「谷山さん」
名前を呼ばれて、麻衣はふと我に返った。
目の前には、見慣れたマンションの廊下。部屋のドア。
ぐるりと見渡し、最後に隣のドアを見やると、そこには長身のリンが、自分の部屋の鍵を開けながら麻衣を見ていた。
「ナルがいなくて、部屋に入れないんですか?」
リンに言われ、麻衣はここがナルと住むマンションであることに思い至り、ゆっくりと頷いた。
そうだ、自分は鍵を持っていない。
ナルが帰ってこなければ、部屋に入れない。
麻衣はそこで自分の現状をようやく把握したのだが、頭に靄でもかかったようにどうにもすっきりしない。
調査が終わったばかりで疲れているのかもしれない、と、麻衣は先にあったマンションの調査を思い出した。
早く休みたいのに、と、眉根を寄せると、続けて隣から感情のない平坦な声がかけられた。
「でしたら、私の部屋で休まれてはいかがですか?」
リンの低い声は、麻衣の脳に直接響いた。
それは何故か疑いようのない事実のように聞こえて、
麻衣はその声に誘われるがままリンが開けていたドアの中に足を踏み入れた。
同じ色のドア、同じ作りの玄関。
リンは慣れた様子でドアを閉め、それからすぐ勢いもつけずに麻衣を抱き上げた。
ふわりと抱き上げられ、麻衣は僅かに驚いたが、それもまたすぐに納得した。
だって、リンは力持ちなのだ。
何も不自然なことではない。
リンは麻衣を抱き上げたまま廊下を抜け、隣室と全く同じ間取りの寝室に入った。
そして麻衣をベッドに横たえゆっくりとその上に覆いかぶさった。
ギシリと、ベッドが軋む。
――あれ?
と、麻衣が疑問に思う間もなく、その瞬間に麻衣の心に違和感が追いついた。
同時に全身に鳥肌が立つ。
体が撥ねる。
しかしそれを押さえ込むように腕が伸びてきて、両手首がねじり上げられるように一箇所で掴まれた。
嫌悪感が掴まれた手首から這い上がる。
はっきりしない脳裏にも危機感だけは灯る。
「やぁっっ」
力の入らない体をよじり、痺れるような舌を震わせて、麻衣は何とか抗議の姿勢を示したが、それはリンの強い握力と
重い体、冷たいような唇で全て遮られた。
ざわりと、首筋があわ立つ。
疑問よりも何よりも、先立つ意識は恐怖心を捕らえる。
≪ コ ワ イ ≫
麻衣の悲鳴を潰す為に差し入れられた舌に執拗に口の中を嘗め回され、混濁する意識の中、麻衣は必死に首を振
り、抗おうと力を込めた。しかし、上にのるリンの体は絶望的に大きく、力の差は歴然としていた。
≪ イ ヤ ダ ≫
涙は出ても、喉が焼け付くように熱くて声が出ない。
振り払おうとする腕は逆に捕らえられて、袖を抜かれ、服が取り払われていく。
≪ タ ス ケ テ ≫
麻衣はパニック状態で、声にならない声で泣き喚き、暴れた。
すると、一段強い力で頭を押さえつけられ、混乱した頭に直接届くように、麻衣の耳元でリンが諌めた。
「ナルとするようにすれば、痛くはありませんよ」
何を、とは考えたくもなくて、麻衣の思考はそれ以上の進行を拒否してフリーズした。
その間に指や手が体を詰り、探り、探りあて、リンの口元に卑猥な笑みが漏れる。
更に何事か囁かれるが、耳がそれ以上の音を拒絶して、麻衣にはその意味がわからなかった。
「 」
意味を理解すれば、それはますます酷いと、本能が全刺激を拒絶する。
「 」
それでも意識はそこに留まり続け、行為はエスカレートし、別の人物との行為に慣れた体が反応する。
足が開かれ、無防備過ぎる体が露わになり、麻衣はたまらず悲鳴を上げた。
しかしそこに生まれた一瞬の隙に、平坦な声が止めを刺した。
「 そんなに騒ぐとナルに聞こえますよ? 」
ぐにゃりと心臓が歪む音がした。
耳が焼けるように熱い。
押し寄せる圧力に、喉が詰まる。
逃れ切れなかった痛みに、麻衣の視界は白く濁った。
そして
麻衣は目を
“
覚ました ”