「そっくりだな」

 

思わず漏れた僕の感想に彼は照れたように微笑んだ。

栗色の髪に鳶色の瞳をした少年は、笑うとますますマイに似た。

 

   

  

 

 

 

  Garden

 

 

  

  

 

かいつまんでこれまでの経緯を説明すると、少年は恐縮しつつ彼の方の事情を説明した。

数年前に事故に遭ってから、母親は少し常軌とは外れた行動をすること。

その療養もかねて、家族でしばしば祖父母が住むこちらに遊びに来るようになったのだが、2ヶ月ほど前から母親がどこかに遊びに行って、行き先が分からなくなっていたということ。

田舎のこと、特に危険もないだろうとは思われたし、お腹が空けば帰ってくるのでまぁ大丈夫だろうとは思ったが、それでも心配なので毎回捜していたこと。

「でもあの人動物みたいなところがあって、気配を消すのがうまいんです。それでいつも見失っちゃって・・・」

ため息をつく少年の脇で、僕は人捜しより何より驚いたことをつっこんだ。

「母親?姉・・・で、なくて?」

呆然と口を開く僕に、少年はくすくすと笑い出した。

「母は日本人なんです。日本人は幼く見えますから。その日本人の中でも母は小さいし、特に幼い部類の顔立ちなのでよく間違われます。でももう40代なんですよ」

肌の張りからティーンエイジャーではないだろうとは思っていたが、絶対に自分と同世代、25歳前後、間違っても28歳くらいだと思い込んでいた。

「40・・・」

それはもう世代が違う。

もう一度確認するように少年を頭のてっぺんから足先まで眺めた。

言われてみればこの少年だって随分幼いようには見える。が、

「ちなみに僕は18歳です。兄が一人いるんですが、彼は21歳。母は20代で僕らを産んだので・・ね?40オーバーになるでしょう?」

少年は僕の考えを見透かしたように説明し、にっこりと笑った。

  

  

  

ハルト・ディビスと名乗った少年は、勧めに応じて助手席に乗り込んだ。

その様子を横目に見ながら、僕はため息をついた。

「君はハーフ?」

「僕ですか?生まれはイギリスですが血筋はそうなります」

「英語は問題ないんだな。マイは日本人だから英語がダメだったのか・・・そもそもあんまり喋らないけれど。あ、マイって名前。こっちは間違いはないんだよな?」

「間違いないです」

ハルトはくすくすと笑いながら、開け放した窓越しに風景を眺めるように目を細めた。

「そもそもは母も英語は話せたんです」

「・・・・そうなのか?でも全然・・・」

話そうとしないと続けかけて、なんだか場が悪くて口を噤むと、ハルトは少し困ったように微笑んだ。

「ええ、でも事故で脳に障害を受けてから英語は全く話せなくなってしまったんです。母国語の日本語は少し話せますが・・・あ、でも、ヒアリングはできているはずですよ。日常生活に支障はありませんから」

説明されてから、僕は初めて気が付いた。

マイは会話が成立しないものと決めつけていたけれど、確かに庭仕事の手伝いをする時などは不都合がなかった。そこのホースを取ってくれとか、草をむしってくれなど簡単な指示だったからジェスチャーで伝わったものだと思いこんでいたが、それにしては的確過ぎた気もする。言われてみれば、じいさんが僕を紹介した時も、すんなりと頷いていた。 

気が付くと同時にヒヤリとした。

分からないと思っていたから、本人を前に失礼なことを言っていないか自信がない。

僕の沈黙をどうとったのか、ハルトはそこで明るく続けた。

「それに母は感情が顔に出やすいので、なんとなくで分かります」

違いますか?

言われて吹き出した。

悲しい時、嬉しい時、眠い時、お腹が空いた時。

確かに言葉がなくてもすぐ分かった。 

   

   

   

じいさんの家に到着すると、僕はひとまず荷物をそのままに母屋に向かった。

鍵を開けて中を伺うが誰もおらず、母屋脇の納屋も無人だった。

「じいさんはたぶん畑だ。マ・・・君の母親は一緒にいるか奥にあるオークの樹の下で昼寝をしていると思う」

「・・・昼・・・寝?」

「君の母親は寝るのが大好きみたいだね。芝生の上にそのまま寝転がってよく寝てる」

恥ずかしそうに真っ赤になったハルトに苦笑しながら、僕は庭の東側にある畑に向かった。

高い生け垣を抜けてすぐの畑はこれまた無人だった。

「おかしいな。じいさんも奥の庭にいるのかな?そろそろ蔓バラの手入れが必要だって言ってたけど・・・それなら僕が来るのを待っていればいいのに」 

脚立を持ち出して剪定なんてしてなければいいけれど。と、知らず独り言を呟くと、後ろをついてきたハルトはそれを聞いてまたくすくすと笑った。

「お手伝いって言ってましたけど、本当に熱心にされているんですね」

今日は同じようなことをよく言われる。僕はそう一人ごちながら苦笑した。

「庭仕事が好きなんだ」

納得したように頷くハルトに、僕は肩を竦めた。

この国に置いて、ガーデニングだけは特別扱いだ。

ガーデニングへの情熱は、もはや国民病だと言う人間に限ってとても誇らしげなように。

畑から生け垣を抜け、なだらかな傾斜を登ると、ぱっと視界が開ける。

広い広い一面の芝生。

背景は白樺の森、手前に大きなシンボルツリー、自慢のオーク。

じいさんの庭で一番景色のいい所だ。

背後からほぅっと漏れる感嘆を耳にして、ひっそりと微笑みながら先を進むと、案の定マイはオークの樹の下で眠っていた。

「ママ!!!」

弾かれたようにハルトは駆け出し、オークの樹の根本に着くとマイを揺さぶり起こした。

「信じられない。本当に眠っているなんて!もう!!これじゃパパも僕も分からないはずだよ!?眠っちゃったら情景が分からないんだから!」

突然昼寝を邪魔されたマイは寝ぼけながらも起きあがり、ハルトを見るととろりとした、幸福そうな笑顔を浮かべた。

「ハルト」

聞いたことのない親しみを込めた、甘い、声だった。

見てはならないもののような気がして、無性にそわそわして落ち着かない。

「捜したんだよ?!」

しかしそんな親愛感なんて吹っ飛ばして、ハルトは心配が裏返ったのだろう、憤慨してマイに言い募った。家族なんてそんなものだ。

しばらく文句を並べてから、ハルトはマイが眠っていたオークの樹を見上げ、肩を竦めた。

「まぁこれだけすごい場所なら、ママが気に入るのが分からないではないけど・・・」

ハルトは英語で話していたのだが、その会話の内容は少し分からない。

けれどマイには分かるらしく、ハルトの言葉に満足そうに頷き、抱きついた。

「随分治してもらったんだね」

よしよし、と、まるで親子が逆転したようにハルトはマイの頭を撫でた。