調査員の代表者として現れた年若い漆黒の美人を前にして、月子はやはり驚いたような顔をしたけれど、それでも歴代二番目の早さで立ち直り、とろりとした柔和な笑みを浮かべた。  

 

 

  

      

 

    


#005 月子の話
    
     

 

   

      

「姫巫女をしている月子いいます。今回は遠路はるばるご苦労さんやったな」

 

 

温和な物腰と柔らかな声、落ち着きのある美人特有の雰囲気に綾子は面白くなさそうな顔をし、滝川らは頬を赤らめたが、その中央でナルは無表情のまま無感動に頷き、先を促した。

「依頼内容の詳細をお聞きしましょう」

その極めて事務的な物言いに、月子は意外そうに眼を見開いたが、そう言ったナルに少しの羞恥も見て取れないことに満足そうに微笑み返し、では、と居住まいを正した。
「そもそも、この姫乃島は姫神というご神体を奉ることで繁栄してきた島や」
月子はそう言うと内郷から手渡され、安原が持参した古い地図を畳に広げさせ、それを指差した。
「古い昔、島の中央にある深山に玉依姫命(たまよりひめのみこと)という神さんが降りられた。
それが俺らが姫神さんと呼んでる神さんや。
姫神さんは水と子を守護する神さんやった。そこで島の人間は尊い姫神さんの威光にあやかろうと供物を捧げ、島一番の男を選んでその男に陽の神を降ろし、姫神さんと婚姻させて子を産ませ、その子を大切に育んだ。それを繰り返すことによって島は姫神さんの庇護を受けることになる。それが大雑把に言えばこの島の信仰の大元や。
その由来から姫神さんは海上安全、子孫繁栄、五穀豊穣、病気平癒の神さんとされている。
この姫神さんの子孫が俺のような巫女の家や。おかげで俺と、嫁に行く前は草ばぁばにも苗字いうもんはない」
「苗字がない?」
思わず声に出して尋ねてしまった麻衣に、月子はやんわりと笑った。
「そうや、そもそも日本国の戸籍というもんがないんや。男が生まれた場合は直ぐに縁者の家に養子に出される。女でも姫神さんの巫女にならん女は嫁に出る。草ばぁばはそっちやな。そん時にそれぞれに苗字ができて戸籍もできるんやけど、姫巫女さんになる女は、文字通り神さんを貰い受けるわけや。姫神さんは厳密に言えば人間やないから、戸籍があるっちゅぅのはおかしいってことでな、俺と俺の母親、それに祖母、草ばぁばの姉さんやね、それからその上と、巫女の女に苗字はないんや。
おかしな話やけど、苗字や戸籍が整備された当時は、この島も元気があった。
重宝がられる薬草の産地で、その手の医療技術でいっぱしの財も権力もあったんや。今も残っている名残は島の西側に養生園言う病院跡くらいしかないけどな。そのためお国に無理も通ってこの通りや。けど、そのお陰で明治の神仏分離令も免れて、こうして形としての残ったんや」
何がどう役立つかわからんもんや。と、月子は微笑み、着込んだ藍の着物の袖に腕を通した。
「姫神の子孫の俺らは、その親の代が20年でそのお勤めを終える時に代替わりをする。俺たちはそれを 魂代え(たまがえ)言うてる。
魂代えできるのは、その時の姫神さんから生まれた女の子で、20歳までの生娘と決まっている。
若い生娘でないと女神(おんながみ)さんは降ろせない言うて、そういう決まりになってるんや。それできちんと魂代えが終わったら、そこから姫神さんとして20年のお勤めができるようになるんや。
地図に赤い印があるやろう?全部で13ある島の聖地、お宮さんや。
このお宮さんを守って、島の大切なことを決めるのが姫神さんの仕事になる。
それから・・・ありていに言えば村主の親族やな。その中から、姫神さんが代わった年に年男になった男に陽の神を降ろして、その男と結婚して子どもを作る。その子がまた次の姫神さんになる。と、こうして家の家系は守られてきたんや」
月子がそう言うと、横で黙って聞いていた朋樹がずいっと身一つ前に膝をすすめた。
「私と大樹が生まれ育った家が、この村主の本家筋になります。
先にも言いましたが、村主家は島をまとめ、大切な姫神さんを守るってのが家の一番の仕事でした。中でも本家を継ぐ者と、姫神さんの婿になる者、姫神さんの従者役になる者の名前には" 樹 "という字をつけてその役目にあたってきました。だから私の名前は月二つのトモに樹で " ともき ” 、弟は大きな樹で " たいじゅ "、私の息子達は勇敢の勇に樹で " ゆうき " と平和の和と樹で " かずき "と言います。便宜的に、島の者はこうした私達を " 樹(いつき) " と呼びます」
「島では村主って言うよりかは、"樹"と呼ぶのが多かったしな」
「屋号みたいなもんですかね?」
「そうやねぇ」
滝川と月子のやりとりを聞きながら、朋樹は淡々と説明を続けた。
「本家を継ぐのは大体が長男で、姫神さんの婿になるのは、魂代えが行われる年に年男となる親族の中から選んでました。それが本家の人間でない場合は、その婿が15の時に本家に養子に入って、その時名前を改めるようにしてました。従者役というのは、姫神さんの身の回りの世話や姫神さんの助役になります。本当のことを言えばそれは村主の家に生まれた女の子がやる役なんですが、私達は2人兄弟ですし、親族の中でも丁度いい頃合の女の子がありませんでしたので、6つの頃から今まで大樹がその役をやっています」
「あら、そうすると、村主さん・・・て、朋樹さんは長男で家を継ぐんでしょう?で、大樹さんは従者役で、姫神様の婿役は誰になるの?」
綾子が横から口を挟むと、それには月子が薄く笑いながら応えた。
「本当のことを言えばトモ兄さんが俺の婿になるはずやったんや」
その言葉で場が嫌に静まり返り、自然、視線が自身に集まるのを意識してから、月子はやんわりと微笑んだ。そして次に首を後ろを指で叩きつつ、僅かに眉間に皺を寄せた。

「なんやこの部屋、さわさわする。草ばぁば、煙草持ってきてや」

話を中断させていることに悪びれもせず、月子は草子が古めかしい箱型の煙草盆を持ってくるのを待ち、それが届くと中から蒔絵が施された長い煙管を取り出して雁首の火皿に嫌に鮮やかな黄色の刻み煙草をつめ、慣れた手つきで煙草盆から火を移した。煙草嫌いのナルの顔が不快気に曇るのを他所に、月子はゆっくりとその煙を吸い込み、吐き出した。
口から吐き出された煙は、香のような臭いを部屋に蔓延させる。
その煙を目で追いながら、月子はゆったりと微笑み、話を続けた。
「先代が20年のお勤めを終えて、俺が姫神さんになるのは俺が数えで18になる正月やった。
そん時、大樹は14、
トモ兄さんは22、数えで24歳の年男や。そやからトモ兄さんは村主の家督息子であると同時に俺の婿になるはずやったんや。今からちょうど20年前の正月のことや」
その話の途中に、麻衣はこっそりと滝川の裾を引き尋ねた。
「数えって?年が2個多くなるの?」
その質問に滝川もまた声をひそめて答えた。
「数え年って年の数え方の一種だよ。今の年の数え方は一般的に満年齢。生まれた時が0歳で、誕生日ごとに一つ年を取るようになってるけど、昔の日本ではよく"数え"で年が数えられてたんだよ。生まれた時が1歳と数えて、後は正月が来るたび一つ年を取るようになるんだ。だから昔の日本人に誕生日って概念はなかったんだよ」
「へぇ。詳しいね」
「・・・・・一応、ぼーずだからね」
感心されても嬉しくない。と、滝川が内心でがっかりしている内に、月子の話は本題に入っていった。
「魂代えは
正月前の3日間、姫神さんと新しい姫神さんがこの屋敷の離れにある祠に一緒に篭って徐々に魂を移していくようになるんや。その間はずっと祠に篭って読経をするんやけど、それで先代の中におった姫神さんを新しい巫女の体に入れるようになるって話や。
まぁ、実際にそんなもんが見えるわけないから、そういう気分になるための儀式ってことや」
「姫さん!そんなお粗末なこと言って!」
すかさず草子の叱責が飛んできたが、月子は気にかけた風でもなく、同じ口調で言葉を重ねた。

 
 

「けど、この前日、先代の姫神さんがおらんようになったんや」
  

 

傍若無人な態度を崩そうとしない月子に、それ以上大切なことを安く言わせないようにと、そこで朋樹と草子がそれぞれに口を開いた。
「その正月前に先代の姫神さんが失踪したんですよ」
「失踪?!」
「ええ・・・正月3日前、魂代えの朝に従者役が迎えに行ったらいなくなっていたんです」
「前日までに姫神さんは一人で島中のお宮さんを回ってお正月さん飾りを付けなくてはならんのです。けど、もともとぼんやりさんで、目の悪い性質やったから、その年も夜までかかったんや」
「従者役からそう聞いて、お宮さんを回っている最中に道に迷ったか、足を滑らして海か山に落ちたんだろうと島中総出で探したんですが、結局見つかりませんでした。小さな島ですが、深山のすそ野は山が深くて人の手が入っていない場所が多いんです。それに海の方もその時の潮にのまれると一気に沖に攫われて戻ってこなくなるので・・・きっとそのどちらかだろうって」
月子は懸命に言い募る2人の様子に目を細め、横を向いてゆっくりと煙草の煙を吐いた。
「忌みごとを嫌う島の人間は、それでも俺が18になったのだから、もう姫神さんは俺の代やからと、俺を姫神さんに祀り上げた。けどな、3日間の
魂代えの儀式は終わってないんや。そやから、俺は巫女ではあるけど、姫神さんにはなってない。その俺が陽の神降ろした樹の人間と結婚するのはおかしいんや。それでトモ兄さんが俺の婿になるのは流れて、この通りの始末や」
「姫さん!他所様にまでまたそんなバカなこと言って!」
その話は間違いや。と、険しい顔で草子が詰め寄ると、月子はちらりと視線を這わせ、細く笑った。その態度が草子の勘に触り、草子はますます大声で月子を叱り飛ばした。
「確かに時子ちゃんはいんようになったけど、もう代替わりの時期やったんやから、姫さんが姫神さんで間違いはなかったんや!!そない強情っぱりなことばり言うて結婚もしない言い張るから子もできないでこんな事態になるんやないの!姫さんが姫さんらしくしてくれたら、何の問題も起きなかったんや!!」
「そやけど、実際にその後
気味の悪い人影が出るようになったり、変な物音が聞こえるようになったんは事実や。姫神さんは水と子の守り神であるけど、俺らの祖先を納めてくれる神さんやからな。その蓋みたいなもんが開いてしまったんやろうなって皆言っていたやろう。それで17年前、俺が21になって、何をどう間違っても姫神さんとして神上がり(かむあがり)ができんようになると津波が起きて、海と地べたが荒れた」
「偶然や!」
今度は朋樹が声を荒げた。
けれどそれにも月子はさして動揺することもなく、首を傾げた。
「トモ兄さんもいい加減認めてくれや。この島の惨状が姫神さんがいない何よりの証拠やないか」
「あんなぁ、これだけは草ばばちゃんの言うのが正しい。そこまで気にしているのは姫神さんだけや」
「けど、皆津波の後には納得したろ?」
「せざるを得なかった。そういう風に追い詰めたんは、姫神さんやろう」
「・・・・」
「姫神さんがそう言ったら、ここのもんは皆聞かざるをえん」
「なら、そのまんま信じてくれていいやろう。俺は嘘はつかんし」
月子は笑うようにそう囁きながら煙草の煙を吐いた。そうしてくるりと煙管の火皿を反して、それを煙草盆の灰吹きのふちを勢い良く叩いた。
乾いた、鋭いその音に、草子と朋樹はびくりと肩を揺らして口を噤んだ。
それを無感動に見据えながら、月子はことさらゆっくりと口を開いた。

  
   

   

「姫神さんは20年前に死んだんや。俺が言うこと疑うのか?」

  

   

    

決して激しているわけではなく、その口調は穏やかなものだったのだが、声の重みは他と比べるべくもないほど重く、その重みで部屋の空気は一段沈んだ。
沈んだその空気を月子は無感動に見据えると、それを背負うように大儀そうに立ち上がり、新しい刻み煙草を詰めた煙管を咥えたまま部屋の四隅を巡り歩き始めた。
「今でも海は満足に魚が取れんし、畑の薬草はひょろひょろや。気味の悪い人影や物音もする」
「具体的に、異変が多く見られる場所はありますか?」
ナルの問いかけに、月子は
角々で黄色い煙を吐きながら答えた。
「お宮さんの中とか、養生園跡地が多いやろか。お宮さんの中は誰も入られんし、風が強く吹いたわけでもないのに、昨日置いておいたお飾りや調度が次の日には荒らされたみたいにバラバラになってることがよくある。特に酷いんは・・・北の、海を奉ってるお宮さんと深山にある3つのお社。養生園跡はそれこそ歩いている人影やおかしな光がよく見えるな。後はその時々や」
「では、明日からそちらにカメラを設置させていただいてもよろしいですか?」
「ああ、もちろん。そのためにお前たちを呼んだんだ。しっかり記録してくれや」
月子は安く請け負いながら、それで気がついたように顔を上げた。
「けど、お宮さんの中まで入れるのは女だけや。中まで見たりカメラ置いたりするんやったら、それはそこの2人だけにしてくれや」
「分かりました」
ナルの返事に月子は綾子と麻衣の方に視線を転じ、にっこりと微笑んだ。
「そのまま形が残ってるか分からんが、一応お正月さんのお飾りがしてある。それは崩さんように気をつけてくれや。それに古くて床板が腐ってる所もあるから十分に用心してな」
月子の忠言に麻衣は笑顔で固まり、綾子に至ってはあからさまに顔を顰めたが、月子は微笑みだけでそれを黙認した。
「正月前の3日間、つまり明日から俺は忌み嫌い言うてこの屋敷から出られんようになる。本来はこの間に魂代えもするんやが、それは今回は省略や。そやから島の案内は大樹かトモ兄さんにさせる。詳しい段取りは直接付けてくれや」
月子の言葉にそれまで寡黙を通していた大樹が部屋の隅で頭を下げた。それに頭を下げつつ、誰も口を開かないことを確認して、安原はちょいっと手を挙げた。
「なんや?」
「忌み嫌いというのはどういうものなんでしょう?」
「ああ・・・えっとなぁ、これも言い伝えがあるんやけど、最初の娘が姫神さんの魂代えをした時、三日三晩高熱が出て気が触れてしまったようになったんやて。まぁ、忌み子やね。それを起こさないように、魂代えは三日三晩かけて、屋敷の更に奥の洞に篭ってゆっくり行うようになったんや。それが忌み嫌い。魂代えは20年おきやけど、その慣習に倣って姫神になっている間の巫女は正月前の3日間は精進潔斎の上、屋敷から出ないんや。そうや、その間は魔除けに香を焚くから臭いがするが、まぁそれは我慢してや」
「それも風習の一環なんですね」
「まぁな。どこまで本当かしらんが、だからといって粗末にできるもんやないし」
自嘲気味に笑う月子の言葉に、それまで会話を記録していたモニターを注視し、会話に背を向けていたリンがぼそりと呟いた。
「その煙草も魔除けですね」
まるで独り言のようなその呟きに、衆目が集まる。
「どういうことだ?」
その視線を代弁して尋ねたナルに、リンは表情の見えない視線をやり、口を開いた。
「はっきりした姿は私には見えませんが、何者かがこちらを窺っているような気配がありました。しかし、その煙草で部屋の四隅を清めてから、その気配は消えました。ですからその煙草も魔除けの一種かと」
「窺っている?」
「そのようなものです。もしかしたら中にもいたかもしれませんが、それ以上は見えませんでした」
リンの指摘を受け、ナルの視線はぐるりと周囲に巡らされた。賢い大人たちはその固い視線から逃げるようにすぐさま視線を他の者へと順に外していった。そしてまんまとその終着点として視線の集まった麻衣は、やや遅れてからそれに気がつき慌てて首を横に振った。
「あたし?眠ってないんだもん、無理だよ!ぜんぜん分かんないって!」
「・・・・」
「ため息つくな!しょうがないでしょう、半人前なんだから!」
大声で宣言するにはいささか問題のある発言に、滝川が宥めるように背中を叩いた。
「分かった、分かった。俺も気がつかなかった同類だ」
「そうでしょう?!」
「だが今は依頼者の前だ。不用意な発言は控えよう。な?」
「むうっっ」
ごもごもと口を塞ぐ麻衣に幾許かの不安気な視線が寄せられ、気まずい空気が流れた。
しかし、その空気は部屋の隅に立っていた月子の愉快そうな笑い声で霧散した。
月子は煙管を挟んだ手で口元を覆いながら、ふくふくと長い時間をかけて笑い、部屋の中の毒気がすっかり抜け落ちたようになってから、ようやく笑みを収め、軽口を叩いた。
「気にするな、俺だって本当かどうかも分からんまま、煙草をふかしてたんや」
そして愛しそうに目を細め、部屋の中央に戻って、今度は静かに煙草盆の灰吹きに灰を落とした。
「これの意味が正しかったと分かっただけ、なんや嬉しいし」
月子はそう言うと正面に座るナルを見据えた。

  
「この島にあるもん、俺達の頭の中にあるもんの大体は嘘か本当かわからん言い伝えや迷信や。
島の人間やて、姫神さん、姫神さん言うわりにそれが実在しているなんて真から信じていた者なんておらんようなもんだった。そりゃそうや、いくら離れ小島でもなぁ、えらい便利になった現代でまんま神さん信じるなんてないやろう?他の土地の人間よりはちょっとは信じてるやろうけどな。見えもしない神さんより、夜を明るくして生活を楽にしてくれる電気の方がよっぽど大事や。
この煙草一つにしてもそうや。俺にはこれが本当の魔除けかどうかはっきりとはせんかった。
はっきりせんもんを信じ続けるのは、思うより難しい。
でもな、姫神さんがいないようになって、実際に島が荒れた。
それはつまり姫神さんがここにいたこと、それによって守られていたことが本当やったって証拠やと俺は思ってる。だからあんたらが島のおかしなことを記憶することは、姫神さんが確かにあったって記録になるんや。そしてこれは最初で最後の姫神さんの証明になる」

  
なぜか無性に胸に迫り、説得力のある月子の声に、麻衣は思わず周囲を窺った。
盗み見れば何かと反論していた朋樹と草子も月子の言葉に頷くように俯いている。それを見て、麻衣は昼間朋樹が姫神の言葉は絶対だと、半ば義務的なことを言ったのもまた虚勢で、朋樹も草子も、真実月子の話に説得されたのだと感じた。
それほどに、柔和な態度に守られた、月子の "姫神を信じたい" という願いは、崇高なまでに真摯で、胸を打った。

     

     

      

「感傷的なもんはいらん。欲しいのはちゃんとした現実の記録や」

  

     

    

月子は柔らかな笑みを浮かべたまま、はっきりとそう言い放ち、空になった煙管でもう一度煙草盆の灰吹きのふちを叩いた。