胡散臭いことこの上ないが他に頼るべき道もない。
僕が恐る恐るアポを取って
" オリヴァー・デイヴィス " の研究室を尋ねると、そこにはくつろいだ様子のハルトがいて、マイそっくりの笑顔で出迎えてくれた。
オカルト話に大学の研究室、それから満面の笑みの少年。
あまりに突拍子もない組み合わせに立ちつくしていると、部屋の奥から真っ黒な陰がにじみ出すように動いて、陰の中からハルトの父親、オリヴァー・デイヴィスが顔を出した。
初対面の衝撃を抜きにしても、彼の容姿はやはり他を圧倒する。
彼が身に着けると真っ白なシャツはより白く、細い眼鏡はより細く輝き、それぞれがそれぞれのコマーシャルをしているようだ。
彼は僕に軽く会釈すると、相互理解のために一から話をしよう、会話は録音されるがいいですね。と、予め決められたもののような物言いをして部屋の奥に設えたソファをすすめた。
「僕は研究の一貫としてゴーストバスターをすることがあります」
有り体に言えば幽霊退治、心霊現象の解消です。
簡単な自己紹介の後、オリヴァー・デイヴィスはそう言った。
「僕自身には霊を視る能力はない。カメラで録画し、記憶されたものを検証するだけです。その仮定で霊とおぼしきものは目撃したことはありますが、真性のミーディアムとは違う。よってそういった相談は受付できません。ただ事象を解決したい際は、原因を突き止め、それに適した協力者の協力を仰ぎ解決に導くことはできます」
「はぁ・・・」
「今回は事前にある程度の事情がわかっている息子を同席させます」
オリヴァー・デイヴィスにそう指示されると、ハルトは改まって頭を下げた。
クリーム色のだぶだぶのカーディガンを身に着け、にこにこと笑う彼は父親とは違って見ているこちらを無条件で安心させる。
「息子のハルト・デイヴィスです。父の研究は引き継いでいませんが、一応ゴーストって呼ばれるものとかモンスターって呼ばれるような色々なものが見えたり聞こえたりします。ミーディアムってことですね」
けれど、彼の口から出る言葉はやっぱり少し変わっている。
これがじいさんのことでなければ、到底信じることなんかできないだろう。
僕の沈黙をどう受け取ったのか、それからハルトは少し考えて付け加えた。
「僕とは少し違うけれど、僕の能力の大半はママから遺伝しています。ママは事故に遭ってからちょっと言動がおかしいけど、その前からセンシティブって言って、危険なものや異質なものをかぎ分ける力があるんです」
「おまけにトラブルメーカーだ」
オリヴァー・デイヴィスはため息と共にそう吐き出すと、冷ややかな、と表現できるほど切れのある視線で僕を見つめた。
「息子の話では最初の接点はあなたの祖父と妻だとか?」
見つめられる視線に必要ないと思ってもまだ動揺しながら、僕は僅かに唸った。
「それまでの僕の記憶ではそうです。ただ、それが今になると妄想なのかどうなのか判断できないんですが・・・」
「妄想?」
ここに来たということである程度は信じていると思われていることだろう。
だが、その実僕はまるで幽霊なんて信じてはいない。
今までゴーストなんてオモシロおかしく脚色されて、騒いでいるだけだろうと思っていた。ここまで来ておきながら、と思われるかもしれないが、それでもそういった固定概念はおいそれとは覆らない。僕は些かの躊躇いを割り切って、口を開いた。
呆れられたらそれまでだ。
「僕は霊感っていわれるものはないし、ゴーストの存在に懐疑的です。それで今回の件は僕もかなり混乱しているんです」
口に出してようやく僕は自分の状態がわかってきた。
そう、僕は混乱しているんだ。
「僕の祖父は約1年前に亡くなっています。僕はそのことをよくわかっていたはずなのに、なんでしょう、ついうっかりというか、先日までそのことを忘れていたんです。奇妙ですよね。忘れることなんてできっこないのに、でも実際に忘れていて・・・祖父とは生前の通りに生活をしていました。仕事が休みになる週末の度に祖父の家に訪れ、一緒に庭仕事をして、その一貫で・・・・ええっと、ハルトの母親、あなたの奥様に会ったんです」
最初はマイを死体と間違え、じいさんに知り合いだと紹介されてからも自分はずっと詐欺師を疑っていた。
ものを言わないマイの方が自分にとってはずっと怪しい存在だった。
こちらが気を遣って緊張しているというのに、人の話を聞いていないのか、オリヴァー・デイヴィスは僕の主張には口を挟まず、まったく違う話題を質問をしてきた。
「あなたの祖父が亡くなっているというのは、どこまで客観的に証明できますか?」
「死亡届っていうものでしたら受理されているはずです。その間の経緯も先日母に確認したので、ここまでは僕の記憶通りだったことは分かります」
「お尋ねしても?」
「構いませんよ」
オカルトな話題を扱っているくせに、やけに理性的な反応がカンに障って、僕は少し好戦的な気分になって喋り始めた。
「祖父は一人暮らしでした。ただ3年前に病気を患ってから身体がいうことをきかなくなった。食も細くなって、日常生活もおぼつかないように見えました。両親は引き取ろうとしましたが、本人が嫌がって実現できませんでした。その頃から僕が週末に庭仕事を手伝うようになったんです。相性が良かったのか、人嫌いのじいさんも僕だけは毛嫌いしなかったので、以来僕がじいさんの面倒を見るようになりました」
胃の手術をしてからのじいさんは、体躯も力も以前のものとはまるで違った。
それは悲しい変化であったけれど、僕らの関係性には特に問題ではなかった。
庭や畑を見回るのがじいさんで、じいさんが気が付いたそれを実践するのが僕。
僕にはいい勉強になったし、じいさんにとっても都合が良かった。
慣れればどうということもなく、それが一番のベストバランスであったようにも思う。
死後も。
おかげでまるで気が付かなかった。
じいさんが、実際は鍬一つふるうことができなくなっていたことに。
「祖父が亡くなったのは去年の6月16日です。発見したのは時々畑の水やりを手伝ってくれる近所の住人で、畑で倒れ込んでいるのを見つけてくれました。死因は心不全。年が年でしたので不自然な所は特にありませんでした。葬儀はごく一般的に家族で行われ、遺体は丘向こうの墓地に埋めました」
細い雨の降る、肌寒い日だった。
「死後遺書が見つかって、家屋敷と庭は孫の僕が相続することになりました。財産らしい財産はなく、土地しかなかったものですから、しばらく遺族同士で揉めましたが、それまでの僕らの関係と、土地が辺鄙な場所であまり値が付かなかったことから相続は祖父の意志通りになりました」
初めて登記簿にサインをした。
じいさんの名前が僕の名前に上書きされるのは、とても不自然なことのように思った覚えがある。そこまで記憶がある。その過去を忘れていたというわけではないのに、僕はどうやってあの事実だけ忘れていたんだろう。
「祖父が亡くなってからも、週末祖父の家に行く習慣は変わりませんでした。食料を買い込んで、世話になっている近所の住人に挨拶をして、後は黙々と庭仕事をします。最初の数回は家族も来ましたが、やることもないのですぐに来なくなりました。庭仕事はごく個人的な趣味だったので、友人も呼んだことはありません。第三者という意味では誰もいません。だから気が付かなかったのかもしれません」
いつの頃からか、いつの間にか、庭にはじいさんがいた。
けれど僕はまったく不思議に思わなかった。
怖くもなかった。
庭にじいさんがいることの方が、僕にはずっと自然なことだった。
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