「そろそろ時間だ」
所長はそう言うと、地下室の中央に2台の計器を並べその数値を見るように促した。
「右が震度計で左が電磁波を計測するガウスメーター。今回はサンプルなので地下2メートル地点での測定だが、震度は今0で、電磁波は2ミリガウスを指しています。水澤さんには後程地上1メートル地点、地上3メートル地点のデータを提出します」
「ガウスって何?」
麻衣の質問に所長は嫌そうに顔をしかめて横を向いた。
「電磁波の測定単位だ。だが、今その数字は問題ない。自然界にごくある数字。今はそれが一定であることだけ確認しろ」
所長はそう言うと手元の腕時計を見た。
「現在14時19分。あと1分で始まる」
「え?」
その言葉に促せるように計器の数字を除くと、ちょうど一分後に震度計が急激にブレ、ガウスメーターの数値が8に跳ね上がった。
「何これ?」
「・・・揺れてるような気はしないけど、地震ってこと?」
「じき収まる」
そうして所長の指摘通り、数値はしばらくすると元の状態に戻った。
「戻った・・・」
「え〜〜〜どうして?!」
「どうなってんのこれ?」
「毎時0分、20分、40分に以上のような現象が起こる。発生時間は朝8時20分から17時0分までだ。ここではこれが毎日起こる」
「何それ何それなんなの?こんなの見たことないんだけど!」
理解できないと騒ぐ麻衣の横で、滝川がははぁと唸った。
「リンに手配させて調べてたのはこれか?」
所長は小さく頷いた。
「時間別とは中々気が付かなかったが、法則性があってはっきりした。ここでは定期的に体感できないほどの微弱なものではあるが揺れが発生し、電磁波が発生する。それが今回この工場跡地で発生した異常の根本原因だ。地盤調査の際、また今回の調査の最中に計器トラブル・・・厳密に言えば数値の異常値が発生するのは、この微弱な揺れと電磁波の発生にによるものだった。どちらの機器にも一部磁石が使用されている。それが反応してしまったんだ。他に怪我人や体調不良を訴えた関係者がいたが、それもこの現象が分かれば説明が付く」
「説明できんの?」
「ああ」
「え?え?待って、意味が分からない。そもそもこの現象って何なの?」
「少なくとも心霊現象、自然現象ではないわな」
滝川の感想に香奈と麻衣が同時に首を傾げた。
「そうなんですか?」
「何でそう言い切れるの?」
不思議そうに顔を見合わせる香奈と麻衣に、滝川は溜息をついた。
「お前さんら・・・よく考えないでも分かるべ。どこの世界に20分毎に規則正しく”異常”が起こせる自然現象があるかね。8時から5時だと9時間・・1日27回ぴったり。一週間で・・・169回か。一ヶ月にすれば5千回ちょっとだ。人格のある幽霊にしたところでよ、そんな規則正しい幽霊いるかよ。少なくとも俺は見たことないね」
滝川は肩をすくめながらそう指摘すると、所長を見やった。
「で?原因はなんなのさ?どうせそこまで分かっているんだろう?」
「再開発工事だ」
所長は滝川の質問に簡単に答えると、香奈が渡した地図よりも広範囲の地図をテーブルに広げ、さらに資料の山から数枚の紙面を取り出した。
「この近辺のエリアは再開発指定地域となっている。そのための需要を見込んで、この工場跡地も買い取られた。再開発の目玉は新設される地下鉄駅。そのため現在はここ、渡井山中でトンネルの掘削工事が行われている。計画ではここから地下鉄は地上に出て、駅はその400メートル先の地上に設置される」
「ほぉ」
「先々月の段階でこちら側へ抜けるトンネルは地表まで到達し、渡井山に限って言えば基本的な掘削工事は完了している。現在は反対側への掘削作業及び非常口等の工事、配線を行っているそうだ。そのため工事課程でトンネル内では外壁に沿って高圧電力が使用されている。時間は毎時0分、20分、40分。朝8時20分から17時0分まで。高圧電力を送電すると、微弱な振動と電磁波、電力が発生する。ここでポイントとなるのが、トンネルの位置とこの工場跡地の高度だ」
所長はそこで残っていた紅茶を一飲みした。
「工事現場付近ではもちろん騒音や振動と騒音問題があった。が、それもある一定範囲を過ぎればなくなる。さらに言えばこの近辺には住居もない。この工場跡地は騒音被害を免れる遠隔地にありながら、ピンスポット的に工事の影響を受けていたんだ。麻衣」
「はいな」
「科学の基礎だ。コイルは覚えているか?」
「うっ・・・・あ、あたしは文系なんでい」
覚束ない麻衣の返答に、所長はこれまで以上の溜息をつき、その場にあった紙に細長い渦巻を書いて見せた。
「これがトンネル。最大勾配は10.9‰。これがコイルの役割を果たしている。では麻衣、電気と磁気と力の関係は?」
「うぅぅ・・・うう」
「電磁力。電気が走る所には磁力が発生する現象ですね?」
答え切れない麻衣に代わって香奈が答えると、滝川が頷いた。
「あ!あれだろ?知ってる知ってる!なんだっけ?フレ・・・ふ・・・・フレ・・・フレンミック?」
「フレミング左手の法則!」
「おぉ!それそれ!!」
「まぁ・・・分野としては同じだが、大きく違う」
所長はざっくりと香奈と滝川を切って落とすと、説明すべき3人の顔を見比べ大義そうに溜息をついた。
「細かく説明することは可能だが、僕はそれを徒労と感じるので割愛したい。異論のある者は?」
迷惑そうにここまで言われて、手を上げれる人間はいないだろう。
反応のない面々に所長は勝手に話を始めた。
「掘削中の山の全体が花崗岩であったことも大きい。圧電効果でより一層磁場は乱れやすく、発生しやすかった。コイルによって誘導起電力が発生し、その放射はトンネルの開放部、つまりこの工場跡地に向けて放射されていたんだ。トンネルを中心として電磁波も楕円を描くように放射される。これによって計器トラブルが発生したと考えられる。電磁波対策をしている工事現場でも計器トラブルは発生していて、トンネル近辺の住宅でも電磁波の影響と思われる家電トラブルは起きている。最も、そちらの住民は工事の振動のせいだと思っているがな。ここは体感としては揺れないし騒音も届かない。よって電磁波と誘導起電力の影響だけ受けたため、異常が異常として認識され、あたかも心霊現象のように取りだたされた」
所長のつまらなそうな結論に、滝川はうぅんと首をひねった。
「電磁波ねぇ・・・まぁ心霊現場ではよく話題になる話ではあるな」
「そうなんですか?」
「まぁね。色々あるのよ。電磁波ってまだよく分かってないから、実際はどこまで本当か分からないけどさ。高圧電線の側だと家電の調子もおかしくなるし、体調悪くすることもあるっていうしね」
滝川の説明に所長が補足した。
「電磁波過敏症だな」
「なぁにそれ?」
麻衣と香奈、それぞれがそれぞれに繰り出す質問に、滝川と所長は互いに顔を見合せながら答えた。
「電磁波の影響で体の具合が悪くなるってことだよ。低周波の電磁波だと小児白血病とかの病気が誘発されるんじゃないかって言われてる」
「日本ではまだ病気とカテゴリはされていないが、スウェーデンでは病気の症状として認知されている。個人差が大きい症例だが、微量な電磁波に対して身体が過敏に反応してしまうんだ。症状としては、頭痛、吐き気、倦怠感、耳鳴り、発疹などだな。風邪の症状に似た事例もある」
「あ!それ、三浦さん!」
体調不良で現場を離れた社員の症状がまさしくそれに該当した。
香奈が名指しした名前に、所長は軽く頷いた。
「三浦さんはそれが顕著に出た例でしょうね。立てないほどほ吐き気でしたが、現場を離れて症状は改善に向かっている。ただし現場を離れてしばらくするのに症状が続いていますので、体調不良の原因はこればかりとは断定できませんが」
「あの、それじゃぁ怪我をした2人は・・・・」
「怪我はそれとは別の説明が付きます。当日の天候状態や湿度も大きく関わってくるが、調べてみるとその点は2人とも同じような環境だった。怪我をされた現場・・・正確には工場奥、B棟の3階とA棟の裏2階ですが、そには銅版が敷いてありました。銅というのは電流の通電性が高い。放射された誘導起電力がそこを通電し、足元をすくったんです。本人の感覚としては浮いたような感触の後、ひっぱられるようにして階下に落ちたとのことですので」
「まるで幽霊に引っ張られたみたいだね・・・」
麻衣の感想に所長は肩を竦め溜息をついた。
「だから僕らが呼ばれたんだろう」
確かに説明されても、図解されても香奈に詳細は分からなかった。
けれど自分の立場として聞くべきこと、残された課題くらいは分かる。
香奈は息を整え、できるだけ冷静に質問した。
「これが原因ですか」
「そうなります。おって詳しい報告書を提出しますが、必要とあれば上司に直接ご説明はさしあげます。まずは水澤さんからご報告ください」 「そうなると・・・これからも影響は出るということですね」 香奈の質問に、所長は短く答えた。 「少なくとも工事中はそうなりますね」 「その場合・・・私どもはどうすればいいのでしょう?」 「さぁ?」 「え?」 所長のそっけない答えに、香奈が固まると、所長はゆっくりと首を傾げた。 「それはそちらで専門家とご相談なさって下さい。僕たちは問題となった現象が心霊現象かまた別の原因かを調査するだけです。心霊現象が原因の場合は対処もしますが、それ以外は専門外です。そういった意味ではもう結論は出ています。霊視能力のプロにも念のため確認を仰ぎましたが、特に気になる霊体は確認されませんでした。こうなれば、これ以上僕らがするべきことはありません。よって期間は半分となりますが、調査は終了します」 「え・・・・」 言われたことが咄嗟に理解できず、香奈が絶句したと同時に、背後から悲鳴に近い抗議の声が上がった。 「えええぇぇぇ?!!何なの?もう原因究明終わり?!調査終了?だったらなんで私が呼ばれたのさ!試験明けで寝不足押して駆けつけたってのにっっ」
吠えるような麻衣に、所長は淡々と次の指示を与えた。
「撤収作業が残っている」
「撤収〜〜〜?!何それ、じゃ、あたしそれだけのために呼ばれたの?!」
「そうだが?」
「信じらんない!信じらんない!!信じらんない!!」
「やかましい。同じことを3度も言うな」
所長が不愉快そうに顔をしかめたにも関わらず、麻衣はさらに食って掛かった。
「言いたくもなるわい!何ふざけたこと言ってんのさ!そんなんだったら今日くらい事務所詰めにしてくれても良かったんじゃん!私昨日まで試験だったんだよ?!ワーカーホリック!!ナルのバカぁ!」
「こんな簡単な化学も理解できない人間に馬鹿呼ばわりされる筋合いはない」
「ぐっ・・・で、でもでもそんなん私だけがわかんないわけじゃないもん!」
ふん、とふんぞり返った麻衣に所長は呆れたように溜息をついた。
「距離と規模に驚きはされたが、リンと安原さんは説明しなくても理解できたぞ」
「・・・・っっ」
「頭脳労働ができないんだ。肉体労働に従事させて何が悪い」 「うんにゃ〜〜〜〜〜あぁぁ」 悲鳴とも絶叫ともつかない唸り声を上げる麻衣に、所長はしゃぁしゃぁと指示を下した。 「強風のため屋外の機材は既に撤収している。残るは工場建物内のカメラ5台だ。風でひっくり返る前に早く回収してこい」
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