「こんにちは、水澤さん。あ、こちら調査員の谷山さんです。以前言っていた試験のために出勤していなかったスタッフです。試験が終わったので今日から出勤したんですよ」 

少女と香奈を挟む形で横から安原が出てきて間を取り持ち、それに香奈はぎこちなく答えると、対する少女、麻衣は破顔一笑といった体で笑顔を作り、お茶を入れますと言い置いて背を向けた。

驚くほど色素の薄い、細っこい小さな少女。

彼女は元からそこにいたかのように慣れた様子で地下室の奥に進み入り、手際よくお茶の準備を始めた。

「良かったですね。お茶くみ当番が出てきたので、今日は美味しい紅茶が飲めますよ」

にこにこと機嫌良さそうに微笑みながら耳打ちする安原に、香奈はなんだか裏切られたような気持になりながら、この一週間で指定席となったパイプ椅子に腰を下ろした。 

    

   

  

  

    

   

     

  

  

  廃墟の夢

 

 

    

    

     

  

「改めまして、谷山麻衣と言います。渋谷サイキックリサーチで調査員をしています。よろしくお願いします」

高くて明るい声が精いっぱい落ち着いた口調で名乗る。

その語調に背を押されるようにして、自分も気を入れ替えなくてはと思うのだが、思っても気持ちは中々追いつけず、香奈はそれに会釈だけでして、渡された紅茶を口にした。

わざわざ持ち込んだのか、カップは紙コップではなく持ち運び用の耐熱性マグだった。

その中のものを飲み込んで、香奈は安原がやたらと自分が入れるお茶がインスタントだと卑下する意味が分かった。麻衣が入れたお茶はちょっと驚くべき美味しさだった。

「お・・・いしー」

思わず口に出すと、麻衣はえへへと子供っぽい笑顔を浮かべ、横にいた安原は、ね、美味しいでしょう?と、したり顔で頷いた。  

リラックスした表情の安原の手元にも同じマグが握られている。振り返れば所長とリンの手元にも同じものが並んでいて、そこから立ち昇る湯気が殺風景だった地下室を一気に暖色系に温めているようだった。 

大量の機材に無愛想な壁、こもった空気。

所長は相変わらず書類から顔を上げず、リンは表情の見えない顔でずっとディスプレイに向き合っている。それでもそこはもはや香奈がこの一週間で覚えた場所ではなくなっていた。

ムードメーカーの安原がよく笑うからかもしれない。

こんなに寛いで笑う安原は知らない。

もしかしたら彼女は恋人なのかもしれない。

ふと湧いたその考えは、あっという間に現実味を帯びて香奈の胸に落ちた。

バイト同士が付き合っているなんて職場としてやりずらいだろうと思わないでもないが、よくあると言えばよくあることで、ここのメンバーにしてみれば当然のことなのかもしれない。ただ、自分が知らなかっただけで。

そうして見れば、確かに麻衣は安原に似合いの女の子だった。

香奈は何だか無性に泣きたいような心細い気分になった。 

しかし自分でそれが子供じみた気分の盛り上がりだと分かってしまっていたので、香奈は感情を悟られないように無難なポーカーフェイスでその場をやり過ごした。

その時再び勢いよくドアが開いて、冷たい一陣の風が地下室に吹き込んできた。

 

 

「うぉぉぉおおお!寒ぃぃぃぃぃ!!!!」

 

 

同時に華やかな滝川の悲鳴が響く。

正直助かったと思いつつ、香奈が安原と麻衣を振り切るようにして顔を向けると、その滝川の前には厚いストールを頭からすっぽりかぶった雪ん子のような人物がいた。

その人物は滝川に押されるように地下室に入ると、ふるふると身震いするように被っていたストールを脱いだ。

出てきたのはカラスの濡れ羽のような真っ直ぐな黒髪、小作りなお人形のような可愛らしい顔、そしてきっちりと着こまれた高そうな着物のどこか見覚えのある綺麗な女の子だった。

寒い寒いと大騒ぎしながら、滝川がストーブ前に駆け寄るのを余所に、彼女は脱いだストールを丁寧に畳んで優雅な手つきで腕にひっかけた。

一挙手一投足が絵になる日本人形のような美少女だ。

香奈は呆けて見惚れていたのだが、彼女は目の前にいる香奈をあっさり無視して、所長に近づき声をかけた。

「ナル」

「・・・いかがでしたか?」

「特に・・・別段気になる気配はありませんでしたわ」 

所長と対になっても見劣りしない、優雅な身のこなしの美少女。ゆったりとした独特の口調がよく似合っていて、2人並ぶとそこだけスクリーンに切り取られたようになった。

ここまで徹底されれば態度が悪いのは大目にみないといけないのかもしれない。そんなことを無条件で思わせる迫力がある。

不躾だと思いつつも視線を外せずにいると、安原が悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「テレビで見かけたことありませんか?」

「え?」

「美少女霊能力者、原真砂子さん。本物はまた違った迫力ですよねぇ」

「あ!」

夏の風物詩的な番組で見た顔だと、ようやく合点がいき大きく頷いたが、次いでなんでそんな芸能人がここにいるのかと疑問がわいた。それが全部顔に出たのだろう。安原は吹き出すのをこらえるようにしてそれに答えた。

「何人か協力者がいるって言ってたでしょう?彼女のその内の一人なんです」

驚きを隠せないままもう一度そちらを覗うと、所長と原真砂子、2人の美人と目があった。

そのうち真砂子の方は感じ悪く香奈から視線を外し、ついっと真横の所長を見上げた。

先ほどの態度といい、いくら芸能人でも感じ悪い。

反射的にムッとした香奈を置いて、真砂子は我関せずと飄々とした態度のまま、所長にしなを作って会話を続けた。

「わたしくの出番はなさそうですので、今回はお暇させていただいてもよろしいでしょうか?」

こんな美少女が真横で自分を見上げていても、所長はさすがのナルシストっぷりを発揮して、小気味いいほどの無表情で愛想なく答えた。

「結構です。お立ち寄りいただきありがとうございました」

しかし真砂子の方も慣れているのかそれに特に機嫌を悪くするではなく、脱いだストールを再度広げた。それに不満を漏らしたのは麻衣だった。

「えええ!?真砂子もう帰っちゃうの?来たばっかじゃん!」

高嶺の花よろしく取り澄ましていた真砂子も、同世代の麻衣の前では地が出るのか、親しげな口調で答えた。

「麻衣は試験明けでフリーになったでしょうけれど、わたしくはまだ他に仕事がありますもの」

「でもそれ急ぎじゃないんでしょう?」

「ここに来たのは依頼ではございませんしね。麻衣が行くというのでそのついでですわ。それに・・・」

そして、取りすがる麻衣の腕に顔を寄せながらにっこりと笑った。

 

  

  

  

 

「わたくしがいない方がのびのびとお仕事できそうですから」

 

 

 

 

  

優雅に微笑む美少女の視線は香奈を素通りして、横にいた安原に命中した。

なぜ、と、振り向くと、珍しいことに満面の笑みを浮かべたまま固まった安原がいた。

意味深ににこにこと微笑む真砂子に、傍らにいた麻衣は溜息を一つつくと、ストーブの前でにやにやと笑っていた滝川を睨み付け頬を膨らませた。

「もぉぉぉ、ぼーさんが余計な言い方するから、真砂子ご機嫌斜めなっちゃったじゃんよ!真砂子もそうつっぱんないの!」

「ぷっふっ!」

麻衣の文句に滝川が耐えきれないように吹き出し、地べたに座り込んだ。

「のりお?」

笑顔のままではあるけれど、固くこわばった声の安原に対して、滝川は舌を出した。

「嘘は教えてないも〜ん」

「谷山さんも知っているってことは・・・お迎えの車で何か下らないことおっしゃいましたね」

「おぉさすが名探偵!これだけのことでよく推理できるね」

「どういうことでしょうか?」

語調は普段通りに丁寧で、口元は笑っているのだけど、声が全然笑っていない。そんな調子で陰になってメガネの奥がよく見えない安原は、不気味としか言いようがなかった。

内心怖気る香奈を余所に、滝川はにやにやと愉快そうに笑い続けながらあっさりとネタをバラした。

「依頼主の担当はぁ安原と一つ違いの可愛い女の子でぇ、水澤ちゃんって言うんだよぉ。やっぱり同級生あたりだと話が合うんだろうねぇ。少年随分仲良しになったよ?って、麻衣と真砂子に教えてあげただけぇ」

「あ、あたし?」 

突如名前が出て慌てる香奈を余所に、真砂子は優雅に微笑んだ。

「まぁ、仕事相手と仲がいいのはよろしいんじゃないですか」

笑っていない目元がちっともよろしくない。

美人って本当に怖い。

香奈が自分の寿命を考え出したところで、件の美少女はすっかり外行きの恰好を整えた。

「それではナル、あたくしはこれで失礼いたしますわ。リンさんも御機嫌よう。滝川さん、送って下さいますか?」 

そこにすかさず安原がコートを片手に駆け寄った。

「やだなぁ。お帰りぐらい送らせてください」

「結構ですわ」

「まぁまぁ、ここは安原のお願いってことで聞き入れくださいよ。でないと誤解も解けないじゃないですかぁ」

そうして畏れ多くもしかめっ面の美少女に果敢にも取り入りながら、安原は急いで所長の意向を尋ね、その足で外へ向かった真砂子を追いかけた。

「それでは、麻衣。また今度ゆっくり会いましょう」

「うん。気を付けてね!また電話する」

振り向きざま、少女達は急いで別れのあいさつを交わし、

「のりおv」

「なんじゃい、少年」

「今回のこと、よぉく覚えておきますので」

「ふふーん?」

「後悔の準備はしておいて下さいねv」

その後ろでは青年達の胡散臭い挨拶が交わされていた。