まず初めに、関係性を問おう U

 

 

 

    

    

   

 

藤原一哉 (フジワラ カズヤ)、19歳。
彼は自他共に認めるごく一般的な男子大学生。
身の丈は、平均身長よりは少し高い。
小さな顔は温和で、好きなスポーツはバスケ。愛読書はスラ○ダンク。
彼女歴は中学から数えて2人。共に学校の同級生で初体験は高校2年。現在はフリー。
そんなどこにでもいそうな男が藤原一哉その人であった。

しかし彼には少し変わった特技があった。

子どもの時からどこか小賢しかった藤原は、その特異性に早くから気がつき、周囲に言いふらすようなことはしなかった為、誰も彼の特技には気がついていなかったが、彼には人のオーラが見えた。
だからと言って特別なことは一つもない。
けれどこの能力を駆使することによって、藤原は事前にトラブルや危機を感じ取り、回避することができた。大概のトラブルは人間に原因があると、彼は子どもの時分に悟っていた。だから藤原はオーラをよく観察し、オーラで人を見極め、その人の状態を確認しながら付き合っていった。お陰で、藤原の周囲にはいつもとても快適な人間関係が生まれた。それで生じる自信と余裕も、藤原は悪びれることなく享受していた。

 

 

 

そんな藤原の最近のお気に入りは、谷山麻衣という一人の女の子だった。

 

 

 

彼女と初めて会ったのは、大学の特別集中講義の時だった。
友達と一緒に窓際に座る彼女を見つけた時、藤原は正直、衝撃を受けた。彼女の容姿は特別秀でたものではなかったが、そのオーラはひどく温かく、透けるように綺麗な紫色、黄金色、銀色を纏っていた。そんな不思議で綺麗なオーラを見たのは、生まれて初めてだった。そのあまりの美しさに魅せられて、藤原は科の違う麻衣を探し回り、その必死さ加減を周囲に呆れられながらも強力にアピールし、夏には何とか顔見知りの友達ポジションまでこぎ着けた。初めは胡散臭がって警戒していた麻衣も、そんな藤原に呆れたように次第に心を開いてくれた。彼女が自分を憎からず思ってくれていることは、慈愛のオレンジ色したオーラが教えてくれた。

 

 

「じゃぁ何か?麻衣は今、その仕事ばっかりの彼氏と喧嘩中ってわけだ」

 

 

大学の食堂でパック牛乳にストローを指しながら、藤原の問いに麻衣は頷いた。
藤原の苦労が実って、夏ぐらいから麻衣は時間が合えば、藤原と一緒に昼食を食べることが多くなっていた。科が違うのに一緒にご飯を食べることは、よくよく噂になりやすかったのだが、そういう点は麻衣は気にならないようだった。
麻衣には学外に、もっと言えばバイト先に彼氏がいた。
それを話しても、まったく気にしなかった藤原を、麻衣は友達ポジションと認識し、警戒心を解いた。藤原はそこにつけ込み、麻衣の側にいることを選んだのだ。友達ポジションに甘んじる代わりに、藤原は麻衣を呼び捨てにし、好きにからかう権利を得たのだ。そんな何となく心安い藤原に、麻衣も今ではすっかり懐き、彼氏の愚痴を語るようにもなっていた。

  

「本当に飽きないなぁ、いっつも喧嘩ばっかりじゃん」
「で・も・今回は違うもん。もう本当にあったま来た!もう知らない!!!!」
「うん。うん。そりゃいいことだ。いい加減別れて、俺と付き合おう、な、麻衣?」
「・・・・・」
「その彼氏だとまともなデートもできないだろう?俺はいいよ。一緒に遊園地も行ける」
「・・・・・」
「映画も行こう、ビリヤード教えてもいいぞ?ゲームも一緒にやれるし、おまけにレポートまで一緒だ」
「・・・・・」
「・・・・冗談だからさ、何もそんな泣きそうな顔しなさんな」 

けれど、どれだけ文句を言おうとも、麻衣が彼氏を好きなことは、これもまた話題に出るだけで麻衣から発せられる淡いピンク色のオーラが示していた。だからこそ、藤原は友達ポジションに甘んじたのだ。
オーラが見えるってのも難儀なもんだと、そのピンク色を見るたび藤原は思う。パソコンの性格判断で
 「スタイリッシュな宇宙人」 と出た藤原の基本性格はスマート・クール・スタイリッシュで、それはそんなに外れていない。無茶をすることは基本的にない性分なのだ。だからこそ、友人達は藤原が麻衣に執着している姿を見て愉快そうに笑ったし、麻衣自身もどこかでその性格を把握して安心して自分に笑顔を向けるのだ。
麻衣が自分に発するオーラは女友達に向ける、友愛のそれと全く同じだ。
藤原にはそれは目論み通りの嬉しいものである反面、少し残念なことでもあった。
しかし無茶はしない。それが藤原の基本スタイルなのだ。
藤原が少し自分の考えに浸っていたその僅かの間に、他人の感情に敏感な彼女は慌てて弁明した。
「藤原が嫌いなんじゃないよ。でもさ、まだ私はヤツと付き合っているわけだしね」
そんな律儀な彼女に、藤原は困らせないように小さく笑った。
「まぁね」
藤原の明るい返事に、麻衣はすぐに安心して微笑んだ。
複雑で、崇高なオーラを持っているくせに、麻衣は時として酷く無防備で、純真だった。
言い換えれば、だからこそなのかもしれない。藤原はうっとりとそのオーラを眺め、麻衣を見比べた。
「でも」
「でも?」
藤原が尋ねると、麻衣はぼんやりと空を眺めて呟いた。
 

「遊園地とか映画館はいいなぁ。正直憧れるなぁ」

 

それは、耳を疑いたくなるような、酷く貧乏臭い呟きだった。
「・・・・はい?って、そんなんスタンダードコースだろう。何、そういうデートしたことないの?」
「藤原は相手を知らないからそういうことが言えるんだよ」
呆れる藤原に、麻衣は恨みがましい視線を投げた。その余りの真剣さに、藤原は不憫さまで感じて、ため息を落とした。
「・・・・麻衣、お前本当にどうしてそんなヤツと付き合っているわけ?」
「・・・・私もよくそう思う」
くすくすと笑う麻衣に、藤原は笑い事ではないんじゃないか?と思いつつ、正しくそのポイントにひらめいた。
「麻衣!」
「うん?」
「俺がしばらく 『優しい彼氏』 になってやろうか?」
「はぁ?私今、彼氏いるって言ったばっかりじゃん」
「ああ、彼氏じゃ駄目だよな。じゃぁ 『優しい一番の男友達』 になってやる」
「へ?」
「で、彼氏がしてくんない楽しいこと、やってやる」
「?」
「まずはそうだなぁ・・・バイト終わったら迎えに行ってやるよ」
きょとんとする麻衣に、藤原は愉快そうに笑顔を浮かべた。
「レイトショーだったら映画もいいよな。一緒に観に行こう」
「んん?」
「あとは、デートらしいことがいいよな、二人で飲みに行くのも範疇かな?」
「えええええ?」
「明後日だったらクラブに踊りに行ってもいいな。週末までバイトあるんだろう?」
「ちょっと待って!何言ってんの藤原」
「いいじゃん。彼氏そういうの無関心なんだろ?」
「だけど・・・」
言いよどむ麻衣に、藤原はにっこりと邪気のない笑顔を浮かべた。

 

「 だったら、麻衣が友達の誰と一緒に遊んでも関係ないんじゃねぇの? 」

 

麻衣だって遊ぶべきだろう。十代で大学生は今だけよ?と、かぶせる藤原の提案に、麻衣はしばらく何事か考えていたが、すぐに「確かに関係ないって言ってたしね」と、一人唇を尖らせながらぼそりと呟き、決心したようににっこりと藤原に向かって微笑んだ。
「 うん、それいいね!藤原、これから『 一番仲のいい男友達  』 になってねv 」
キラキラと輝くような笑顔には、悪戯を楽しむ子どものような黄色のオーラが輝いていた。
それを見て、藤原は満足して微笑んだ。