王国の住人5   不自然な理由

    

 

特に目立った報告もなかった調査初日。

それぞえれに仕事を終えて定刻に一旦集合したSPRメンバーは、ナルと安原が今後の安原の情報収集について

打ち合わせを始め、リンと滝川がナルの指定した場所に機材設置に向かい、麻衣と真砂子は買出しの為、近所の

スーパーに連れ立って出かけた。  

 

 

   

しかし大人数の食事に不慣れな麻衣と真砂子は中々はかどらない買い物に、ため息をついた。

「う〜ん、どのくらいの量買っておけばいいのかな?」

「これだけ側にお店があるなら、さほどの量はいらないのではありませんこと?」

「だよね」

「でも、何も食べるものがなくて困るのは・・・やっぱり不恰好ですわよね」

「そうなんだよ」

互いにうんうん唸りながら、カートに食材を入れていく様子に、麻衣はふと笑みをこぼした。

「やっぱりこういう時には綾子がいるといいよね」

小さく舌を出す麻衣に、真砂子もややあって微笑んだ。

「ええ、本当に」

「ハタチの女子としてはちょっと情けない話だけどもさ。本当にしばらく綾子のトコで修行しないとなぁ」

「あら、麻衣は少し前に松崎さんに習ったんじゃございませんの?」

「したけどさぁ、レパートリーはやっぱり少ないのよ。全然足りない」

「毎日のことですものね。家族のいる主婦は大変ですわね」

「うん。で、は、は・・・い?」

真砂子の合いの手に頷きかけて、麻衣は慌てて我に返り、怯えた様子で真砂子を伺った。

そして、その様子を眺め、真砂子はうんざりしたようにため息をもらした。

「麻衣」

「はははははは、はい」

「よもや、あなた。ナルと同棲していること、バレてないとでも思ってましたの?」

「!」

みるみるうちに真っ赤に顔を染める麻衣を、真砂子は小さくこづいた。

「そんなこと知らないのは、滝川さんとブラウンさんくらいじゃございませんこと?」

「え――――っっうっそおぉぉ」

「当然ですわ。麻衣は分かり易過ぎますし、ナルは隠そうとすらしてませんもの」

「うわわわわぁ、うっそ。マジで、どうしよう・・・えええええ、どうしよう。どんな顔して調査すればいいのさ」

「元々それほどいいお顔をなさっているわけではないんですから、お気になさらなくてもいいんじゃございません?」

「ぐっっ」

真砂子の毒舌に、麻衣はしばらくあたふたしていたが、それも過ぎると自分だけやりこめられたのが悔しかったらしく、

やおら真砂子の肩に手を回し、今度は真砂子にからんだ。

「真砂子だって人のこと言えないくせに」 

「あら、何のことでございましょう」 

「安原さんと付き合い始めてもうすぐ一年でしょう?ふふふ、この間一緒にディズニー行ったんだってね」

「ええ、楽しゅうございましたわ」

「夜のパレードまで一緒でロマンチックだね」

「きれいでしたわ」

「・・・ほら、私らよりよっぽどラブラブじゃん」 

「当然ですわ。それがどうかいたしました?」    

しかし相手は原真砂子。

悠然と笑い、麻衣のからかいを相手にしない。麻衣はぶつぶつ文句を言いながらも大人しくカートを引いた。

その慣れた様子に、真砂子はふと思いついて麻衣に尋ねた。

「ところで、麻衣はナルのマンションで暮らしているんでしょう?」

「え?うん。そだよ」

ハチミツ色の髪の下の表情豊かな顔が、先ほどの不満などもうどこにもないように微笑む姿を見て、真砂子はゆ

っくりと笑った。真似のできない、そのくるくる変わる豊かな表情が、真砂子はたまらなく好きだった。

「リンさんは今、どちらにお住まいですの?」

「隣の部屋。めったに顔合わせることはないんだけどさ、実は昨日初めてエレベータで一緒になったよ」

「それも・・・何だか微妙なお話ですわね」

「うん。実際に顔あわせたら、ちょっと恥ずかしかった」

麻衣が昨夜あった出来事を話すと、真砂子は口元を隠しながら愉快そうに笑い、それから首を傾げた。

「リンさんはお付き合いされている女性とかいらっしゃらないのかしら?」

その質問に、麻衣も今更ながら驚き、同じように首をひねった。

「え?リンさん?・・・・どうだろう、とりあえずそんな気配はしないけどなぁ。いるとしてもイギリスじゃない?」

「そうですわよね。森さんとか?」

「あ、それ、私もそう思ってるんだけど・・・・実際どうなんだろうね。すごい遠距離じゃん。しかも何年も」

「ですわよねぇ」

「私だったら耐えられない」

「わたくしだって嫌ですわ――――ねぇ、麻衣」

「うん」

「でも、もしかしましてよ。リンさんと森さんがお付き合いなさっていて、遠距離だったとしたら」

「うん」

「諸悪の根源はナルですわよね」

真砂子の指摘に二人は顔をつき合わせて言葉をなくした。

「・・・」

「・・・」

「・・・だ、よ、ねぇ」

「・・・」

「・・・あ、なんか今、まどかさんとリンさんが可哀想になってきた」 

「わたくしもですわ」

「本当に周囲を巻き込む自己中心男だな」

「でも、保護者の方から見たら・・・ナルから目を離すなんて・・・」

「とんでもない!死んじゃうでしょう!?あの人!!だって、何もいわなかったら平気で3食抜いて寝ないで研究して

るんだよ?!しかもノンストップで!突然倒れて眠ってた時なんか、本当に死んだと思ってびっくりするんだから!」

麻衣の熱弁に、麻衣と真砂子は互いに顔を見合わせた。

「本当に、ナルは・・・」

「ナルですわね・・・」

そして困ったように笑いあった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

  

 

調査初日に設置した5階廊下と非常階段、エレベータ内のカメラには何も特殊なものは写らず、17階の足音がする

部屋に設置したマイクも、住人の「足音がした」という訴えに反して、何の音も拾わなかった。

麻衣も何の夢もみず、真砂子にしても希薄で害のない霊以外が見えないことに変わりはなかった。

そして、問題の博士は・・・なにやら難しい顔をして、寄せられる幽霊目撃談のヒアリング内容を繰り返し読み漁り、

驚くほど沢山の指示を安原に出し、追加情報を追わせた。

そして、食器が飛んだという三上ゆりに関しては、早速暗示テストを実施した。

潜在的なPKがあるかどうかの判定テスト。

 

 

 

 

翌日、判明した結果はクロ。

指定した花瓶は豪快に飛び跳ね、向かいの壁にぶつかって割れていた。

 

  

 

 

「っていうことは、この騒ぎ、原因は三上ゆりさんってこと?」

割れた花瓶を片付けながら麻衣が尋ねると、ナルはしばし黙して首をふった。

「自宅に関してはそうだろうが、全体の事象とはまだ関連性がつかめない」

「そう?」

「もう少し詳細な周辺環境、聞き込みが必要だな」

「真砂子ちゃんにもよく見えないってことはさぁ、小さい霊がそれぞれ悪さしているってことじゃないのか?」

語尾を取った滝川が簡単に言い切った。

「そしたらよぉ、とにかくわかるものから除霊していくのがいいんじゃねぇの?話ができそうなら、真砂子ちゃんか麻衣

が説得すればいいんだし。まぁ地味で手間のかかる話ではあるけどよ」

「…」

「たまにはこういう地味な霊障もあるってことじゃね?」

はっきりしたことは言わないナルは次第に下降していく機嫌を持て余すように顔をしかめた。

「それにしては、少し妙だ」

「妙?」

「何故、霊を見るのは子どもだけなんだ?」

「・・・それは、お子の方が感受性が豊かで、そういうものを見やすいからじゃねぇの?ナル、お前さんだって、小さい

頃よりは力が弱まっているって感じたことはないか?真砂子ちゃん、お前さんだってそうだろ?」

滝川に話をふられて、真砂子は少し嫌そうに表情を曇らせた。

「・・・確かに、減衰期には入っておりますわ。以前ほどはっきりとわかることは少なくなっておりますもの。でもそれは

仕方がないことでございますのでしょう?」

「そう、仕方がないことだよ。な?霊能者って言われる勘の敏いヤツだってそうなんだ。麻衣は例外としてもだよ」

「なんだよぉ」

「そうだろうが。まぁいいさ。とにかくさ、大人の方が鈍感なのは事実だ。だから、真砂子ちゃんが見えないくらい力の

ない霊を見るのは、噂で過敏になっている子どもだけっていうのも、そんなに不自然なことじゃないと俺は思うがね」

「・・・」

「・・・まぁ」

「そうなのかなぁ」

滝川の説得に、真砂子と麻衣は頷きかけたが、ナルは頑としてそれを受け入れなかった。

「それに、何故、現象がこのマンションに限定されているんだ?ここに集中する理由」

ナルの指摘に、滝川はモニターを監視していたリンに視線を這わせた。

「するってぇと何か?またさ、湯浅高校の時みたいな呪詛ってことか?」

しかして、それまでモニターを注視していたリンは振り返りながらも小さく首を傾げた。

「呪詛にしては、少し不自然です」

「不自然?」

「ええ」

「具体的に言うとどのへんが?」

「終わり方です」

「終わり方?」

「呪詛とは目的をもって、対象となる人物、もしくは建物。そのものを害することを意図して行われます。つまり、まず

初めにその目的がはっきりしているものなんです。例えば一番初めの飛び降りを促す女の幽霊にしては、その対象

となった子どもを追い詰めることを目的としましょう。しかし、それならば『 飛び降りたら逃げられる 』という終わり方

が不自然なんです。個人に対する呪詛であるならば、そこで終わるのはおかしいんです。しかも、その後同じ現象に

あった子どもも同じ方法で回避できている。これは不自然で、ありえないことです」

リンの説明に、ナルが補足した。

「であれば、場所に対する呪詛が疑われる。しかし、現時点でそのトリガーが統一されていない。例えマンション内に

共通するトリガーがあったとしたら、いかに鈍いといっても大人も巻き込まれるだろう」

「湯浅の時も・・・先生とかも被害にあってたしね」

「そういや、そうだったなぁ」

「ぼーさんの幽霊談よりは集団で幻覚を見ている可能性の方がまだ高いくらいだ」

「幻覚?」

麻衣の質問に、ナルはおっくうそうに頷いた。

「それが怪しいと思えば、人間の目は実に都合よく様々なものを加工して見るものだ。そこに共通認識ができれば、

集団で同じものが見ていてもなんら不思議はない。集団パニックなどもその一つだな」

「それじゃぁ何か、ここで起きているのは皆幻覚だってぇの?これだけ種類多くて、限定されているのに?」

不本意そうな滝川に、ナルはこれまたしごく冷静に訂正した。

「それがわからないから、今安原さんに調べてもらっている。幻覚についても、きっかけや原因があるはずなんだ。

それに、一概に幻覚と断言できない現象も起きている。何かが・・・不自然なんだ」

ナルの指摘に、ベースには沈黙が落ちた。

「今安原さんには幻覚作用として、きっかけになる可能性の高い事件、事象の調査とあわせて、周辺住民、および

主に被害のあった中学生らが通っていた学区内の聞き込みもあわせてやってもらっている。そこで何らかの情報が

上がれば、事態の方向性はつかめるだろう。ぼーさん」

「なんじゃい」

「無駄と知っていても除霊したいならしてもいいぞ。但しカメラは準備しておいてくれ」

「・・・それはやれということなんでしょうか、先生?」

何気なくバカにされた滝川がうめくと、ナルはシニカルに無言で微笑み、ついで真砂子の方を振り仰いだ。

「原さん」

「はい」

「原さんは屋上、それから今例の女の幽霊を見ているのは、12階の大学生だそうです。15時過ぎにベースに来る

よう手配してますので、霊視をお願いします」

「わかりましたわ」

「麻衣」

「ほいな」

「お前はテープの回収」

「・・・言われなくてもやってるよ」

「そのついでに住民の、特に小学、中学、高校、大学生の聞き込みをしろ」

「幽霊とか、変なものをみたりしていないかだね」

ナルが頷くと、そこで麻衣はふと昨日のヒアリングを思い出して手を上げた。

「あ、それはいいけど、ナル。昨日の夕方に来た女の子の弟については?病院へは行ってみるの?」

麻衣の指摘に、ナルはつまらなさそうに首を傾げた。

「おおよそ心身症のノイローゼだろう」

「でもさぁ」

「家族の反応はえてしてあんなものだ」

「そうかもしれないけど、一応このマンションでの騒ぎでしょう?」

「時間があれば・・・病院でも調べものがあるついでに安原さんに顔を出してはもらうように指示してある」

「あ・・・そうなの」

麻衣が黙ると、ナルはそこで思いついたよう麻衣の手に小さなスティック状の機材を渡した。

「何、これ?」

「ハンディタイプ・レコダー。お前は常にこれを携帯しておいた方がいいだろう。どこかで実のある話を聞けそうだった

ら録音しておけ」

麻衣は小さな機材をひっくり返し、Rec、Stopを確認し、頷きながら首を傾げた。

「いいけど・・・でも、なんで私だけ?」

対して、ナルはにこやかに笑った。

「聞き取り調査に関して、お前は安原さんとは違うので」

「うん?」

「頭がザル。聞いた話の半分も覚えてられないんだから、記録を取っておくのは当然だろう」

「なっっっ」

麻衣の文句は、爆笑する滝川と真砂子の笑い声にかきけされた。