所長室中央のデスクの上にあった有線で繋がれたノートパソコンは、骨董市に並んでそうな旧型だった。
何気なくデスクについて電源を入れてみると、厚ぼったいノートパソコンはカリカリと不気味な音を立てながら時間をかけて立ち上がり、指紋認証もパス確認も必要とせずOSまで起動してしまった。
それが無性におかしくて、僕は耐え切れずに声を殺して笑った。
25年前は随分と間抜けだ。

   

:::::: 7th 未来の過去

      

パソコンの置かれたデスクに腰をかけると同時に所長室のドアが2回ノックされた。
そうして返事を待たずにドアが開き、銀のトレイに湯気が昇る紅茶を乗せた麻衣が所長室に入ってきて、何のけなしに尋ねてきた。
 
「所長お茶です。デスクに置いてもいいですか?」
 
冗談を言っているわけでもないのに、他人仰々しいその物言いに僕は思わず口を噤んでしまったのだが、25年前の麻衣はそれがいつものアイツの態度と勘違いして返事を待たずに静々と茶器をデスクの隅に置いた。
ぼーさんといい、真砂子さんといい、麻衣といい、皆アイツの無愛想には慣れっこになり過ぎていて、文句の一つも出てこない。
17歳のアイツは普段どれだけ愛想がないのかと思うと何だかため息が漏れる。それが聞こえたのか、麻衣はお茶を置いた後もそこを立ち去らずにじっと僕の方をうかがっていた。
 
「何?」
 
尋ねれば、麻衣は途端に不貞腐れたような顔をしてそっぽを向いた。
 
「今日は静岡に旅行じゃなかったの?」
「・・・・あ?ああ」
「だから事務所には来ないと思ってたんですけど・・・・」
 
曖昧に言葉を濁していると、麻衣は口の端を悪戯っ子のように釣り上げ、からかうように重ねて尋ねた。
 
「もしかして元々真砂子とデートだった?」
 
必死に何でもないように誤魔化していることまでモロバレな麻衣の強張った表情に、僕は驚きとか余裕とか超越して、何だか同情すらしてしまった。
なるほど、25年前ではまだ僕らの両親は付き合ってすらいなくて、麻衣がアイツに片思いをしているのだろう。しかも真砂子さんまで。
その推察は簡単で、あながち間違っているようには思えなかった。
思えない。が、それは何だかとても感じ悪い。
確かに顔はいいし、17歳のくせにこんな事務所を自分の力で設置できる裁量はあるんだろうけどそんなことで目を眩ませては人生を棒に振る。
そうしてアイツを助長させるから、あんな碌でもない男ができあがるんだ。アイツはそれほどの男じゃない。
  
「まさか」
 
腹立ち紛れに呟いた返事は思いの他強い口調になってしまった。
それは静かな所長室にかなり不自然に響き、僕は反射的に眉間に皺を寄せた。が、そのままの表情で顔を上げれば、そこにはぱっと表情を綻ばせる麻衣がいた。
その恥ずかしい程素直な表情にあっけに取られている内に、麻衣は照れ隠しなのか「誤魔化さなくてもいいんだよぉ」と茶化しながら、無闇に両手を振り回して所長室を出て行った。
パタリと音を立てた閉じた扉と同時に、僕はそのままずるずると腰を滑らせ椅子の背に頭を押し付けた。

 

 

「冗談だろう?ママ」

 

 

何だか最も見たくないものを見た気分で、僕は思わずその場でそう零した。
見比べれば、確かに若いことは若いけれど、25年前の麻衣は今の麻衣より少々劣る。今の麻衣の方が数段美人だ。
けれど、ぱっと花開く表情の瑞々しさは昔も今も変わらなくて、今のは卑怯臭いほどに可愛らしかった。
自信のない、恋する乙女というやつは、可憐過ぎて何だか心臓に悪い。
 
「でも、その相手がアイツで本当にいいわけ?」

自分の出生を考えれば、何としても両親には恋愛してもらわなくてはいけないのだが、呻くような僕の疑問は、しごく真っ当なものだと思う。
だってその笑顔を向けた相手は、アレだ。
もったいなくて堪らない。
僕はそのまま泣き出しそうな気分で、大きなため息をついた。