Person who sets trap

〜罠、仕掛けた人〜

 

その日、某デパートの女性用下着売り場で、奇妙な微笑みをたたえながら、あきらかに自分とはサイズ違いの下着を選ぶ女性がいた。
名前を松崎綾子という。
彼女は" 少し "年下の仕事仲間にプレゼントを選んでいた。
サイズは彼女自身が自己申告していたので問題ない。
つい先日の泊まりがけの仕事現場で、仕事仲間の女とどちらが大きいか小さいかでつまらないケンカをしていたのだ。
よもやこんな形で活かされるとは想像もしていなかったが、同じ部屋にいた自分は自動的に知ることになった。
−−− どっちもたいして違いもないでしょうに。
綾子はその時見かけた麻衣の下着姿を思い出し、やれやれと、ため息をついた。
20歳になるというのに、彼女の下着はいつもスポーツブラにかわいい系のアンダー。少し洒落っ気を出しても、上下揃いのチャック柄というのがせいぜいだった。
真砂子とケンカした時などは、なんとひよこ柄のパンツを履いていた。
−−− ひよこはないだろう・・・・ひよこはっっ。
思わず手近な下着を握りしめた綾子は、はっと我に返って慌てて手を離した。
健康的なキャラには似合うが、脳みそまで健康的らしい。
彼氏持ちだというのに、いや、彼氏がいるからこそか、彼女は色気というものに欠ける。その無頓着さはある種見苦しい。
そこで登場するのが" 少し "年上の頼れる女友達、つまり自分だ。
綾子はふん、と鼻息荒く某ブランドの棚を見渡した。
まずは色。
初心者にはまず白、ピンク、黄色あたりが無難だろうが、いくらなんでも周囲には見せないだけで、勝負下着ぐらい持っているだろうから、そんな保守的な色は却下。
パープルか黒、妥協しても水色あたりを責めたい。
アンダーはTバックがセクシーでいいとは思うが、この手のジャンルにはきっと奥手であろう" 本人 "に引かれてしまっては元も子もないから、アンダーの形はスタンダードで、それでも総レースで透け感があるのがいい。
それでいて着ける女のテンションがあがるような、かわい気があるのが一番だ。
「と、すると・・・・この辺が妥当でしょう」
綾子は自分のチョイスに絶対的自信を持って、いそいそとレジに向かった。
狙うは、ザ・男ウケ。
その男が意外にウブ好みだったとしても、そこはさっくり無視だ。







渋谷道玄坂。
いつものブルーグレーのドアを開けると、そこには珍しくナルが一人ぽつんとソファに座っていた。
「あら珍しい。あんた一人?」
ドアの開閉にチラリと視線を寄越しただけで、ナルはすぐに手元の資料に視線を落とした。
「他のものは機材の買い出しで遅くまで戻りません。お引き取りを」
無愛想は相変わらずだが、説明するだけ進化した。
反射的にそう思ってしまうあたりがなんともイヤだが、それよりも何よりも、今日は楽しいたくらみがあるから腹も立たない。
「あらそ。でもちょうど良かったわ。誕生日プレゼントを渡しに来ただけだから」
綾子は上機嫌で応接セットに近づき、買ったばかりの包みをテーブルにのせた。
「麻衣に渡す時は、あたしから貰ったって言い訳もつけさせてあげる」
どこまでも上から目線、さらに謎かけを装った綾子の言い方に、ナルは面倒そうに視線を上げた。
「今日は麻衣の誕生日ではありませんが?」
「当たり前じゃない。麻衣の誕生日なんて2ヶ月も前よ」
堪えきれず、綾子はぐふっと品のない笑いをもらした。
 
 
 
「ハッピーバースデー、ナル」
 
 
 
あんたには絶対買えないステキなプレゼントよ?
今開けないなら絶対一人の時に開けなさいね。
少なくともリンや少年の前では開けないことね。絶対後悔するから。
た・だ・し・消費期限あるから早いうちに開けてね。
 

もちろんのことながら礼も言わず、嫌そうに包みを横目に睨んだまま手を伸ばそうともしないナルに、綾子はダメ押しを押しまくってくるりと背を向けた。
君子危うきに近寄らず。
仕掛けた罠に長居は無用。
ここまで煽れば、基本的に好奇心旺盛、事態把握が好きなナルは手を出すだろう。
結果は嘘の付けない彼女が、後から存分に教えてくれるはずだ。
「あ、そうそう。あたしの誕生日は6月8日よ。お返しは4倍返しでいいわ」
ほくそ笑いを誤魔化そうと、あえて憎まれ口を叩きながら、綾子は長い爪を見せびらかすようにひらひらと手を振って事務所を後にした。
 
 

 
Fin.
 
 
 
 
この程度を悪戯と定義してはいけない
続きが気になる勇者は #002 へ。


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