その珍事に、誰よりも早く反応したのは周囲の人間達だった。
 

      

:::::: 9th 未来の過去

      

  

驚きに満ちたどよめきともつかない漣がざわりと空気を立てる。
その異変にアイツは不機嫌な表情で億劫そうに顔を上げ、表情こそ変わりはなかったけれどじっと僕の顔を見つめた。
無理もない。
17歳の僕はアイツだけでなく、アイツが探し回っていた双子の兄ともよく似ているのだろうから。
しかしアイツはその直後に僅かに頭を振ると、何事もなかったかのように黒のキャリーバッグを引いて真っ直ぐ僕の方に歩き出した。
そうして僕の前に立つとため息をつくように歩を止めて、優雅なのに不愉快そうに顔を上げた。
17歳のアイツは僕より少し背が低く、肌理の細かい白い肌をしていた。
けれどそれも並んで目を凝らせば分かる程度のもので、服装を別にすればそれ以外に大きな間違いみたいな違いは見つけられなかった。
並び対面すればそれこそ鏡を見ているようだ。
それに思わず苦笑したのがいけなかったのだろう、アイツは不機嫌そうな顔の眉間に皺を寄せ、雨よりまだ冷たい声で問いかけてきた。
   
「ジーンではないな?」
  
笑うのはいつも弟の晴人で僕の役回りではないのだけれど、その威嚇し切った声が愉快過ぎて僕は口の端を苦笑でゆがめたまま頷いた。
  
「名前は同じらしいけどな。別人だ」
「同じ?」
「ユージンだろう?僕の名前は彼から貰ったんだ」
 
その返事でアイツの緊張感が一気に増したのが分かった。
それは世間一般から見れば整い過ぎた容姿のせいで迫力あるものに見えるのだろうが、中年親父になって本格的に威圧感を持ったアイツを見慣れている僕からすればせいぜい猫レベルだった。
 
 
 
毛の逆立った猫。
 
 

だから少しも怖くはない。
けれどアイツの場合、そのまま本気になり過ぎると色々はた迷惑な事態を引き起こしかねないのが厄介なところだった。
だから僕は早々にタネあかしをして、肩を竦めた。

  
  
「夢だよ。一晩たてば泡と消える。気にするな」
   

  
そうして僕は些か強張った空気を吸い込んで、アイツの脇をすり抜けるようにして出入口に向かった。 

   
    
 
「まぁ・・・・また会うと思うけど」
     
    
      

アイツは呼び止めもしなかったし、僕は立ち止まらなかった。
だから僕の最後の呟きがアイツの耳に入ったかは分からない。