王国の住人2   高温多湿

  

    

 「調査にはこちらの部屋をお使い下さい」

 

  

そのマンションの調査依頼をした建築主、大手ハウスメーカーの営業、崎谷はそう言うと、SPRの面々をマンション

の9階に案内した。

X県の県庁所在地に5年前に建設された 『ベターマンション』は、まだ真新しい外装をしていた。

駅前に程近い立地条件のいいマンションは、17階、全154戸のうち、販売物件として扱った135戸は、完成時に

完売し、残った賃貸物件についても、常に借り手がつく優良物件であった。

「まぁ、最近の騒ぎで、この部屋なんかは一旦空いてからずっと、全く借り手がつかないんですけどね」

苦笑する崎谷に案内された賃貸物件は、ごく一般的な3LDKで、11畳のリビングに、3畳のオープンキッチン、6畳

の和室と洋室、それに4.5畳の洋室がついた、南向きの部屋だった。

「ええっと、調査にいらしゃる方は6名でよろしいんでしょうか?一応寝具は5組準備させて頂いたんですが」

崎谷がメンバーを見渡し、首を傾げると、責任者であるところのナルは、興味なさ気に首を振った。

「全員が一斉に休むことはありませんし、出入りもありますので、十分です」

「あ、あと電源は別に確保してありますのでお使い下さい。備え付けの家電製品と、リビングのテーブルは前の住

人のものですが、差し支えなければそのままでご使用頂けます。」

「結構です。それでは、これから我々は機材設置に取り掛かります。一時よりヒアリングを行いますので、お手数

ですが、関係者にその旨告知下さい」

崎谷はやけに綺麗な顔立ちをしている所長の顔を、一度よく眺め、それからようやく頷いた。

「では、在宅者から順に伺うよう連絡します」

 

  

  

築5年。

優良物件として扱われていた 『ベターマンション』 に、急に奇妙な事件が多発するようになったのは、今年に

入って間もなくのことだった。

 

 

 

初めは5階住人の中学3年生が飛び降り自殺を図ったことから始まった。

幸いにも階数が低かったことと、下が生垣だったことから自殺を図った中学生は一命を取り留めた。

日常生活からすれば十分特異な事件ではあったが、自殺未遂を起こした子どもが受験生であったことから、周

囲の者も受験ノイローゼが原因だろうと思っていたので、そのこと事態は当初さほど注目を集めていなかった。

だが、それから僅か半年の間に6名もの子ども達が飛び降り、もしくは転落事故に巻き込まれてから、その自殺

未遂は一連の騒動のきっかけと認識されるようになった

連続して発生した飛び降り、もしくは転落事故は、中でも、転落事故に遭った子どもの幾人かが「幽霊に追いか

けられた」と訴え始めた事から、その様相を変化していった。

その手の話題は瞬く間に広がり、マンション内は突如怪談渦巻く場所になった。

特に噂話に過敏に反応した住人の子ども達が次々に異変を訴え、事故とも事件とも判断つかない現象が多発

するようになった。顕著な例では、夜になると幽霊を見る、無人のはずの場所で足音がするといったもので、最

も奇異な現象として現われたのは、家中の食器が飛んでくるといった現象だった。

初めは気のせいだろうと取り合わなかった大人たちもそのあまりの数の多さと、多様化していく現象に危機感を

持ち、念のためにと近所の神社の神主を呼んでお祓いを行ったりしたが、現象は治まらず、ついにはマンション内

のマンション自治体が販売元のハウスメーカーを巻き込んでの騒動となったのだ。

そこでハウスメーカーが原因究明を依頼したのが、SPR、渋谷心霊調査事務所だったのだ。

 

 

「リビングにベースを設置。他和室、洋室は仮眠室とする。サイズ」

見目麗しいSPR所長こと、ナルは近場に控えていた部下にそれだけ言うと、自分はさっさと崎谷が準備したマン

ション見取り図、設計図、地盤調査書に目を通し始めた。それを横目に、今回の調査に同行したSPRメンバー、

リン、麻衣、安原と、霊能者の滝川と真砂子はいつものことと口にも出さず、真砂子が冷茶を準備している間に

黙々と機材を運び、手際よくベースを設置した。

梅雨明け前の高温多湿の中、いくらエレベータが完備されているとは言え、機材の搬入はやはり重労働だった。

都合、部屋と車を4人がかりで5往復し、ようやく一通りの機材の搬入が終わると、まず滝川がリビングに大の字

に寝そべり、首に巻いたタオルで汗を拭いながら悲鳴を上げた。

「あっちぃぃぃぃ」

「ノリオ。ここでは邪魔ですよ」

「ああ、床がひゃっこくて気持ちいい」

「あ、いいなぁぼーさん。私もぉ」

床に転がり涼む滝川を見て、続いて、最後にマイクコードを抱えて部屋に入った麻衣が、ケーブルを抱いたままそ

の横に寝転がった。 

「あ〜つ〜い〜」

「あ〜つ〜い〜。真砂子ぉぉ、何か冷たいのちょーだい」

親子仲良く「リ」の字で寝そべる二人を見て、クーラーを利かせた和室で涼んでいた真砂子は顔をしかめた。

「麻衣、はしたないですわよ」

「へんだ。機材搬入しない人に言われたくないもん!マジ暑かったんだから。疲れたぁ」

「おじちゃんはもう腰痛いデス」

「アイス食べたぁい」

「俺、カキ氷がいい」

「あ、いいねぇぼーさん。カキ氷」

「だよねぇ」

滝川と麻衣はそう言い合いながら、少しでも冷たい床を探して、ゴロゴロと仲良く床を転がり、そして、もう夏

も近いと言うのに相変わらず全身を黒衣で包んだナルに、二人まとめて腹を踏まれた。

「うぎゃ」

「ぐっっっ…」

蛙のような声を上げた麻衣に、声も出せなかった滝川を見比べ、ナルは心底嫌そうに顔をしかめた 

「暇なら仕事をしろ。安原さん、原さん、これからの段取りを説明します」

   

 

 

「今回の調査について、建物自体の構造と地盤調査については、依頼主のハウスメーカーにて、詳細な再

調査が既に行われている。それを見る限りでは今のところ問題は見られない。いつもの通り気温の測定は

実施するが、これについてはぼーさん、安原さん。お願いします」

「承りました」

「へいへーい」

「原さん、今の所何か感じますか?」

突然話を振られた真砂子は、ふと視線をさまよわせたが、軽く首を振った。 

「今のところは何も感じませんわ。いたとしてもとても…希薄な方ばかり」

わたくしは少しこの周辺を見て回ってみます、と言う真砂子に、ナルは軽く頷き、それから麻衣を見遣った。

「麻衣」

「はいな」

「お前はここで住人のヒアリング」

「・・・一人で?」

ひくり、と顔を引きつらせる麻衣に、ワーカーホリックの所長はそれ以上の質問を許さず、軽く資料を叩いた。

「5時までが今日の活動範囲だ。それ以降に、場所をしぼってカメラを設置する。以上」