面白くない。
何がというか、全体的に面白くない。

どれだけの金がかかっているのか、考えるのも鬱陶しい所長室に身を置いて、僕は苛立ちのあまりデスクを蹴った。
するとその弾みでデスクの扉が僅かに開いた。
閉める手間にと中を覗けば、そこには大小様々な地図がアイツらしからぬ乱雑さで放り込まれていた。好奇心からその内の1枚を広げてみれば、そこには今と変わらないアイツの筆跡で意味不明の単語が細かく書き込まれていた。中には定規で採寸され、実際のスケールを計算したであろう書き込みまであり、その執拗さは気味が悪いほどだった。
17歳、日本でアイツがやっていたこと。
それを考えればその地図を広げてアイツが何を思って、何をしていたのかは容易に想像できる。
そのディープさで我に返ってしまった僕は、そのまま勢いよく扉を閉じ、デスクにつっぷした。
恋をしているだろう麻衣にも、そうしてそれに苛立つ自分すら何だか無性に腹立たしかった。

 

      

:::::: 8th 未来の過去

      

 

そうしてしばらくの間何もやる気が起きなくてぼんやりしていると、シックなスーツに今と全く変わらない無表情でコーティングされた、これまた随分若いリンが帰宅しましょう。と所長室に入ってきた。
なぜリンと一緒に?という根本的な疑問が頭を掠めたが、好奇心の方が競り勝って、僕はリンが誘導するまま事務所を後にし、タクシーに乗り込んだ。
リンは慣れた調子でタクシーにホテル名を告げ、やたら豪華なホテルに僕をいざなった。
どうも当時のアイツはリンと共に渡日して、以降このホテルに住んでいるようだった。
このVIPっぷり、本当に嫌味臭い。
事実を知るたび不機嫌になっていくのが止められないのだが、リンもまたアイツが不機嫌であることには慣れっこらしくてあっさりと無視を決め込んでいた。そうしてフロントからキーを受け取ると、リンはそれを僕に手渡しながらまるで麻衣やルエラが言うようなことを念入りに繰り返した。
  
「私は今晩親族の者と会う約束がありますので食事はご一緒できません」
「・・・・」
「ですが一人でもきちんと夕食を摂って下さい」
「・・・・」
「ジーンを探す最中にもサイコメトリをしたんでしょう?」
「・・・・」
「今はまだ大丈夫でも、疲労は確実に蓄積されるものですからね」
「・・・・」
「徹夜は論外です。わかりますね?明日はいつもの時間に伺いますので、それまでに最低5時間は睡眠を取って下さい」
 
本当にいただけないバカ博士だ。
17歳にもなってここまで言われるのは相当な前科持ちだろう。
そしてそれに付き合うリンも気苦労の耐えないことだろう。
 
――― いっそ不憫だな。
 
僕は内心でそう毒づきながらも口煩いリンを何とか送り出し、直ぐにルームキーをフロントに返しに行った。
いくらなんでも部屋まで行けば本人と鉢合わせの確率が高い。
例え夢でも入れ違いがバレて無駄な騒ぎに巻き込まれたくはない。
それにそろそろ青猫が言ったタイムリミットが近いような、そんな気配が首筋を撫でていた。
ここまでうまくやれたタイムトラベルを無様なタイムアップで終わらせたくはない。
無事ルームキーを返却した僕は、そのままトラブルを避けようと裏口に当たる出入口へ向かった。
その時だった。
    
     

   

 
礼服のような真っ黒な上下に、漆黒の髪。
確かに脱いだらなまっちょろいんじゃないかって想像させるような細い身体の、 " 僕そっくりの男 " が正面の回転扉から現れた。