調査のおおよそが終了し、最後の晩にナルの心中を占めていたのは独占欲や嫉妬心で、その感情のまま随分乱暴に麻衣を扱った。
ただ、それだけだった。
そうしてナルは悟った。 セックスをする男性は加害者でしかないと、自分が信じ切っていることに。
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麻衣と付き合い始めてから、自身の身体の変化に最初こそ戸惑ったが、じき慣れていった。 助けてと、叫べなかった程残忍な記憶は、かつて自分の身体に実際に傷を作った。 しかし日々疎くなる記憶より、新たな本能は勝るのだろう。 その流れにそえば、そのうちにトラウマも克服される。そう、アルコールのように。
あの場で感じた嫉妬心と独占欲は、トラウマをもせせ笑う程苛烈なものだった。 実際の被害者は7歳の女の子だったはずのそれは、まだ幼く無力だった自分でもあり、最も汚されたくない麻衣であり、死して口をなくしたジーン。そういったナルの中でどうしようもなく柔らかいタブーだった。 本能的な恐怖は、嫉妬心と独占欲をも簡単に、圧倒的に、屈服させた。 諦める方が楽観するより冷静な判断に基づく結果のように見えたし、実際に簡単だった。 その考えには、ある種克服したかのような、さっぱりとした充足感すらあった。 あまりに不自然で、麻衣がそれで戸惑っていることも分かった。けれどナルとしてはもはやどうしようもないことで、そうした行為が必要な関係を維持するのは苦痛でしかなかった。
いつ、別れよう。
麻衣を見るたびそう思う。 別れればいずれ麻衣は別の男性と交際するだろう。 それについて自分が文句を言う権利はない。権利はないのだが、それでもそんなことを想定すると、今現在の麻衣への疎ましさよりまだ強い嫌悪感がナルの胸を真っ黒にした。 別れて、二度と会わない。 けれど麻衣だけは、決して他に男を作らなければいい。 自分が不快にならないためだけに、ナルはそんなことを夢想した。あまりに馬鹿げた妄想。 故にナルはすぐ思うことも止めた。そうして同棲を解消すれば麻衣が困るから、という、極めて理不尽な理由を盾に、それ以上考えを追求することも放棄した。 「このままじゃ、寂しい」と、麻衣に泣かれるまで。
「酷い女だな」 「セックスしたいと、思わせる」
慣れたベッドで、しかし初めて裸で抱き合っているというのに、睦言とは遙か遠いことを囁くナルに、麻衣は胸が潰れそうになりながら、それでも辛うじて微笑んで言い返した。
「それは褒め言葉?」
麻衣にしては思慮深く、それでいてあり得ないほど大胆不敵な返事。 その返事を聞いた瞬間、驚きでナルの動きが止まった。 麻衣は傷つかないのかもしれない。 まるで信じられなかったその可能性が、ナルの中で初めて現実味を帯びた。それでも猜疑心の強いナルのこと、おいそれとはそれを全面的に受け入れることはない。けれどそこに穴を穿った。その事実は大きかった。 ナルは自分を縛り付けていた固定概念が、たちまち無力化したことを実感した。 胸に沸く温かな熱のようなものが、確かに何かを焼き切ったのだ。 堪えきれず苦笑が漏れる。 言葉が、熱を持って肌を溶かす。 誤魔化すようにナルは悪態をついたが、麻衣はもう取り合ってはくれない。 「いいじゃん。私は唯一の女なんでしょう?」 まるで他人事のことだと思っていたその故事を、ナルは甚だ不本意ながら実感した。そうしてこればかりは心の底から正直に吐きだした。 「こんな面倒、麻衣一人でたくさんだ」 笑わせるつもりもないのに笑われて、面倒になってナルは麻衣の口を塞いだ。 そしてそのまま、かつて可愛がって、ついさっきまで疎ましく感じていた身体を貪った。
この夜を越えたら、劇的な変化があると思った。
けれど現実はそう甘くはなくて、翌朝は恥ずかしい程に身体が動かず、動いたところで洗濯物に追われることとなりとても余韻に浸るといった雰囲気ではなかった。さらにあの親密な雰囲気は嘘だったんじゃないかと疑いたくなるほどナルは相変わらずのナルで、日常生活ではやっぱり喧嘩ばかりが続いた。それでも、それでも多少の変化は生まれた。 ナルは秘密裏にドラッグストアで買い物をするようになり、麻衣はそれまでまるで気にしていなかった生理日を覚えるようになった。
「One crime is everything. two,nothing」 「は?」 「まぁね。結局それなら何度でも平気になっちゃうってことでしょう」
そうなってしまった自分たちを自嘲しながら、それでも以前よりずっと風通しよくなった関係に、些かの満足感を持って。
END
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