「お話することはできません。どうしても知りたいなら、ご両親に直接聞きなさい」
「それができないから、こうしてリンに頼んでいるんだよ」
「この間の一件でほとんど分かっているんだ。それを時系列に整理して欲しいだけなんだ」
愛らしいおねだりにも、理論立った論理にも、鉄壁のポーカーフェイスは崩れることを知らなかった。
「できかねます」
その強固な態度に兄弟は顔を見合わせ、それぞれに抗議した。
「リン、この前の僕の誕生日忘れちゃってたよね。ペナルティとして教えてよ」
「それはまた随分高い代償ですね。対価として見合いませんよ」
「そこまで愛想なくしていいのか?この前のことまどかに言うぞ」
さらりと脅迫を仕掛ける優人にも、リンは僅かに視線を上げ、表情を消し去った顔で蔑んだ。
「構いませんよ、言いたければ言いなさい」
その態度に優人は不穏な嘲笑を浮かべた。
「わかった。それじゃぁ、シンシアに相談することにしよう」
「シンシア?」
不思議そうに優人を見上げる晴人に、優人は噛んで含めるように説明した。
「これはまどかが係る話なんだ。だからそれを相談するにはまどかの友達がいいだろう?シンシアはまどかの同期の研究者でとても仲がいいんだ。例年の研究費の配算で互いの足を引っ張り合いするくらいに親しい」
「ユート!」
初めて声を荒げたリンに、優人はちらりと視線を這わせ、うっそりと微笑んだ。
「甘いよ、リン。事は小さくても、事態を面倒にするのはとても簡単なんだよ?」
第23話 : ペナルティの代償
嫌な具合に捩れた研究室の空気を切り裂いたのは、その渦の中心人物が最も会いたくない上司だった。
「あら、構わないじゃない。リン、教えてあげなさいよ」
その上司、まどかはころころと笑いながら三つ巴で固まっていた3人の下に歩み寄った。
「晴人の誕生日忘れていたのは事実でしょう?ここは素直にペナルティの代価を払えばいいじゃない」
「本当?」
ぱぁっと笑みを浮かべる晴人に対して、リンはそれと分かるほど顔をひきつらせながらも何とか反対した。
「それとこれとは話が別です」
しかしその反撃をまどかは天下無敵の微笑で返した。
「もうここまでバレているんだから、今更変に隠す方が不自然よ。関係ない第三者から聞くより誤解がなくていいわ。私も随分久し振りにジーンの名前聞いて、すっかり懐かしくなっちゃったの。ちょうど良かったわ、これから資料室で昔のナルとかジーンとかの資料出そうと思っていたの、一緒に来ない?」
渡りに船、と、優人と晴人がまどかに視線を向けると、まどかはにっこりと微笑んだ。
「だから、優人も後からその面白そうな話教えてね」
語尾にハートマークが飛ぶその言葉に、背後でリンが硬直したのがわかったが、優人はあっさりとそれを無視して、満面の笑みを浮かべて同意した。
いささか顔色の悪くなったリン共々、優人と晴人はまどかに連れられて、今まで入ったこともなかった古い資料室に足を踏み入れた。 出入り口以外の3方が全て資材用の棚になっているそこに入ると、まどかは舞い上がる埃に顔を顰めながら手馴れた様子で山と積まれたビデオテープを漁った。
「これ・・・何?」
見慣れない形のテープに晴人が首を傾げていると、最後に部屋に入ってきたリンが淡々と説明した。
「ビデオテープというものです。DVDが普及する前の画像録画はこれに保存していたんです」
「へぇ・・・・随分大きいんだね」
物珍しそうに声を上げる晴人の横から、優人が尋ねた。
「まだ再生できるの?」
「ええ、そこのブラウン管にデッキが繋がっていますから」
「テープは伸びるって聞いたんだけど、学術用でもそのまま保管しているんだな」
「必要なデータは全て電子データに移行済みです。しかしソースデータはあくまでビデオテープなので、そういったものはここに保管しているんですよ」
「そう。だから編集前のこんなテープもまだ残っているわけ」
リンの説明に補足しながら、まどかは棚の奥にしまいこまれていたダンボール箱を取り出した。
その箱の表書きには、古い日付とともに " TWINS " 双子、と走り書きされていた。
まどかは中から見つけあてた一本のビデオテープをデッキに入れつつ、優人と晴人に昔語りを始めた。
「これはナルが14歳当時、PKの公開実験をした時の映像よ」
そう促されて目にした画面には、晴人よりもずっと幼い外見をした綺麗な双子が手を取り合って立っていた。
「ナルとジーンは9歳からこの研究に携わるようになったんだけど、その当初はナルに破格のPK−STとサイコメトリの能力があるとは知らなかったの。それでナルが実験に参加するのはずっと後になってからだったんだけど、ルエラが2人を実験対象にするのを嫌がったから、本人達の能力実験映像はほとんど残っていないのよ。それでこれは一部で有名になったプレミア映像」
まどかの説明に優人は首を傾げた。
「マーティンはSPRに途中参加したのか?」
「え?いいえ、プロフェッサーはもともとSPRの会員よ」
「だったら知識は元々あったはずだよな。それなのに何で9歳まで能力に気が付かなかったんだ?」
優人の言わんとしていることを悟り、まどかは不思議に思いながら説明した。
「ナルとジーンがプロフェッサーの養子になったのが、9歳だからよ」
「「 え ? 」」
驚きを隠せない兄弟を見つめ、まどかはこれも言っていなかったのかとため息をついた。
「ナルはこんなことまで黙っていたのね。まぁジーンのことを説明していなかったんだから当然か」
まどかはぶつぶつと呟きながら、優人と晴人を見据えた。
「ナルとジーンは孤児だったのよ。それもあってあの双子は特に結束が固かったの」
まるで似ていない祖父母と父親の容姿の理由がわかり、優人と晴人は唖然としながら互いの顔を見比べた。それと同時に、晴人は画面上の双子の異変に気がつき、吸い寄せられるように画面に視線を転じた。
「これ・・・・・2人は何やってるの?」
「え?」
「光でキャッチボールしてる」
晴人がそう言うと、リンとまどかは意外そうな顔をしたが、僅かに嬉しそうに頷きあった。
「そうか、晴人には見えるのね」
「何?」
「ナルとジーンは何もかもが破格の双子だったのよ。ジーンは霊媒で、ナルはサイコメトリストで、PK保持者だったわけだけど、その他にも2人の間にはテレパシー能力があったの。声に出さなくてもお互いの考えていることが分かって、2人の話ではナルがサイコメトリした映像やジーンが霊視した内容もシェアしていたみたいね。それと同じ要領で、ナルのPKの力もジーンとやり取りすることができた。晴人が見ている光のキャッチボールっていうのはつまりそういうことね。ジーンはナルの力の増幅器の役割を果たしていて、大きな力を使っても今のように身体に重い負荷がかかることはなかったの。今やるから、見てて」
促され、再度優人と晴人が画面に視線を戻すと、中の双子は手を繋いだままゆっくりと頷き、次の瞬間、目の前にあった巨大な鉄の塊を手を出さずに対面する壁に投げつけた。
周囲からはどよめきが上がり、それまで静かだった画面は騒然となった。
優人が呆然とその画面に見入っている横で、晴人は一人納得顔で頷いた。
「本当だ。今のパパみたいに力の反動がない」
「よく見えるわね」
まどかが感心して言うと、晴人は画面から目を離さずに答えた。
「小さいことは分からないけど、これだけ派手な動きをしてたら見えるよ」
当然のことのように答える晴人にまどかはに微笑みながらビデオを止め、別のテープをデッキに入れた。
「彼らは史上最年少でSPRの会員になったわ。それで私とリンとナルとジーン、あともう一人でチームを作って、心霊調査のフィールドワークをしていたのよ」
次に映し出された映像はハンディタイプのカメラで撮影されているらしく酷く画面がブレていた。
そしてそこには今横にいる2人の会話が録音されていた。
『 ねぇ、リン。これで大丈夫かしら? 』
画面が乱暴に揺れて、それから全身黒尽くめの青年が画面いっぱいに映し出された。
「うわぁぁこれリン?!若ぁぁい!」
晴人の歓声にリンは面映い顔をし、早送りしようとリモコンに手を伸ばしたが、まどかがそれを止めた。
「あ、ちょっと待って!これの先よ。もう少ししたら面白いのが映っているから!」
そうしてまどかが言うと同時に、画面は古い建物の廊下に移動し、その先で固定カメラを設置していた2人の少年の後ろ姿を映し出した。
「あ・・・・」
「これ・・・・」
優人と晴人が身を乗り出すと同時に、テープからまどかの声が流れた。
『 ハァイ、ツインズ!こっち向いて!! 』
カメラマンの若いまどかが声をかけると、2人の少年は同時に振り返り、右の一人は大仰に顔を顰め、左の一人はふわりと嬉しそうに微笑んだ。
『 わぁ、それが新しいカメラ?かっこいいねぇ 』
『 リン、まどかに新品を持たすな。壊すぞ 』
『 ちょっと、ナル!上司に向かってその言い草は何とかならないの?失礼しちゃうわねぇ 』
「こっちがナルよ」
そう言って指差すまどかに優人は鼻白んだ顔をした。
「見ればわかる。・・・・・・ちっとも変わってない」
優人の指摘にまどかは声を立てて笑った。
「そうね、昔からナルはずっとあの性格のままだったわ。元々可愛げってものはなかったわねぇ・・・・興味があるのは研究だけで、後のことは本当にお留守。人間嫌いでジーンですら邪険に扱っていたから」
忍び笑いをもらすまどかの横からリンは身を乗り出し、そこに写し出される双子の姿に目を細め、呟いた。
「ええ、ですから、ジーンが行方不明になって探しに行くと言い出した時は正直驚きました」
リンの言葉に優人が顔を上げると、リンは当時の双子に酷似した優人の端正な顔を見つめ返し、低い声で無残な出来事を告げた。
「16歳の冬にジーンは霊視依頼があって単独で日本に行き、その直後、日本で死亡しました」
しん、と、水を打ったように静まり返った室内に耳を澄ませ、リンは重苦しいため息を吐いた。
「ジーンの死因は交通事故による轢死でした。ただしジーンを轢いた犯人は目撃者のいなかった事故を隠匿しようとして、亡くなったジーンの遺体を日本山中の湖に捨てたんです」
目を丸くする子供達に、まどかは複雑な表情を浮かべた。
「残念ながらそれが事実。同じ日本人としてとても恥ずかしいけれど、そんなことがあったの」
「ナルはサイコメトリをすることでその事実を知りました。しかしナルが掴めた情報はジーンが亡くなった直前、直後の限られた情報しかなく、またそれを知りえるのはナル本人だけという状況でした。傍目から見れば荒唐無稽の話です。けれど、ナルを始めとする関係者はそのことが事実だということをよく分かっていた」
リンはそこで一旦言葉を切り、優人と晴人を見据えた。
「2人はサイコメトリストが不自由な能力者だという意味をわかっていますね?」
「熱烈かつ狂信的な信者からの追及」
優人が簡潔に返事をすると、リンはそれに同意し、重々しく頷いた。
「ナルは身分を偽り、ジーンを探す為に便宜的に研究を名目としたSPRの日本支部を設置し、監視役として私を伴ってジーンの探索を始めました」
「監視?」
違和感のある強い単語に晴人は眉を顰めたが、リンは咎めるようなその視線に痛みを感じることもなく流した。
「当時で既にナルの方が立場は私より上でしたが、あの時のナルはまだ未成年でしたからね。しかも双子の兄を亡くしたばかりで、PKの制御もままならない状況です。黙って放り出せるわけはありません」
あなた方の父親は昔から無茶ばかりしますので、と言い添えながら、リンは当時を懐かしむように重ねられたビデオテープを見下ろした。
「雲を掴むような話でした。頼りになるのはナルの力のみ。実際、ナルの能力を持ってしても、ジーンの遺体を発見するには一年以上かかりました。その間に名目だけとは言え設置した事務所は研究機関の一環でしたので、いくつかの心霊調査を行いました。その調査過程で知り合ったのが、日本にいるメンバーと麻衣さんです。麻衣さんの母校で調査があって、それがきっかけで麻衣さんはSPRでバイトを始めるようになったんです」
リンの話に納得しかけた優人は、そこで根本的な問題に気が付き、疑問の声を上げた。「ちょっと待て、それじゃぁ母さんとジーンはいつ知り合ったんだ?」
優人の言葉に晴人が今思い出したように顔を上げ、同じように声を張り上げた。
「そうだよ!ママはジーンさんと仲良さそうだったよ!それで・・・・・」
勢いづきそうだった2人の疑問に、まどかは遮るように声を上げた。
「ジーンとは調査の途中から、夢で会っていたんですって」
「は?」
怪訝そうな顔の子供たちを見比べ、まどかはゆっくりと説明した。
「死後、成仏できずに彷徨っていたジーンは、元々センシティブで波長が近かった麻衣ちゃんと夢でコンタクトを取っていたみたいなの。そして麻衣ちゃんにジーンが見た霊視やナルが見た過去視を見せて、調査のアシストをしていたみたいね。ジーンとすれば麻衣ちゃんの指導霊のつもりだったんじゃないかしら?」
そこで晴人は麻衣が語った言葉を思い出した。
「ママが・・・パパとジーンさんを間違えたことがあるって・・・・・」
晴人の言葉にまどかは複雑そうに頷いた。
「間違えたっていうのは語弊があるわね。麻衣ちゃんはずっとジーンの存在を知らなかったんですもの」
「死んでいたって知らなかったの?」
見る間に顔を歪め、泣き出しそうな晴人の頬を撫でながら、まどかは酷く優しく微笑んだ。
「ナルとジーンはとってもよく似た双子だったから、麻衣ちゃんはナルが夢に出てきたものだと思っていて疑問にも思わなかったみたい。誰も分からなかったの。麻衣ちゃんもただの夢だと思っていたから、ナルに夢で会っているなんて誰にも言わなかったし、ナルも双子の兄がいるなんて言わなかったし、ジーンも・・・・」
「よもや自分が死んでいるとは言わなかった」
優人の指摘にまどかはやんわりと微笑み、頷いた。
「ジーンってヤツと母さんは随分仲が良かったみたいだな」
「え?えぇ・・・そうね、麻衣ちゃんとジーンは根本的によく似ていたし、ジーンは優しいからね。夢で会えていたのがジーンだって分かった後も何度か会えたみたいだし」
しおらしいまどかの態度に、優人は露骨に顔を顰め、蔑んだような眼差しで画面に映る人物を見据えた。
ブラウン管に映る双子は言われた通りそっくりだったが、動く彼らを見分けるのはしごく簡単だった。笑っている方と、笑わない方。どちらがどちらかなどとは疑問を持つまでもない。そして、様々な状況が指し示すであろう過去はそれ以上に安易なものに思われた。
病床にありながら、自分を見上げては遠くに思いを馳せるように寂しげに笑う麻衣の顔を思い出し、優人は一つの可能性に確信を得た。
「そんな状態で出会ったなら、母さんが選ぶのが性格破綻者のあいつであるはずがない」
そうして優人は皮肉まじりに口を歪めた。
「母さんは本当はジーンが好きだったんだろうな」
「 それで、あいつの方がジーンの身代わりだったってわけだ 」