王国の住人7   見えない火の玉

    

騒ぎが起きたのは、その日の夕方遅くのことだった。

同刻、木下始ら男子小学生3人はいつものごとく学校帰りに木下の家に集合し、最近夢中になっているテレビゲーム

を始めていた。普段と違う点は、ゲームをする部屋からベランダを望む位置にカメラが設置されていることで、彼らも初

めはその仰々しい機材に興味を示していたが、ほどなく飽きて、すぐにゲームに熱中していた。

 

 

突然住民からの連絡用の携帯電話が鳴り、ベースに詰めていた麻衣がそれを取ると、興奮状態の小学生が大声で

電話口で騒ぎ立てていた。

『お姉ちゃん!火の玉でたよ!ちゃんとビデオ取れてる?』

「え?」

指摘されて麻衣とモニター前のリンが小学生の自宅の定点カメラを確認すると、そこには大騒ぎしてベランダに出て

行く小学生の後ろ姿が見えた。

「今、火の玉落ちているの?」

『うん。そう、ホラ、いくつも落ちてくるじゃん。僕らが言ったとおり!すごいでしょう!!』

しかしその背後には夕闇迫る藍色の空が見えるばかりで、その先に彼らが言うような火の玉は映っていなかった。

「え?でも、こっちには何も映っていないよ」

麻衣が答えると、電話をしてきた子どもが悲鳴のような声を上げた。

『えぇ嘘だぁ。こんなにはっきり出てるじゃん!よく見てよ』

「見てるけど・・・今は、君たちの後姿しかないよ」

『そんなわけないじゃん!お姉ちゃん一回来て!実際に見たほうが早いって、早く!』

横で会話を聞いていたナルと滝川は、麻衣が電話をしている時点ですぐに現場に向かっていた。階段を駆け上がり、

二人は3分もしないで目的の部屋の前につくと、急いでインターホンを押した。

ドアの前で待つと、子どもの軽い足音が駆けて来るのが聞こえ、すぐにドアが勢いよく開いた。

しかしそれと同時にベランダからは悲鳴のような大声が上がった。

 

「ああぁぁぁ!消えたぁぁぁ!」

「えぇ―――、もう降ってこないのぉぉ」

 

その悲鳴にドアをあけたその家の子ども、木下始はベランダに残った友達よりも大きな声で悲鳴を上げた。

「うっそ・・・・またぁ!?」

ナルと滝川がそれでも木下始に案内されて部屋に入ると、ベランダから身を乗り出して、屋上を仰いでいた小学生

達は気まずそうな表情を浮かべて、息咳切って現れた二人の大人に顔を向けた。

「何だ、もうなくなったのか?」

滝川が尋ねると、名残惜しそうにベランダの手すりに掴まっていた小学生が居心地悪げに頷き、他の二人の顔を見比

べた。そしてそのうちの一人がカメラの存在を思い出し、ベランダに顔を出した滝川に詰め寄った。

「ねぇ、これカメラ撮れてるでしょう?!確認して!」

急かす子ども達に押されて、その場で滝川が録画されたテープを再生し、ビデオ本体の小さな画面で子ども達を交え

て内容を確認した。

しかし、カメラにはやはり火の玉らしき影すら映ってはおらず、サーモグラフィーも特に異変を察知しなかった。

「なんだよぉ、せっかく証明できると思ったのに!」

心底悔しそうな子どもを見下ろし、ナルは口を挟んだ。

「証明、とは?」

威圧的な視線に、子ども達は一旦口を閉ざしたが、滝川にちゃかされ、促され、何とかその説明をした。

「実は俺達、何回か火の玉は見てるんだけどさ、いつも3人しかいない時しか見えないんだ」

「おばさんが帰ってくる直前に消えたりしてて、他に誰も見てないんだ」

「大人はまだ一回も見てないんだ。だから、嘘だろうっていっつも怒られるの」

「でも、本当に見えるんだよ。本当に火の玉が出るの」

「だから、ちゃんとカメラ準備して、いつも大人が見てる状況だったら、ようやく証明できるねって」

「僕達楽しみにしてたんだ・・・」

子ども達はがっくりと肩を落として、もう何も見えなくなったベランダの外をみやった。

 

 

 

 

 

期待していた分落胆も激しかったのか、麻衣が遅れて現場に駆けつけると、3人の小学生達は緊張の糸が切れた

かのように「本当なのに」と訴えながらべそべそと泣き出した。泣き喚く小学生らが面倒だったのか、素早くベースに

戻ったナルを尻目に、滝川と麻衣はそんな彼らをなんとか慰め、遊びに来ていた2人の子どもを自宅に送り届けてか

らベースに戻った。

 

「嘘ついているようには見えないよねぇ」

 

麻衣が呟くと、滝川がぼそりと言った。

「やっぱりよぉ、集団パニックとちゃうか?」

「…」

「幽霊が出る出るって思い込み、恐怖心から、集団で幻覚を見てパニック状態。そしたら、今日のあのボーズ達の

状況も説明できるんちゃうか?本人達に幻覚だって意識はないから、さっきみたいに自分達だけには本物のように

見える。でも実際には幽霊なんていないから、真砂子ちゃんとか麻衣には見えない。そうなんじゃねぇの、先生?」

投げかけられた視線に、ナルは静かに頷いた。

「その可能性は高くなったな」

ナルの肯定に滝川はホレホレと嬉しそうに胸を張ったが、すぐに同じ御仁の言葉で制された。

「けれど、それならば偽薬で効果がでるはずなんだ」

「偽薬?」

麻衣の質問に、そんなことも忘れたのかとナルは露骨に顔を顰めた。

「近所の神主によるお祓い。あれは住民のほとんどを集めて、派手にやったそうだ。それなのに効果は一向に現れず

、直後に飛び降りが起きている」

「それはさぁ、あれじゃねぇの、ほら、食器を飛ばすPKの子。あの子はパニックとは別の問題だから、やっぱり再発

してさ、『ああ、意味なかったんじゃん』って子どもらは納得しちゃったとか」

「ポルターガイストが最後に起きたのは6月6日。神主によるお祓いは6月20日。お祓いを行ってからは、ポルターガ

イストは起きていない」

「う・・・」

黙り込む滝川の脇で、麻衣がナルに質問した。

「それがナルの言っていた『不自然なこと』?」

「の、一つだ。偽薬も完全な効果は期待できないからな」

「では、ナルはやはりこれは霊現象だと思いますの?」

重ねられた真砂子の静かな疑問を、ナルはこれもまた否定した。

「そうは言っていない」

「え?じゃあ何?」

「今のところ何にも属していない。だから調査に来たのだが?」

ナルはそう言い置き、くるりと真砂子の方を見た。

「原さん、少なくとも原さんに霊は見えませんね?」

尋ねられ、真砂子はこくりと頷いた。

「今日お会いした現在女性の霊を見ているという方にも、誰にも憑いておりません。この場所にも、やっぱり、特に

はいらっしゃいませんわ。わたくしにはどうしてここで連続して異変が起きているのか理解できませんもの」

真砂子の証言にナルは闇色の瞳を軽く閉じ、ため息と共にそれ以上の言及を拒否した。