはしばらくの時間と、ナルにはリンが解析をすませたデータ、麻衣には滝川からのチョコレート土産が必要だった。
それぞれがそれぞれのあめ玉を抱え、その場に多少の落ち着きが戻ってから、滝川はちょいちょいとリンの肩を叩いた。
「悲しいほどに予想通りだね」
「ん?何何?何のこと?」
いわば舞台裏の話を蒸し返されて迷惑そうなリンを横に、無邪気に尋ねてくる麻衣を見返し、滝川は苦笑した。
「いや何ね。おとーさんは娘を心配したんだよ」
「ほ?」
「仕事の一貫、トレーニングだっていってもさ、年若い娘が若い男と密室に2人っきりなんて危ないだろうって、超心配したの!」
そう言いながらがしがしと頭をかき回してくる滝川から逃げつつ、麻衣は滝川が言い出した話に顔を顰めた。
「危ないって何さ」
「だから男女間のロマンスとか・・・」
「何ソレ。あり得ない。しかも表現古っ」
「むぅ。それがなくても犯罪とか」
「今度は突然それ?ぼーさんドラマの見過ぎ」
いわゆる天下無敵の女子高生に容赦なく断罪されて、滝川は多少凹みつつ不満そうに口を尖らせた。
「えーーーそうじゃねーべ。お前らが変なんだよ。それでもお前らは悲しい程に大丈夫なんだよねぇ。リンの予想通りで、おとーさんは若干切ないよ。麻衣、お前仮にも制服着てる女子高生デショ」
「なんだそりゃぁ」
呆れる麻衣を横目に、滝川はナルを見やって口の端を曲げた。
「ナル坊だってさぁ、一応男の子なんだし。聞いてる?ワーカーホリックは知ってるけど、ある意味疑われている内が花だぜ」
突然ナルにまで話を振った滝川に、振られた本人よりもその周辺の人間が固まった。
よりにもよってナルにその話題を振るか、と。
そんな緊張の中、話を振られた本人は滝川を完全無視して、手渡された資料に視線を落としたまま所長室に足を向けた。
「ノーコメントかよぉ」
そのまま所長室のドアを開けたナルに、滝川は調子に乗って声をかけた。
ここでようやくナルは振り返って声を出した。
「麻衣、お茶」
「あ、はぁい」
「ぼーさん」
「お?」
「ぼーさんが僕を好きなのは知っていますが、生憎僕は暇人と馬鹿が嫌いです」
パタリ、と、ドアが閉じられると同時に、その場には自業自得的失笑が漏れた。
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