まず初めに、関係性を問おう X

    

 

   

 

藤原が立ち去ると、そこにはあっけに取られた、喧嘩途中の恋人が残された。
しかも場所は、ホテル街。
道行くカップルが、怪訝そうにナルと麻衣を伺っているのがわかる。
何とも気まずくて、麻衣が立ち竦んでいると、どこにも感情の見えない顔をしたナルが突如麻衣の腕を掴み
有無を言わさずホテル街を後戻りして、渋谷道玄坂まで歩き始めた。
とにかくその場所を離れることに麻衣は安堵したが、すぐに顔を顰めた。
歩く速度は駆けるように速くて、掴まれた腕はぎりぎりと痛い。
そして、終始無言のナルは、明らかに怒っていた。

―― どうしよう ・・・・ 怖いんだけど ・・・・

その恐怖心と後ろめたさから、半ば引きづられるようにして、麻衣がついていくと、ナルはそのまま事務所近くに自分の車を停めてあった駐車場に向かい、車に麻衣押し込めた。そしてそのまま麻衣に覆い被さり、無理やりキスを強要した。それはあまりに唐突な噛み付くような乱暴なキスで、とっさに反応できなかった麻衣は思わずそれを受け入れたが、次の瞬間、怒りで我に返り、噛み付いてくるナルの唇を思い切り噛んだ。
「――ッ」
瞬時に顔を離したナルは、眉根を寄せて麻衣を睨んだ。そのナルに麻衣も瞳に涙をため睨み返した。
「意味がわかんない!」
瞳を潤ませ叫ぶ麻衣を見下ろし、ナルはそれだけでうんざりして顔をしかめた。
「・・・・面倒だ」
「は?」
そしてそれだけ呟くとどんどん迫ってくるナルに、麻衣は大暴れしてその進行を阻止した。
「意味がわかんない!意味が分かんない!ヤダ!!!!!」
「・・・・麻衣」
「面倒って何さ!関係ないの次は面倒!それでコレ?一体何なの???あんた何様?!」
「わかってるだろう?」
「わかんないよ!!!!ナルなんか知らない!」
ぎりぎりと体を押し返す麻衣に、ナルはため息をつき、その手から力を抜いた。ひょっと、力が抜けると、二人の間には僅かに空間ができた。その間にナルは助手席のドアを閉め、自身が運転席に乗り込むとドアにオートロックを掛け、車を発進させた。
その唐突なナルの行動についていけず、麻衣は止まらなくなってしまった涙を拭いながら、そっぽを向いた。自然、視線はウィンドーに反射する綺麗な横顔に集まり、久しぶりにまともに見るその整い過ぎた綺麗な顔に、麻衣はさらに涙ぐんだが、ナルはそんな麻衣には構わず、車を走らせた。

 

 

一体どうやったらこのつまらない意地の張り合いを終わらせられるのか、検討もつかない。
いっそこのまま駄目になって、藤原あたりと付き合った方が自分のためなのかもしれない。
途方にくれた沈黙の車内で、麻衣はそう考え、考えついた端からますます止まらなくなる涙にため息をついた。思ったところで、それは単なる虚勢だと分かる。実際には、冗談でも藤原に誘われて体が強張った。あんなに優しくしてもらって、遊んで、楽しんでいたのに、頭の中にはいつもナルがいた。

―― これがナルだったら、自分はどれだけ嬉しいんだろう。

藤原の笑顔を見ながら、そんなことを考えていた。そして喧嘩中だというのに、強引でもナルにキスされて、頭にはきたけど、その一方で確かに嬉しくなっていた。窓越しに見る横顔だけで、未だに見惚れている。こんなにも自分はナルが好きで、考えただけで涙が出る。
自分だけが好きみたいだ。自分だけが負けているみたいだ。
そうしないと続かない恋人なんて、もはや対等な関係ではない。
そんなに我慢しないと手にいれられないなんて、馬鹿げている。
でも、どうしても好きなのだ。
麻衣はそんな自分がみっともなくて、情けなくて更に泣いた。
その間、ナルは沈黙を押し通し、ただひたすら車を走らせた。そうして麻衣がやっと泣き止んだ頃には、ナルの運転する車はマンションの地下駐車場に到着していた。
エンジンを切ると、そこには何かのファンが回る不愉快な音しかなかった。
見るべきことも、動くべきこともなくて、麻衣が黙り込んでいると、その沈黙を裂くように、低いテノールが言った。 

  

 

「許せ」

 

 

それは命令形を取った、酷く皮肉な言葉だった。
「喧嘩している時間も、もういい加減惜しい」
「・・・・」
「お互いが追い詰められるくらい不快なことはしない。今回のことは僕も許す。だから麻衣も許せ」
「・・・・許せ?」
その不遜な物言いに麻衣が噛み付こうとすると、ナルはハンドルに頭をのせ、酷く優しげに微笑みながら麻衣を眺めた。
「・・・・何んだよ・・・・」
思わず見惚れて、声がかすれた。それを見越したように、ナルは微笑んだ。
「結論が分かっているのに、言い争うのは徒労とは思わないか?」
すらりと細い腕が伸びて、白い指が麻衣の髪をすくった。
「麻衣は僕の恋人で、僕が好きなんだろう?」
ナルのもの言いに、麻衣は呆れながらも意地の悪い笑みを浮かべ、言い返した。
「ナルは私が好きだもんね!」
言い返されて、ナルは僅かに黙したが、すぐににやりと笑った。
「まぁ・・・・他の男と手をつないで、ホテルに入ろうとしている所を見逃してやれるほど、無関心ではないな」
「・・・・ホテっっって、それは誤解!違うから!!!!」
「へぇ、僕にはそう見えた」
それにヤツもそう言ったと、言いかけて、ナルは口を閉ざした。
顔を真っ赤にして弁明する麻衣にそのつもりは本当になかったはずだ。それほど器用な女ではない。とすれば、わざわざ敵に塩を送ってやることはない。ナルは大騒ぎする麻衣の頭を軽く叩き、薄く笑った。
「仲直り、としよう。謝罪も、言い争うのも先が見えてる。いい加減もう面倒だ」
そのよく響く声に、麻衣は困ったように眉を下げた。その結論は喉から手が出るほど欲しいけれど、そのまま頷くのはあまりに納得がいかない。
そこで、麻衣は一つだけ条件を付けた。
「・・・面倒って、その口の利き方は何とかならないのかなぁ」
「?」
「だから誤解するんじゃん。恋人だったらもっと優しくするべきだよ」
「・・・・」
「しかも謝ってもないしさ。あと一回でも 『 面倒 』 って言ったら、私帰る」
「・・・・では言い換えるとしよう」
「うん!」
素直に笑顔を作る麻衣を見つめ、少し疲れ気味の博士は嫌味を織り交ぜ口説いた。

  

 

 

 

 

 

  

 もう限界 

  

  

 

 

 

 

 

  

駐車場の車の中で、たっぷりとキスを味わって、それから二人はエレベータに向かった。
エレベータは音もなく昇り、そこはナルの部屋に続く。

  

「・・・ところでさ」
「何だ」
「今日はちゃんとご飯食べた?」
「・・・・・」
「まぁた、食べなかったな」
「谷山サンノコトガ心配デ、食事モ喉ヲ通ラナカッタンデスヨ」
「んなわけあるか」
「本当」
「棒読みで説得力ありません」
「・・・・」
「それじゃぁ、まずは一緒にご飯食べようね」
「・・・・」
「ね!」
「・・・・・・・・・・はい」

 

 

 

そうして、子どものように強情な恋人達は、肩を寄せた。

 

 

 

 
 
 

  

言い訳・あとがき

7000hits るり様からのキリリク

 「ナルが麻衣に振り回されて、ちょっぴり不幸なお話」 の最終話です♪

あああああ、ようやく仲直りしたよ!良かった良かった!一安心だ☆
ここまで読んで下さって本当にありがとうございましたv 書いていて本当に楽しかったですv
しかし正直ここまで書くとは思わなかった。1話で完結予定だったので、ちょっと展開に自分でびっくりしてます。でも、一応博士も幸せなハッピーエンドですから、きっと呪われませんよ!るり様!!!!(笑)
リクエストありがとうございました。何か意外な展開になって、作者本人が一番戸惑っておりますが・・・・お邪魔でなければ全5話完結で、ぜひお納めください!