その時、背後から突如、地を這うような暗い声が響いた。
「麻衣」
暗闇から溶け出したような低く、不穏な声だった。
それは恐怖心を煽るに十分だったはずなのに、藤原の横で固まっていた麻衣は明らかにほっとしたような声あげた。
「・・・・・ナル」
その声に促され、振り返ればそこには漆黒の美人が立っていた。
察するに、問題の彼氏ということはすぐわかる。
その彼氏はびっくりするほど綺麗な容姿に、人形のような無表情を貼り付けていた。だから、常人であれば、まずはその冷淡な容姿に怖気ずくか感嘆しただろう。噂通りの冷たく、自信過剰な彼氏として。
しかし、見えすぎるほどにオーラが見える藤原の目には、それが強靭な理性で押し付けられたポーズである事が一目でわかった。
彼氏は、常人にはない強く、濃いオーラを持っていた。
それは見事なまでに気高く、気位が高く、硬質で、ぎりぎりと締め上げるような理性でねじりあげられていた。が、その色は今や、漆黒の闇から這い出したような真っ黒に、本当に墨を溶かしたように真っ黒に淀み、嫉妬という暗い感情で、吹き荒れるブリザード、もしくは最大級のハリケーンのように荒れ狂っっていた。本来の力が強過ぎるせいで、そのオーラの荒れっぷりは常軌を逸していた。その様はまるでハリウッド映画のような大迫力。豪快過ぎて現実感のない光景、まるで漫画だ。
藤原はそのオーラの狂った様子にしばし呆然としたが、それだけ内面は荒れ狂っているというのに、顔色一つ変えずに涼しい顔をしている彼氏の様子を見て、そのギャップに思わず吹き出した。
「あははははははは!!!!すっげぇ意地っ張り!!!!!」
突然笑い出した藤原を、麻衣は分からないと言った表情で見つめた。
藤原は一人でひとしきり大笑いすると、ゼイゼイと肩で息をしながら麻衣を見下ろした。
「麻衣、確かにびっくりだ」
名前を呼び捨てにしたことが気に入らなかったのだろう、それだけで彼氏の黒いオーラが更に反応して、舞い上がる様を見て、藤原は再度噴出した。
「あれ、麻衣の彼氏だろ?すっげぇオーラ出してるよ彼。俺こんなん見たの初めてだ」
「彼氏だけど・・・え、何?オーラ?」
「破格過ぎ、で、素直過ぎ」
「藤原、オーラなんて見えるの?」
「麻衣も珍しいけど、彼もすごい珍しい。力が強すぎて、俺だと色んなことがわかっちゃうよ」
麻衣の問いに頷きながら、藤原は彼氏の姿を眺めた。
確かに常人離れの綺麗な容姿をしている。
しかしそれも藤原の目を通せば、吹き荒れるオーラに半分も写らない。その事実に藤原はさらに笑った。
「とりあえず、今一番占めているのは『
嫉妬 』だね。すっごい大暴れ」
麻衣は驚いて藤原を見上げた。その様も面白くて、藤原は握り締めた手を惜しげもなく離し、麻衣をどんと彼氏の方に突き飛ばした。
「きゃぁ」
「麻衣!」
よろめく麻衣を、彼氏は慌てて抱きとめ、不愉快そうに顔をしかめた。
しかしそうしていながらも、麻衣に触れた左手には、わずかに薄いピンクのオーラが灯る。その余りに素直なオーラの反応に、藤原はさらに爆笑した。藤原の大笑いに彼のオーラは不機嫌そうにその深みを増し、警戒するように色濃く、その範囲を広げた。しかし、何故か麻衣の周囲にだけは、ピンクのオーラが薄い膜のようにまとわりつく。そのアンバランスさが妙にかわいらしくて、藤原は何だか色んなものがどうでもよくなった。
「麻衣、今日はまず、せっかくお迎えに来たんだ。彼氏と話せよ。俺は帰るから」
「え・・・あ」
「もう何か俺毒っ気ぬかれちゃった」
「藤原?」
おずおずと、伺うような麻衣の声に、藤原は苦笑して明るく声をかけた。
「でも、寂しくなったら慰めてやるから、いつでもおいでv」
そうして顔を真っ赤にして慌てる麻衣に微笑み、藤原はあえて、彼氏の脇をすり抜け、すり抜けざまに後ろ足で砂をかけた。
「ベッド直前、彼氏ギリギリだったねぇ」
実におしい。
藤原の呟きに、彼氏は表情一つ変えはしなかったが、そのオーラはその日一番の最大級のうなりを見せ、渋谷の街を覆わんばかりに荒れ狂った。
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