いかな人嫌いとはいえ、たった一人で誰とも接触せず暮らしていけるはずがない。
じいさんとて例外ではなく、僅かに親交があるのがパン屋と雑貨屋のマクガレーさんだ。
特に夫婦揃って世話好きで人のいいマクガレーさんは、僕がいない平日にちょこちょこと顔をだしてはじいさんの様子をうかがい、庭仕事も手伝ってくれている。
じいさんにとっては貴重な、唯一といっていいほどの親しい部類の近所の住人だ。
しかしマクガレーさんにとってはじいさんはたくさんの付き合いの中の一人だ。あの夫婦ならば村中の住人について目敏く気が付くだろう。
仕事中にそれと気が付いた僕は思わず声を上げた。
盲点だった。
翌週末、じいさんの家に向かう途中で僕は車を止め、メインストリートに並ぶ村唯一の雑貨店、マクガレーさんの店に立ち寄った。
新しい物好きの奥さんは僕が持参した手土産、最近話題の菓子とお茶、輸入物のファブリックに大喜びし、自家製のマーマレードを分けるから少し奥で待つように言った。
店の奥は細長い母屋に繋がっていて、奥に入ると旦那さんが新聞を読んでいた。
いつも世話になって、と、じいさんのものと同じウィスキーを渡すと、そう言うつもりで親切にしているわけではないと言いながらも、嬉しそうに目尻を細めた。
人付き合いの上手なこの夫婦は嬉しがるのも上手だ。
旦那さんは拡げていた新聞を閉じると、僕に正面の椅子を勧めながら尋ねてきた。
「どうだい最近は」
「まぁぼちぼちです」
「感心だね。毎週末祖父の家の庭の管理をするなんて、できそうでそうできることじゃない」
「好きでしていることですから」
僕は感じのいい青年風に恐縮しながら、椅子に腰を下ろした。
「週末しかここにいないからかもしれないけれど、僕にはここがずっと昔から変わらない場所に見えるんです。だからかなぁ、都会の喧噪で疲れるととてもほっとする」
マクガレーさんは僕の話にうんうんと頷き、まるで自分が褒められたように眦を下げた。
「ここはカントリーだからねぇ。100年前と家の中は違っても外見はそうは変わらない。変わらないからいいんだ。そもそも人間というのはこうしたゆっくりとした時の流れの中で暮らすのが一番なんだ」
僕は同感だというように熱心に頷きながら、さも今気が付いたように言った。
「あ、でもこの前から知らない人をよく見かけます」
「ふん。家の近所でかね?」
「ええ、ご覧になったことはありませんか?」
「・・・いや?君の家の側では見かけたことはないなぁ」
「僕ぐらいの年格好の女性です。茶色の髪で、東洋系の顔をしている」
マクガレーさんは首を傾げ、ちょうどお茶を持ってきた奥さんにも尋ねた。
「東洋系の顔ねぇ・・・あなたと同じ年頃ならここにも2人いるけど、どちらも金髪で生粋のイギリス人よ」
それは違うと首を横に振ると、マクガレーさんは首を傾げた。
「ここ半年で新しく引っ越してきたのはリタイア組の老夫婦だけだしな」
「あ、そこのお宅なら時々息子さんが家族を連れて遊びに来ているわね」
「ああ・・・そう言えば見かけたことがあるな。あれだろ?薬を買いに来た子だ。そういやあそこの孫は東洋系の顔立ちだったな」
「そうなんですか?」
思わず身を乗り出すが、それを制するように奥さんが言った。
「ええ、養子なのかしらね。ご夫婦はイギリス人だけど息子さんが東洋系なのよね。息子さんの奥様は見かけたことがないけれど・・・・あなたと同じくらいの年ってことならお孫さんになるわね」
「孫がいるんですか?」
「ええ、あなたより少し若いくらいよ。でもどちらも男の子よ」
「あれ男の子なのか?下の子は女の子だと思っていたぞ」
「あらやだ、うっかりそんなこと言わないで下さいね!どちらも男の子!奥様に聞いたんだから間違いないわ。それにちゃぁんと声変わりしていますからね。ハキハキとちゃんと挨拶できてとても感じがいいわ。お兄さんはとても優秀で、お医者様を目指しているそうよ」
女の子に間違われる男の子。というのは気になったが、ハキハキ喋るなら違うだろう。
マイは片言の英語だって口にしたことがない。
僕は礼を言って店を後にした。
些かの疲労感を感じながら、エンジンをかけた。
小さな村の集落を抜けて、なだらかな坂道をだらだら登った先がじいさんの家だ。
車一台がせいぜいの狭い一本道をガタゴトと登っていくと、その途中、キョロキョロと周りを伺いながら歩いて坂を登る人影を見つけた。
田舎の中でもとりわけ不便で辺鄙な場所だ。まず滅多にお目に掛かることのない人影に、追い越す直前、リアウィンドーを開けて声をかけた。
「この先はうちの土地。家は一軒しかありませんけど、何かご用ですか?」
小さな人影が振り向いた瞬間、僕はあっと息を飲んだ。
「すみません、人を捜しているんです」
訛りのない、綺麗なブリディッシュイングリッシュだったその声は、確かに声変わりをすませた男のものではあるけれど、外見は少年の域を出ず、ぱっと見は少女にも見えた。
「それはもしかして・・・・・マイっていう女性?」
僕がその名前を口にすると、少年は目を丸くした。
「ご存知なんですか?」
驚く少年に僕は苦笑いした。
兄弟が2人きりとは限らない。
マクガレーさんの情報は半分ぐらい正しくて、半分くらい正確ではなかったのだろう。
栗色の髪と鳶色の瞳をした彼は、マイそっくりだった。
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