気がつけば、バケツをひっくり返したようなどしゃ降りの雨の下にいた。
雨の勢いはスコールさながらで、あっという間に衣服はずぶ濡れになった。
なぜ、どうして、と疑問符が頭を駆け巡ったが、まずは退散するのが先決だろうと、僕はとりあえず手近な場所にあった庇めがけて走った。
:::::: Second 未来の過去
駆け込んだ小さな店先の庇は人が3人も並べばいっぱいになるような狭さで、横から吹き込んでくる雨は未だ冷たく肩を冷やしたが、とにかく落ち着いて息をすることだけはできる、と、が顔を上げると、逃げ込んだその庇には先客があって、先客は僕を見ると驚いたように声を上げた。「あっれ?すっごい偶然!」
聞き覚えはあるものの、それよりも若干張りのあるその大声に振り返った僕は、次に驚きのあまり声を上げてその人の愛称を呼んだ。
「ぼーさん?!」
続く、若!という悲鳴を何とか飲み込んで、僕は驚いたような顔で見下ろす男をまじまじと見上げた。
茶色のロン毛を後ろで縛った背の高い男。
それは確かに日本に行くたびしつこい程に構い倒す両親の仕事仲間、滝川法生に間違いなかった。
けれどその容姿はよく知る中年男のそれとは違って全体的に笑える程若く、身につけている衣服は時代がかった派手なものだった。
何がどうではないのだけれど、例えばシャツの丈、ジーンズのライン、肩に担いだバッグがどうしようもなく古い。
それを恥ずかしげもなくさらりと着こなすぼーさんに、僕はこみ上げる笑いを必死に噛み殺した。
身につけていた黒服に、不機嫌そうに奥歯を噛んで笑いを耐えるその表情が特にいけなかったのかもしれない。
「何でナル坊がここにいるわけ?」
ぼーさんは僕をアイツと信じて疑わず、不思議そうに首を傾げた。
その事実に思わず僕が絶句している間に、ぼーさんはやみそうにない雨にため息をつき、びしょ濡れの僕を見下ろしこう言った。
「とりあえずさぁこのまんまだと風邪引くな。実はさ、俺んちこのすぐ側なんだ。何にもないけど着替えくらいあるから寄ってけや」
豪快に取り違えられているのはとても不愉快だったけれど、何せ世界は見知らぬ25年前。
自分など影も形もなかった時代のことだ。
ここで知り合いを見つけたのはとても幸運なことだろう。
――― 仮にバレても、黙秘を通せば問題ないだろうしな。
僕はそう得心すると黙って首を縦に振った。
人にものを頼むにはあまりに無愛想な態度だっただろうが、勘違い元の男の普段の態度の悪さから、ぼーさんは特に不思議にも思わず頷いた。
「んじゃ、ここからちょっと先のビルなんだ。少し走るべ」
そうしてすぐ駆け出したぼーさんの広い背中を追いかけつつ、僕はそういえばアイツの足はどれほどの速さだったのだろうと思い返し、故意に走るスピードを若干落とした。
水泳で培った基礎体力にそこそこの自信はある。
同じ17歳でも、きっと研究ばかりして机に齧りついていたアイツとは雲泥の差だろう。
そう思って僕はくつりと笑った。
25年前の東京。
そこには僕と同い年の・・・・17歳の父親と、結婚前の母親がいるはずだった。