最初の小さくて可愛らしいと感じた印象とは異なり、麻衣はあの所長に物おじすることなく、ずけずけと文句を並べた。

対面するだけで萎縮してしまう香奈からすれば信じられない光景だったが、これもまたよくあることなのか、リンも滝川も特に驚いてリアクションすることはなく、2人の口喧嘩は派手に始まりあっという間に終息した。

麻衣は文句を言いながらも仕事は仕事と割り切ったらしく、不平をこぼしながらも滝川と一緒に機材を回収すべく外に出て行き、そして驚くべき早さで機材を回収し、滝川と同じように重そうなカメラを抱えて帰ってきた。

  

  

   

   

   

     

  

  

  廃墟の夢

 

 

    

    

     

何か手伝いをと香奈も手を出したが、機材はストーブの比ではないほど重かった。

「あ、大丈夫ですか?重いんで気を付けてくださいね」

香奈が動かすこともできなかったそれを、麻衣は掛け声一つで軽々と持ち上げ、梱包材の中にしまいこんだ。

「すごぉい」

嫌味でもなんでもなく、ただ純粋に見惚れる仕事っぷりに香奈が唸ると、麻衣は困ったように眉根を寄せた。

「本当にねぇ。女の子だってのに見て下さいよこの力こぶ!このバイトしてから本当に体力付いちゃって・・・まぁコツを掴めばさほど力は必要ないんですけどね」

にへら、と、笑う笑顔は友達に寄せられる笑顔のそれのように屈託なく、自然に親近感が持てた。明るさもさばけ具合もどこにも不自然に力が入りすぎていなくて、麻衣は一緒にいるのに楽だった。

最初に見かけた時は、紅一点だった自分のポジションを崩されたようで、正直面白くはなかったが、彼女ならいたらいたでこの一週間は楽しかったかもしれない。少なくとも原真砂子の数倍はマシだろう。

香奈はそう思い返して、きょろきょろと周囲を覗った。

所長もリンもベースの解体に忙しくこちらを見ていない。滝川は車を回してくると言って席を外した。聞くなら今しかない。

「そう言えば・・・安原さんってもしかしてあの原真砂子と付き合ってるの?」

何気なさを装いつつこっそり耳打ちすると、麻衣は手際よく機材を片付けていた手を休め、軍手をはめた白い指を一本唇の前に立てた。

「真砂子は一応ゲーノー人なので、オフレコでお願いしますねv」

しぃーと子供っぽくジェスチャーする麻衣は香奈の目から見ても可愛らしかった。

その愛しさに思わず笑顔になりながら、ああ、そっちかと、香奈は安原ばかりを気にしていた自分に今更ながら気が付いた。

確かに立場的には原真砂子の方が一般院生の安原より重大だろう。

神妙な顔をする麻衣に笑って頷くと、麻衣は嬉しそうに口の端を吊り上げた。本当によく笑う子だ。

ベースに広げてあった簡易ベッドや飲食セットの片づけを手伝いながら、香奈はテキパキと仕事をこなす麻衣に興味が湧いた。

働き者の愛玩動物。

彼女を見ているとそんな印象を受ける。周囲からの扱いを見ても、その印象に間違いはないように思う。

疑問はただ一つ。

彼女のこの職場でのポジション。恋愛事情だ。

別にバイト先で必ず彼氏を作る必要もないし、フリーだって問題ない。

学生だと言っていたから、学校に彼氏はいるのかもしれないが、それならそれでこのバイト先はどうなのだろうとと疑問が湧く。仕事内容はまぁそれとして、同僚と上司はカッコイイ男ばかりだ。他に彼氏がいたとしても、現状を知っていたら心中穏やかにはいられないだろう。

そうなるとやっぱりバイト先で彼氏を作る方が手っ取り早いように思うが、所長は別世界の住人の上ナルシストだし、リンが相手ではちょっと犯罪っぽい。何よりこの2人を相手にするには原真砂子ならいざ知らず、麻衣では少々普通過ぎる。

滝川ならいけそうな気はするが、実際はどうなのだろう。結構な年の差だ。

やはり一番ぴったりなのは安原な気がする。

しかし安原のことについて麻衣は安々と答えたし、その彼女とも仲が好さそうだった。

ともすれば安原と三角関係。もしくは片思いで友達に取られた系の可能性も出てくる。

一旦興味が湧くと気になって仕方がない。

こうなってくると今日で調査が終わってしまうこと、麻衣が最初からいなかったことが悔やまれてならない。麻衣とは仲良くできそうな雰囲気がある。もう少し時間があれば恋バナで盛り上がれたかもしれないし、そうなったら自分の可能性ももっと広がったかもしれない。

結局は自分本位な好奇心ではあるけれど、今日でこの調査が終わってしまうと思うとなんとかしてあがきたいという下心は強くなる。

香奈がそんなことを考えながら麻衣との距離を測っていると、そんなことはつゆ知らず、麻衣は突然首をひねって声をあげた。

「おかしいなぁ、やっぱり1本足りない」

「・・・どうしたんですか?」

「マイクが足りないんです」

麻衣はそう言うと素早くコートの前をしめ直して、出入口に向かいながら所長に声をかけた。

「ナール。機材が足りないみたいだからちょっともう一回見てくるね!」

「何だ?」

「広角集音マイク。どこに設置してたか覚えてる?」

「B棟手前とC棟裏だな。A棟のは途中で壊れたから他のものに変えてある」

所長はそう言いながら手近にあった図面を片手に麻衣に歩み寄り、場所の説明を始めた。

「配線はこの赤ライン。外れたとしても延長線上にあるだろう」

真面目に仕事をする麻衣相手に、これでは恋バナどころではない。

香奈が視線を外そうとしたその時だった。

「わかっ・・・・ふ、ふっくっしょん!」 

麻衣が小さくくしゃみをした。

外作業で風邪をひいたのかもしれない。

心配が先立ち、何気なく香奈が視線を戻したその時、香奈の方に背中を向けていた所長が、自分の首にかけていたマフラーを外した。

そうしてごく自然に麻衣の後ろに手を回し、外したばかりのマフラーを首元に巻いた。

いくら付き合いが浅いとはいえ、香奈にもあの所長がと驚くだけの印象はある。

驚きのあまり思わず視線を外してしまったが、気になって盗み見ると、所長はそんな視線を感じることなく麻衣にくるくるとマフラーを巻き付け、最後にぎゅっと軽く引っ張った。

気後れや照れなど感じられない、それは完全に慣れの見える手つきだった。

口元まですっかりマフラーで覆われた麻衣も特に照れる様子もなく、目元だけで微笑んで、軽く手を振るとそのままくるりと踵を返して外へ出て行った。

その様子がかえって雄弁に二人の関係を物語っていた。

   

   

 

   

    

  

   

麻衣が立ち去った後を呆然と見つめていると、振り返った所長と目があった。

その顔はこ憎たらしい程普段と変わらぬ無表情で、視線を外すこともない。こっそりと盗み見していた香奈に言外に問うこともしない。

どっちみち今日が最後。

香奈はそんな開き直りから年上ぶって微笑んで見せ、少し意地悪な質問をした。

「所長は谷山さんが好きなんですね」

無視されるか、怒られるか、呆れられるか。

言ってしまってから、悪戯を叱られる前の子供の様に肩を竦めて伺うと、対する所長はこれもまた極めて珍しくごく小さく微笑んで首を横に振った。

「そう言われるのは心外ですね」

「え?」

「あれが僕を好きなんですよ」

 

 

 

 

” ナルシストのナルちゃん ”

そのうちぴったりだって実感できますよ。

 

 

   

  

香奈は最後の最後で安原の指摘を実感した。