多分もうずっと前から知っていた。 

    

  

    

 

 

 

  Garden

 

 

  

  

 

週の初め、月曜の仕事は怠い。

そんなのは世界共通見解だと思うのに、医療従事者だけは別と思うのか、週明けの月曜日は休日分を取り返すように患者が多い

午前中いっぱいレントゲンやCTスキャンを撮っては運び撮っては運び、へとへとになったところでようやく交代が入って昼休みになった。

ずっとモノクロや原色の画面を見ていたので、目の奥がズキズキと痛む。

カードを受付に返したら、さっさと昼食を食べて少しでも外へ行こう。と、足早にロビーを横切っている間に、僕は待合いのソファに座る意外な人物を見かけた。

最初はそれが本人だとは分からなかった。

それほど病院のソファに座る彼女は、僕が知っている彼女とは印象が違っていた。

まるで生気がなくて、蝋人形が座っているみたいだった。

別人だろうと無視をするのは簡単だったが、事情を知っている上で一人で座る彼女をそのままにしておくことはできない。僕は一瞬間躊躇った後、覚悟を決めてソファに近付いた。

「マイ・・・だよね?なんでまた一人なんだ?」

恐る恐る声をかけると、背後から通りのいい声をかけられた。

「妻がなにか?」 

振り返ればそこには、恐ろしく顔立ちの整った男が立っていた。 

  

  

    

  

ハルトとは似ても似つかない。

けれどつまり父親だろうその人は、黒壇のような漆黒の髪に透けるような白い肌をした、ムービースターというよりは美術館にでも展示されてそうな綺麗な男だった。

その男がじいさんが可愛らしく見える程の無表情、無愛想でこちらを睨み付ける図はなんともぞっとしない。なんとか状況を説明しようとしても、舌が強ばってうまく回らない。

とにかく怖い。

生物として怖い。

しどろもどろになって、やけに汗をかいていると、それまでずっとぼんやりしていたマイがまるで今起きたように顔を上げ、僕に気が付くとにっこりと笑った。

正直、この時ほどマイの笑顔がありがたいと思ったことはない。

「ナル・・・・・・・・クリス・・・・・・・」

多分日本語。

その説明の中で僕は自分の名前を聞きとめ、ほっと息を吐いた。

同時に父親の方も状況を理解したようで、小さく頷くと僕の方を向き直った。

「妻と息子がお世話になったようで」

「いえ、とんでもない」

一応話が通っていることに心から安堵する傍ら、そこで初めて父親は僕の白衣に気が付き、尋ねるように視線を上げた。

表情はないくせに雄弁な瞳は、これもまたゾッとするくらい綺麗だ。

「ここに勤めているレントゲン技師です」

なんとか苦笑をつくって応え、そのついでに用件を尋ねると、父親はマイの定期検診だとぶっきらぼうに答えた。

「気が付かなかったな。今まで担当しなかったのかな?」

「年に1度のことですから」

「あ、そうでしたか。旦那さんが付き添いだなんて優しいですね」

「普段は息子かヘルパーの付き添いなんですが・・・」

父親はそこでため息をついた。

「CTが怖いらしくて、この時だけは僕が付き添いにならざるを得ない」

笑っていいところなのか判断がつかなくて、咄嗟に無反応になってしまった。

するとその間を上手く取られて、父親は軽く会釈するとその場を立ち去ろうときびすを返した。まるでダンスをするように、彼が片手で軽く促すだけでマイもくるりと背を向ける。

一挙手一投足が一々目に付く男だ。

「あの!」

その夫婦を慌てて呼び止めた声は、自分でもちょっと驚くような大きさだった。

職場でのこと、これはかなり恥ずかしい。

けれどそれでも僕はこのチャンスを逃すことはできなかった。

見つめられる視線は相変わらず怖いけれど、僕は振り絞るようにして声を上げた。

「先週末は田舎に行かれたんでしょうか?その・・・家に寄ったりしませんでしたか?」

僕の曖昧な表現に、曖昧さ故に、その場を立ち去りかけていた父親は少し考えてから、返事をした。

「生憎先週は行きませんでしたが?」

「・・・・そう、ですか」

明らかにガッカリした僕の返事に、父親はすっと目を細めた。

「その言い方では、あなたも行かなかったのですか?」

「・・・・」

なんと言ったらいいのか。

いや、求めていることはただ一つだ。

僕は疑惑に答えが欲しい。

そのために相談に乗って欲しい。

だから、できたらハルトとまた話をしたい。

けれどどこまで知っていて、どこまでそれを理解しているのか分からない父親と母親を前にしては、それをうまく説明することができない。

そもそもおかしな話なのだ。

幽霊がいるかどうかなんて。

僕が黙している間に、マイがちょいちょいと父親の、いや、彼女から見れば夫の袖を引っ張り、首を傾げて彼の顔を見つめた。

その様子に父親は少し嫌そうな顔をしたが、ほどなくしてため息をつくと胸ポケットから名刺入れを取り出し、その内の1枚に何事か書き付けると僕に渡した。

 

プロフェッサー  オリヴァー・デイヴィス

  

シンプル過ぎる名刺の肩書きに驚く間もなく、彼はさらに僕を驚かせた。

「学内の専攻は宗教学ですが、本業の研究分野は超常現象、特に心霊現象を扱っています。あなたの周辺環境は妻が些か関与していた事も含めて、息子からおおよそは聞いています。相談があればこの番号にアポイントを取って下さい。平日は大抵研究室にいます」 

耳慣れない単語に呆然としていると、マイが唇を尖らせてさらに夫の手を引っ張った。

その手に急かされるようにして、彼は面倒そうに付け加えた。

「幽霊にお困りでしたら」