リビングのカーテンを開け、マイとハルトにソファをすすめた。
マイはキッチンまでしか入ったことがなかったし、マクガレーさんでも家の中に入ることはないから、リビングに客を招くのは多分随分久しぶりのことだ。
そうして見るとそこかしこの埃や汚れが気になったが、この際無視することにした。
その間に急いでキッチンでお茶を煎れ、マクガレーさんからもらったマーマレードとスコーンを準備していると、じいさんは面倒になったらしく、無言で2階の自室に引っ込んでしまった。
じいさんとすれ違いでリビングに入り、僕はハルトに謝罪した。
「愛想のないじいさんで悪いな」
「・・・・いいえ」
「元々人嫌いなんだ。誰も家に寄せ付けない」
「優しそうなおじい様じゃないですか」
「そうか?そんなこと初めて言われた」
意外過ぎて目を見開くと、ハルトは細く微笑んだ。
「クリスさんとは気があっているみたい」
「僕はガーデニング好きだから例外なんだ」
僕の説明にハルトは神妙に頷き、僕といなくなったじいさんの後を追うように眺め、それから礼を言ってお茶を受け取った。
それから僕は順を追ってマイが庭に潜り込んできた経緯を話した。
ハルトは一々頷き、時には謝罪しながら僕の話を聞き、最後になってから遠慮がちに口を開いた。
「じゃぁ、クリスさんは週末だけここに来るんですね」
「そう、君らと一緒。普段はじいさんの一人暮らしなんだ」
くるりと辺りを見渡し、ハルトはじいさんが上がっていった2階で視線を止めた。
「おじい様はお茶いらないんですか?」
「ああ、気にしなくていいよ」
「でも・・・」
「元々小食なんだ。僕が一週間分の食材を買い込んできてもあらかたダメにするくらいなんだから。晩酌用のウィスキーがあればいい人でね。そっちも胃をやられてから随分酒量が減ってる。まぁ年だからその方がいいのかもしれないけど」
僕の説明にハルトはなぜだか僅かに顔を曇らせ、しばらくしてから顔を上げた。
「他には本当に誰もいらっしゃらないんですか?」
「?まぁ・・・いないはずだよ。だからマイがいた時は本当に驚いたんだ。近所の人が時々庭の水やりとか手伝ってくれるけど、じいさんとは会話にはならないだろうし・・・ほら、あんな風に無愛想だから」
「広いお庭ですよね。管理するのは大変じゃないですか?」
「じいさんも年だからな。3年前に病気をしてから力もすっかりなくなってしまったんだ。庭仕事って言ってもメインは見回りとかだね。実際には手を出さないのがほとんどなんだ。でも経験は豊富だから助かっているよ。肥料の配分とか詳しいし、そろそろ苗付けをした方がいいとか、病気になってる木とかに気が付くのはじいさんだ」
実際に世話をするのは自分だけどね、と苦笑すると、ハルトも一緒に笑った。
それからハルトは少し躊躇うように瞼を閉じて深呼吸した。
薄い瞼が閉じられると本当に無防備に見える。
危ういようで怖いようだ。
ハルトはそのまま息が止まるんじゃないかって心配になるくらいの間をおいて、再び息を吐くと同時に瞼を開け、真っ直ぐ僕を見つめ、尋ねてきた。
「クリスさんはもうわかっているんでしょう?」
何が、と、口に出す前になんだか背筋がざわざわした。
何だろう、と、反応する前に、ハルトはその先を続けた。
「おじい様がもう亡くなっていらっしゃること」
何だろう、と、疑問に思ったはずなのに。
何を言っているんだ、と、思ったはずなのに。
「ああ、知っているよ」
次いで口から出た言葉は、自分でも意外な応えだった。
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