「ちょうど良かった。この間ダチの仕事場引越し手伝ってそのついでに余った洋服とかごっそり貰ってきたんだよ。サイズが小さくて着れないのも多かったんだけど、古着屋にでも売ろうと思って取って置いたんだ。けどお前さんならちょうど入るんじゃね?せっかくだからそれに着替えろよ。このままじゃ風邪引くべ。ナル坊の趣味には合わないだろうけど一応新品だしな。今出してきてやるからその内にシャワーあびとけよ。風呂場はその陰な。適当に使ってちょ」

 

 
 
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Third 未来の過去

 

     

オフィスビルの最上階。
その仕切りをぶち抜いて、ワンフロアの住居として使っているという物珍しい部屋を眺めている内に、ぼーさんはぺらぺらと聞いてもいないことをよく喋り、ルエラや麻衣に劣らぬ甲斐甲斐しさを発揮してパーテーションだけで区切られた狭いバスルームに僕を押し込めた。
骨董的に古くもないが、使い慣れた新しさもないバスルームには、見慣れないソープ類がずらりと並んでいた。
いちいち細かい説明書きを読むのも面倒だったので、僕は適当なシャンプーを選び出すとそれで頭から身体までまとめて流した。
それからガサ付く肌触りの悪いタオルで身体を拭き、辛うじて濡れなかった下着を身につけてから、ぼーさんが準備した着替えをマジマジと見下ろした。
ぼーさんが並べた着替えは時代がかったちょっと格好悪いジーンズにベルト、少し長すぎるチェーンに白地のTシャツで、Tシャツに書かれた英単語は致命的に語法が間違っていた。
確かに、アイツが着そうにないラインナップではある。
傍らに置かれた細いバングルは間違いなくイヤガラセだろう。
僕は少し迷ってから、ジーンズをできる限り腰に落としてはき、まだ許せるチェーンとバングルを付け、Tシャツを持ってバスルームから出た。

 

「へぇ・・・・意外に似合うじゃん」

 

半裸で出てきた僕にぼーさんは言われても嬉しくない賛辞を口にし、それから天然記念物モノ!写真撮りたいと一通り大騒ぎしてから首を傾げた。
 
「何?シャツは小さかったか?」
「・・・・ここの文章が間違ってる」

そうして僕の文句に、ああ、ナルらしいねぇ。と、これまた気に入らない感想を述べ、おそらく無茶苦茶不愉快そうな顔をしたであろう僕の表情に気がついたのか、ポリポリと頬をかきながら、傍らのダンボールを漁って、中から英文の載っていないシンプルなシャツを一枚取り出した。

「これならいいか?」
「まぁ・・・」

不承不承ながらも新しいシャツを受け取り、ついでに側にあった無地のTシャツと合わせて羽織れば、何とか見れる格好になったので、僕はひとまず安堵した。
しかしその直後に背後に感じるぼーさんの視線の執拗さに気がつき、僕は思わず息を止めた。
ぼーさんはこれで意外に勘がいい。
些細な違いに勘付いて、僕がアイツでないことを悟ったのかもしれない。
 
――― どんな言い訳が一番もっともらしく聞こえるのだろうか。
 
一瞬の内にそんなことを考えた僕の心配を余所に、しかして僕を凝視していたぼーさんが次に口にした言葉は全く別のことだった。
  
 

 
「ナルちゃんって意外にいい体してたんだな・・・」
 

 

思わず絶句する僕に対して、ぼーさんはぐむむっとおかしな呻き声を漏らしながら、がっくりと肩を落とした。
 
「何かショックぅ。絶対なまっちょろい体だと思ってたのに・・・・・」
「・・・・・・・・・」
    
実際、17歳のアイツはなまっちょろい身体をしていたのかもしれない。
で、たまたま同じ年で、不本意ながらも顔の似ている僕もそう見えたのかもしれないが、日頃からスポーツを欠かさない僕に限ってそれは該当しない。
だからぼーさんの感想はしごく最もなものかもしれないが、きっと瞬間沸騰した僕の感情は正しい。
僕はできる限り長く沈黙を守り、ぼーさんが自らその異変に気がつくのを辛抱強く待った。
そうして自分の失言に気がつき、存分に後悔し始めているのを見計らってから、口元だけに微笑を乗せて一言告げた。

    

「変態」