まばゆいような光が突如地の底からわき上がった。

それは金色の運河を思わせる壮大な流れに連なり、瞬く間に視界を埋め尽くした。それを眩しそうに見下ろしながら、ジーンは小さく微笑んでしっかりと抱きついていた双子の弟から身体を離した。

「盲点だった」

そして心から愉快そうに笑い声を上げた。

「さすが僕とナルだね。心残りも、それに気が付かなかったのも一緒だったみたいだ」

             

              

――――― すぐ帰ってくるからね。

             

             

約束する必要性すらなかったはずの " 約束 " が、永遠に失われてしまったこと。

絶対に違えてはいけなかったはずの " 約束 " が、無残にも破られてしまったこと。

             

             

             

「「  ありえないと思っていた  」」

             

             

             

重なる声に、ナルとジーンは互いの姿を見つめ、全く同じ仕草で、酷薄な笑みを浮かべた。

突然の死によって反故になった約束への、怒りと絶望と戸惑い。

それがどうしても消せない心残りで、それが今、時を越え、ようやく果たされたのだ。

              

             

             

             

               

             

              

第21話 : 最低で、最悪で、最後の

             

              

             

             

               

             

             

いつまでも笑い続けているジーンをナルはじとりとねめつけながら、大仰にため息をついた。

             

「最悪なシンクロニシティだ」

「そう?双子のロマンじゃない?」

「最低最悪」

「酷いなぁ」 

「そして " 最後の " シンクロニティだ」

             

ナルの言葉にジーンは目を見開き、それから微笑んだまま頷いた。

             

「いくんだろう?」

「うん。ようやく出口が見えたことだし、もう逝くよ」

「随分時間がかかったな」

「出来の悪い弟が心配だったんだよ」

             

ジーンはコロコロと笑いながらゆっくりと優人の身体から離れた。

両手を広げ、ナルは傾いだ優人の身体を今度はしっかりと抱きとめた。すると、後には既に輪郭もぼやけたジーンの薄い影だけが残った。陽炎のように頼りなく揺らめくジーンは、それでも微笑みを浮かべたまま、じっとナルを見据え、穏やかに告げた。

             

『 麻衣が還ってくるよ 』

「ああ・・・」

『 ちょうど行き違いになっちゃうかな? 』

「グズな幽霊がようやく浄化したと伝えておこう」

             

不敵に口角を吊り上げるナルに、ジーンは酷いなぁと唇を尖らせながら肩をすくめた。

             

             

             

『 麻衣によろしく 』

             

             

             

そして、露が朝陽の前で姿を消すように、ジーンはあっさりとその場から消えた。

 

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

後には、何の変哲もない病室の景色が残った。

照明が落とされたそこには、規則正しいリズムを刻む医療機器と古びた暖房のモーター音しかしない。

ナルは気を失い、脱力状態となっている優人と晴人の脈拍を順に確認し、それぞれの鼓動と呼吸を確認すると、毛布を敷きつめた床に2人を横たわらせた。

それから重い身体を引きずるようにして、ベッド脇に寄せたパイプ椅子に腰を下ろした。

『 還ってくる 』

そう断言したジーンの言葉を疑う必要はどこにもない。

子ども達はよく働いた。彼らもまた心配するようなことはないだろう。
ナルは無言で憔悴し切った麻衣の横顔を眺めた。

―――― 戻って来い、麻衣。

その呼びかけが届いたはずはないのだが、ナルがそう願った直後に、麻衣はビクリとはねるように身体を揺らし、喉に痰が絡んだような苦しそうな咳をした。

そしてそれが収まると、麻衣は長い時間をかけて徐々に瞼を開けた。 

「麻衣」

視線の先に入り込むように、ナルが身を寄せると、麻衣はしばらく瞬きを繰り返した後、ナルの姿に気が付いて僅かに口元をほころばせた。そして、口元だけを動かして麻衣は短い2文字の単語を形作った。

――― ナル。

透明な呼吸器ごしに見えたその形に、ナルはほっと息をつき、汗でべとつく栗色の髪に手を伸ばした。

しっとりとした髪は気分のいいものではなかったけれど、その影にある鳶色の瞳が不快感を消した。

「麻衣、ジーンが・・・・」

ナルが言いかけると、麻衣は幸福そうに目元を細めた。

それだけでナルは全て了解し、それ以上の説明を止め、代わりに麻衣に尋ね返した。

「会えたか?」

ぎこちなく小さく頷く麻衣にナルは顔を寄せ、ビロードのようなやわらかい声をかけた。

「良かったな」

呼吸器越しに、乾いた麻衣の唇がきゅっと結ばれ、それが再度小さく形を作る。

――――― よかったね。

至近距離でそれを確認し、ナルは息を飲んだ。

麻衣が苦心して浮かべた、見慣れた笑み。

その笑顔は、たった一人の双子の片割れが最後まで浮かべていた優しい笑顔にそっくりだった。

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

            

            
優人と晴人はほぼ同時に意識を取り戻した。

それと同時に、2人はそれぞれに酷い倦怠感に襲われ、声も出せないままにうめいた。手足は重く、頭は痛み、瞼を開けるのも億劫なほど辛い。その上優人に至っては初めての憑依体験の後遺症で、身じろぎでもしようものなら激しい吐き気が襲ってきて、呼吸もたえだえの状態だった。

―――― 正直、甘くみてた。

優人はその気分の悪さに自棄を起こしそうになったけれど、意識を取り戻すはずの麻衣を自分の目で見て確認しないことにはどうしても安心できず、無理やり瞼をこじ開け、僅かに自由になる首を動かした。

横では晴人が同じように顔を上げようともがいていたが、こちらも深いトランス状態から抜けきれていないのか、その動きも酷く緩慢なものだった。 そうして2人はやっとのことで頭を持ち上げ、視線を麻衣の方向に向けた。

規則正しい電子音。

霞む視界の中でその音を発する機材を探りあてると、その横のベッドが視界に入った。そうしてその傍らに佇む人影が目に入り、優人と晴人は何とかしてその場を確認しようと首を伸ばした。

白いシーツに包まれたベッドの傍らには、死神のような黒衣を纏ったナルがひっそりと佇んでいた。

ナルは椅子に深く腰を下ろし、ベッドから伸びた麻衣の小さな手を両手で抱え込むようにして掴み、その手の主の顔を見つめていた。

澄み切った漆黒に瞳に、白く透き通るような滑らかな肌。

それらが構築する整い過ぎた美貌は、安堵も悲観も感じさせない常と変わらぬ完璧な無表情だった。

その姿はまるで懺悔している聖職者のように気高く、真に迫り、何ものもからの干渉を拒絶していた。

優人と晴人は霞む視界の中でその顔を見上げ、そして、驚きのあまり動きを止めた。

             

             

             

             

暗闇の中に朧に浮かぶ白い横顔。

              

             

             

             

             

             

それは、

             

             

              

             

             

             

それはそれは大層美しい

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

美しい、泣き顔だった。