子供心に、大好きな母親の一番になりたくて、優人は最大のライバルである父親に宣戦布告した。
「僕がママを幸せにする男だから」
口にしなくては証明できないくらい、必死で、幼かったそんな優人に対して、ナルはその勇気を褒めた。
「良かったな。この顔は麻衣の好みだぞ」
そして冷ややかに笑った。
「だが、オリジナルには敵うまい」
第24話 : 頑なな、毒舌と冷笑
―――― あのセリフ、そっくりそのまま返してやる。
優人が凶悪な悪意を胸に芽生えさせている間に、晴人は震える声で抗議した。
「な・・・・に言ってんのさ、優人!冗談にしてもタチが悪過ぎるよ!」
悲鳴のような晴人の大声に、優人は落ち着いた様子で薄く笑った。
「晴人だって、母さんとジーンは付き合ってたんじゃないかって疑っていただろう?」
「だってそれはっっ」
「それが知りたくてここに来たんじゃないか。悪趣味な予測だが、素晴らしい勘だ。良かったな、見事ビンゴだ。この経歴なら何も矛盾はないだろう。母さんは確かにジーンが好きだった。もしかしたら恋人だったのかもな。でも相手は幽霊だ。それで現実的に成就したのは双子の弟だったというわけだ」
顔面蒼白になる晴人を見据え、優人は同情するように眉根を下げつつも、苛烈な舌を止めなかった。
「それで色々納得できるじゃないか。あいつの偏愛的な態度とか冷淡さとか、全部あのバカみたいに高いプライドと双子の兄弟に対するコンプレックスだったとしたら納得できる」
「何でそうなるの?!違うよ!!!」
両眼に涙を溜めて大声を上げる晴人を優人はせせ笑い、まどかとリンに顔を向けた。
「そういうことだろ?だからあいつは僕達にこのことを隠していた」
そして触れば切れそうなほど冷徹な笑みを浮かべた。
「特に僕が気に入らなかったんじゃないか?せっかくの麻衣との子どもが自分と・・・・その兄弟にそっくりだったら、嫌でもコンプレックスの元を思い出す。研究対象にならないから、興味がないせいだと思っていたけど、そういうわけだったんだな」
「優人!!!!!」
煽り立てるような言葉に、優人は場が混乱するのを期待した。けれど、優人の偽悪的な言葉に反応したのは晴人だけで、リンとまどかは静かにその様子を眺めているだけだった。
「・・・・・なんだよ」
その沈黙が気に入らなくて、優人は掛けていた椅子の上で姿勢を崩し、胸を逸らした。
「違うっての?」
小馬鹿にしたような優人の問いかけに、リンとまどかは冷淡に訂正した。
「違います」
「違うわよ」
そうして僅かに怒りを含んだ声で、まどかは優人に問いかけた。
「優人、あなた本当にそう思っているの? あなた、そこまで鈍いの?」
「・・・・」
険しい表情のまどかを優人が睨みつけると、まどかは大きくため息をついた。
「大体そんな推理は自分の首を絞めるわよ、優人」
「・・・」
「あなたの大好きな母親はそんな見分けもできないような人?そんな大切なことをないがしろにできるような性格ではないんじゃないの?」
「・・・・」
「確かに、誤解していたことが分かった当時、麻衣ちゃんはジーン好きだって言ってたわ」
まどかの発言に晴人は声にならない悲鳴をあげ、優人は薄く笑ったが、まどかは構わず続けた。
「でも、その後麻衣ちゃんの気持ちはナルに向かったの。ジーンとナルを混同しているんじゃないかってことは、優人でなくとも事情を知る人間は誰もが疑ったわ。2人は見分けがつかないくらいそっくりの双子だもの。しかも麻衣ちゃんは厳密にはジーンを知らない。倒錯した思い込みをに危機感を感じるのは当然よね。ナルとジーンの存在がハッキリした後、麻衣ちゃんは絶対に双子を見間違えたりはしなかった。それでも2人を同一視しているんじゃないかって・・・・・・・・その事を一番疑っていたのは、間違いなく麻衣ちゃんとナル本人だったはずよ。当時の麻衣ちゃんは傍目にも心配になるくらい追い詰められてたわ。それでも麻衣ちゃんはナルを選んだ。ある種、自分の気持ちに素直な、大変勇気ある決断よね」
それでも疑いの眼差しを消そうとしない優人に、リンは横から口を挟んだ。
「ナルも同様です。当時のナルは自分達の気持ちを否定し続けて、最終的には精神的に弱り切ったところで、ジーンに意識を奪われました」
子供らのみならず、まどかもが驚いて顔を上げる脇で、リンは僅かに視線を落とし、懐かしそうに微笑んだ。
「ナルは3日間眠り続けて、その間に夢でジーンと会っていたようです。彼らの間でどんなやり取りがあったのかは分かりませんが、目を覚ましてから、ようやくナルは麻衣さんを受け入れました。まぁあの2人のことなので、その後も色々ありましたけれど、その結びつきは代替とかそんな簡単なものではありませんよ。誰がそう信じなくても構いませんが、ずっと横で見ていた私はそう思っています」
そうしてリンは怒っているような、もしくは悲しんでいるかのような複雑な表情を浮かべ、真に迫る切実さで優人と晴人を見据えた。
「優人、晴人、あなた方の目は節穴ではないはずです。あの2人を見ていれば何が真実かわかるでしょう。両親の結びつきを悪戯に貶めるような発言はやめなさい」
冷ややかなリンの視線に、優人と晴人は押し黙った。その沈黙を了解と取り、リンは僅かに首を傾げ、まどかは複雑そうな表情を浮かべる優人に声をかけた。
「優人」
「・・・・」
「優人ってば!」
「・・・・なんだよ」
ぶっきらぼうに返事した優人に、まどかは朗らかに微笑みながら言った。
「あなたが麻衣ちゃんのお腹に宿ったことを、最初に気が付いてあの2人に教えたのはジーンなの」
「・・・・」
「だからあなたがジーンの生まれ変わりであることは絶対になかった。2人もそんなこと求めていなかった」
「それが・・・」
「よく考えて、あの2人はそっくりの双子の兄弟だったジーンとの思い出をきちんと消化して結婚したの。同一視する痛みは他の誰より分かっている。だから優人とジーンを同一視するなんて絶対にしない。あくまでも優人は優人、ジーンはジーンよ。ナルと麻衣ちゃんは貴方にジーンと同じものを求めたりなんかしていないわ」
まどかはそう言い切ってから、ふっと肩の力を抜いた。
「でも、とても大切で・・・大切だから、優人、あなたにその名前をつけて、2人分の幸せを願ったのよ」
怪訝そうに顔を顰めた優人を見据え、まどかはぽんぽんと、その肩を叩いた。
「ジーンの本名は、ユージーン・デイヴィス。 優人、あなたの日本名を読み替えるとその名になるわ。誰よりもあなたを幸せにしたいから、一番幸せにしたかったその名前を付けたのよ」
うんざりとしたような胡乱な眼差しでデスクを睨む優人の横で、まどかは語りかけるように続けた。
「そうねぇ、確かに最初に子どもが欲しいって言ったのは麻衣ちゃんだったそうよ。ナルにも血の繋がった家族を作ってあげたい、自分も家族が欲しいって」
まどかの慰めにも、優人は皮肉気に鼻を鳴らした。
「それがこんな顔ばっかり似ている役立たずでがっかりだったな」
「優人?」
「ラボはずっと嫌いだったよ」
優人はそう言うとそっぽを向いた。
「ここの連中は皆馬鹿みたいな常識に囚われていて、霊能力もサイキックもない僕を蔑み続けた。優秀な学者様のあいつを筆頭にな」
「それは違うわ」
「どこがだよ!!」
思わず怒鳴り声を上げた優人を見つめ、まどかは首を横に振った。
「全く逆よ」
まどかはそう言い切ると、傍らに立つ晴人を見つめた。
「思春期に入って、晴人の能力も暴走しているけど、ナルもそういう時期があったの。比べられるものじゃないけど、ナルのそれもとても酷かったのよ。サイコメトリすれば同調が激しくて、目を覚ますとよく青あざを作っていたわ。特にサイコメトリが注目されて警察の捜査依頼を受けていた時は子どもには絶対に見せたくないような醜悪な映像もよく見ていた。ナルは昔からああだけど、あのナルが喋れなくなるくらいショッキングな映像も多かったの。それをやり過ごそうと暴走するPKも酷くてね。ナルはよくポルターガイストを起こしていたわ」
まどかはそこで言葉を切り、笑みをすっかり取り払って優人を見据えた。
「ナルは初め子どもを持つことを嫌がっていた。研究対象が増えるのは望ましいことだったでしょうけど、それよりも自分の血を受け継いでしまった人間が自分と同じような苦しみを味わうせるのが嫌だったのよ」
まどかはそう言うと、何かを耐えるように目を細めた。
「優人が産まれた日のことまだ覚えてるわ。麻衣ちゃんに陣痛が来たってのにナルは研究室に閉じこもっていて私が無理やり病院に連れて行ったの」
「・・・・・」
「もう産まれるって最後の最後になってナルはとうとう本音を言ったわ。自分達の血を残していいのかって、あのナルが感情的になって怒鳴ったわ」
まどかは記憶の糸を探るように瞼を閉じた。
「でもね、麻衣ちゃんは知ってたと思う。麻衣ちゃんが孤児だってことは知ってるわね?麻衣ちゃんは、ナルにも分かっていなかった自分達の圧倒的な孤独感を知っていたんだと思うのよ。そして、だからどうしても子どもが欲しかった。家族を作りたかった」
「・・・・」
「実際に優人が産まれて、ナルはようやくそれに気が付いたんじゃないかしら。2人目の子どもが欲しいって言い出したのはナルからだったんですって。ナル曰く、何があっても兄弟がいたら大抵のことはなんとかなるだろうからって。ある意味単純だけど、心強い経験談よね」
まどかはゆったりと微笑み、優人を見つめた。
「優人が産まれて、あなたに特異な能力がないと分かって、周囲の研究者はやっぱり失望したと思う。それは認めるわ。それであなたが傷ついているのも知っている。でもね、ナルだけは絶対に違うのよ」
「優人に能力がないことで、ナルは救われたんですもの」
ひくりと、優人のこめかみが痙攣した。
「無愛想で愛情がないように見えるのは昔から全ての人間に対してよ。ああいう性格で、言葉もたりなくて、口を開いたと思えば嫌味ばっかりだから誤解されるのも仕方がないんでしょうけど・・・・そうよねぇ、大体いくら言ってもあの態度を改めようとしないから、学内にだってこんなに・・・」
「まどか」
話が脱線しかけたまどかをリンが止めると、まどかはあら、と我に返り、誤魔化すように笑った。
「でもね、その中で優人と晴人、それから麻衣ちゃんだけはあの子の特別大切な人間なのよ」
それに対して優人は辛うじて反論した。
「まどかも甘いよ」
「え?」
「あいつがそんなタマ?確かに母さんのことは別格、晴人も大切な研究対象だろうさ。そして僕はその晴人のお守。ヤツが大切にしているってのはそういうことだ」
「でも、心配になって、優人の日本行きを止めたじゃない」
凛とした声が鬱積していく優人の気配を断った。
その声に優人が顔を上げると、声を発した晴人はきっと顔を上げ、優人を見つめていた。
「ちょっと前に優人、日本に行きたいって言ってたじゃない。それでパパが頭から反対したの。あの時、僕はパパが優人を無視しているって思ってびっくりしたんだ。覚えてる?僕、パニックを起こして失神しちゃった」
「・・・・」
「パパが優人を無視したら、優人は壊れてしまうから、僕はあの時のパパがとっても怖かった」
「なっっ」
「優人に一番必要な家族はパパだもん」
突如言い出したあまりに不本意な言葉に、優人は火が点いたような苛烈な眼差しで晴人を睨んだ。その視線の強さに晴人は思わず怯んだが、唇を噛み、震える声で続けた。
「優人は僕とママを守る。優人を守れるのはパパだけだ」
「何・・・・・ふざけたこと!!」
「ユート!」
思わず手が出そうになった優人をリンがすかさず遮った。その陰に守られながら、晴人は怒鳴った。
「だから僕はパパが優人をダメにしちゃうって怖くてたまらなかったんだ!!でも違うの!パパはお兄さんのことがあったから、日本に行くってあんまりにもタイムリーに言い出した優人に、あんなふうに反対したんだ。優人を直接見れないくらい、パパは優人がいなくなることが怖かったんだよ!!」
晴人はそう言うと、自分の言葉に納得したのか、語調を強めて言い切った。
「パパが本当に優人や僕を研究対象ってだけで大切にしているような人なら、そんな非科学的な感情で優人を心配するはずないじゃないか!」
直後、ガタン、と、大きな音を立てて優人はその場に立ち上がった。
その優人の嫌悪感で満たされたあまりの威圧感に蹴落とされ、晴人は顔色をなくして口をつぐんだ。
そうして落ちた沈黙の中を裂くようにして、優人は後ろを振り返ることもなく、資料室を出て行った。