Q Q Q 「で、これは誰だ?」 Q Q Q 巨大な滝川のワゴンに荷物を全部積み込んだ所で、彼は奏多に視線を向けた。 ■ ■ ■ ■ ♯002 結界を張る |
|
Tokyo
|
![]() |
■ ■ ■ ■ ■ ■ 水を向けられて、こちらも初めて気が付いたように、滝川は悪びれることなく微笑んで顎をしゃくった。 「こいつは今の俺の仕事仲間。あ、副業の方ね。工藤奏多(くどう・かなた)、大学生」 「・・・・初めまして」 奏多がぺこりと頭を下げると、不機嫌を隠そうともしない彼に代わって横の女性が愛想よく微笑んだ。 その様子を窺いながら、滝川はくつくつ笑いながら運転席に乗り込んだ。 「ホテルに結界張るんだろ?よく視えるヤツだから一緒に連れて来たのよ。周りに何もないかどうか確認してもらおうと思ってさ。説得とかも上手なんだわ。神社の息子で神道の方の手順もできる」 滝川は車の説明でもするようにぺらぺらと奏多の情報を喋り、そのついでのようにお願いを挟み込んだ。 「それに、ちょっとコイツの相談にも乗ってもらいたくてね」 いつもの調子に戻った滝川の説明に、彼は露骨に顔を顰めた。 壮齢の美形の無表情も怖いが、気分を害される様子は無駄に迫力があってさらに怖い。 内心縮み上がる奏多を余所に、滝川は慣れた様子で彼のぶっちょう面を一笑に付した。 「お前さんの考えていることはよ〜くわかる。っていうかこれから続く罵詈雑言も想像できるが、まぁ悪いようにはしないからさ。ここは俺の話に乗れって」 滝川は眼鏡をかけ、慣れた手順でナビをセットしながら、今度は奏多に説明した。 「この2人は昔の俺の仕事仲間。もちろん副業の方だ。今はイギリスに住んでいるけど、本当に久しぶりに帰国したわけ。えっと、名前はぁ・・・」 滝川はそこで背後を振り返り目くばせした。 後部座席に乗り込んだ2人はそこで顔を見合わせ、少ししてからそれぞれに自己紹介した。 「・・・・・・・渋谷、一哉」 「えっとぉ、渋谷麻衣です。よろしくね」 「あ、よろしくお願いします」 奏多がかしこまってお辞儀する横で、滝川はやたらと懐かしがって大笑いした。 「昔の呼び名で、俺はナルと麻衣って呼んでる。ま、お前がそう呼ぶ必要はないけどな」 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 到着したホテルは、都心から程よく離れたできたばかりの高級ホテルだった。 歴史が浅いはずなのに、中は少し淀んで見えた。 「でも特に問題になるようなものはいません」 案内されたセミスウィートルームを見渡し、奏多がそう言うと、滝川はそりゃ良かったと軽く頷き、予め準備していた札をよっこいせっと掛け声を付けながら部屋の四隅に張り付けた。 その間に麻衣は疲れたのか靴のまま奥のベッドに倒れ込んだ。 初対面の男もいるというのに、と、奏多が驚いている脇から、ナルは慣れた様子で麻衣が倒れ込んだベッドの端に座り、伸びた足から靴を脱がせた。 「人酔いしやすい性質でね」 「オブラートに包まんでもいいよ。こいつ本当に察しいいからさ、大体の事分かってるよ」 「・・・・」 「最近はやたらと憑依もされやすいんだろう?だからこうして厳重警戒が必要ってわけだ」 札を張り終えた滝川がそう言いながら隣のベッドの毛布を剥がして手渡すと、ナルはそれを受け取りながら苦笑した。 「正気を保つには何かが犠牲にならないといけないらしい」 「どっちが麻衣にはいいのかねぇ」 2人はそこで奏多には分からない会話を続け、互いに肩を竦めた。 「家族にしてみればこちらの方が都合がいいがな」 「悩ましいなぁ・・・でも、こうして普通に会話ができて、俺は泣くほど嬉しい」 それから滝川は麻衣の枕元にしゃがみ込み、ポケットから縮緬の小さな包みを取り出し渡した。 「ほれ麻衣、真砂子からの預かりもん」 包みの中には珊瑚色の真新しい数珠が乗っていた。 「真砂子が来週にならないと来れないのは不便だったな。でも来週には会うんだろう?古い方はその時に渡してくれってさ。とりあえずはこれ持っとけ」 「・・・ありがとう」 麻衣はもそもそと顔だけ滝川の方を向いて微笑むと、だるそうに右腕を伸ばした。袖をまくると、腕には既に深緑色の数珠がかけられていた。麻衣はそれに重ねるように新しい数珠を通し、ほおずりするのようにしてそのまま落ちるように眠りについた。 その様子をしばらく見てから、滝川は勢いをつけて奏多を振り返った。 「今の麻衣に何か憑いている?」 「・・・・何も憑いていませんよ」 半ば呆れるように奏多は続けた。 「数珠もそうですけど、もともとこの方には沢山の守りがついています。そうそう危害が加えられるとは思えないんですが・・・・」 奏多の霊視にナルは少しだけ眉を上げ、滝川は満足そうに頷いた。 「そうだろう?そりゃそうだ。その筋のもんが何人も何重にもお姫様のように何人も守ってるんだから!で・も、奏多はこいつを知らない。麻衣はねぇ本物のトラブルメーカーなの!も、ね、若い頃から思いもよらないことをしでかして、暴走して・・・・本当になぁ一瞬の隙に何かしでかすの!年とったくらいでその性質が治るレベルじゃないんだよ?だから油断しちゃいけねぇんだ」 「・・・呪いみたいですね」 何気なく奏多がそう言うと、滝川は驚いた顔をして、それからなぜか嬉しそうにナルを見やった。 「言われてみたら呪いっぽいな!」 「何を今更」 それに対してナルは極めてクールな返事をすると、テーブル上に広げられてたホテルのパンフレットに視線を落とし、滝川と奏多を階下のティーラウンジに誘った。 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 地上15階に位置するフロント前の宿泊客専用のティーラウンジは、シックな色合いの高級感ある店だった。 時間的なものか他に客はなく、3人が立ち入ると長身のボーイが展望がよく見える奥まった席に案内した。 重厚な内装の店内で大学生の奏多とちゃらい格好の滝川は明らかに浮いていた。奏多は居心地が悪かったが、滝川は流石の年の功、物おじすることなく大ぶりのソファにどかりと腰をしずめ、メニューも見ずにアイスコーヒーを注文した。 それに反して、相対するナルは重厚なソファにもデザイン性の高い室内にもちょっとも見劣りすることがなかった。むしろナルを前にしては高そうな調度類も肩身が狭く見えた。 「それで?相談内容を手短に説明してもらおうか」 ゆっくりとした口調も、サーブされたティーカップを口に運ぶ仕草もいちいち堂に入っている。 外見だけ見れば存外若いようにも見えるが、とりまく雰囲気を感じるとずっと老成しているようにも感じられる。滝川とは別の意味で年齢不詳だと、奏多は妙な感心をしながら2人を見比べた。 「今回の滞在期間は短い上にビジネス目的だ。僕に余分な時間はないのだが?」 「知ってるよ。だからわざわざ移動初日にこいつを連れて来たんだ」 「霊視は依頼していない」 「まぁそれはおまけっていうか、念のためのサービスね」 滝川は彼独特の煙に巻くような口調で淡々と相談を始めた。 「こいつはそこそこの力を持ってる。それで口コミで色んなオカルト全般の相談を受けている。俺と会ったのもその縁。俺としてもはっきり視える人間がいるのは仕事しやすくていいからな、まぁまぁ懇意にしてるのね。こいつも自分だけじゃ対処できない問題が起きた時、俺に相談してくる。俺だって伊達にこの世界で年喰ってるわけじゃないからな。経験と知識だけはある。対処方法を教えてやれることもあるわけだ。そして・・・一ヶ月前に相談された内容ってのがあって、そいつをナルの耳に入れたいと俺は判断したわけ」 「僕に?」 鼻でせせ笑うナルに、滝川はにたりと、また人を喰ったように口の端をあげた。 「大学の後輩から心霊現象で悩んでいると相談を受けたそうだ。でも、実際に会って話をするとちっともそんな感じがしない。本人からは霊感らしいものを感じないし、何か憑いているわけでもない。一人暮らしのアパートにも行ってみたが問題ない。でもあんまり奇妙で、本人がまいっているからこいつも困って俺に相談してきた」 「心療内科を薦めるといい」 にべもないナルの対応を滝川は無視した。 「彼が体験する現象はおおよそ自分が殺される疑似体験だ。何事かとその時見た場所の裏を取ると、まず間違いなく実際にそういった過去がある」 滝川の言葉にその場の空気が一段重くなった。それに構わず滝川は要約した説明を続けた。 「しかも現在十代で能力は活性期。時々身体に外傷を作る。が、だからと言って呪われちゃうようなこともなく、霊感があるわけではない。自宅にも何もいない」 「・・・・」 「話を聞いて俺にはすぐ原因が分かったよ」 「・・・・・」 「まぁそれだけなら俺もナルにまで話を持ってこない。こいつに基本知識を教えてお終いにしたさ。まぁね、俺も知識としてしかそれを知らない。だから本人にしてみればお前さんが説明してやるのが一番だと思うがね。でも、この話には続きがある。そいつ、名前なんだっけ?」 「え?あ、相場・・・です」 「そうそう、その相場君ね。実家が群馬なんだってさ。相場君のその能力は高校からハッキリしてきた。最初は偶然交通事故を過去視したことがきっかけ・・・・だよな?」 話を振られて動揺しつつつ、奏多は促されるまま相場から聞いた体験談を話した。 「ひき逃げ事件のあった現場で、その事故を自分のことのように体験したそうなんです。悪質な事故で、山道を歩いている時に車とぶつかって倒れたそうなんですが、まだ息があったのにもう1度轢かれてとどめを刺されたそうなんです。犯人・・・髪の長い女だったそうなんですが、こいつは一度は車から降りてきたのに、助けもしないでそのまま車に乗り込んで、もう一度轢いたそうです。それがすっごいリアルで、気が付いたら病院に運ばれていて身体には覚えのない打撲の跡がついていたそうです」 奏多はそこでナルの顔を見上げた。 「あの、渋谷さんって・・・そういう現象の専門家・・・なんですよね?何か対処方法があればぜひ教えて下さい。相場はそれ以来時々同じような目にあって、その都度自分が死んだりするもんだからすっかり怯えているんです。最初は実家の場所が呪われているのかと思って、東京の大学に進学して上京したけど事態は変わらなくて、本人マジで困っているんです」 黙り込んだナルは先ほどより一層重い空気を孕んでいるようだった。 奏多は戸惑い、救いを求めるように滝川に視線を移すと、滝川は軽く肩を竦めた。 「無理強いはせんよ」 「・・・・」 「でも、どうだ?会ってみたいとは思わないか?」 ナルはしばらく思案するように顔を伏せていたが、ほどなくして諦めたように顔をあげた。 「仮に真性だったとして、それに対応するには長い訓練が必要となる。それを僕が施すことはできない」 「分かってる。せいぜい説明してやるくらいだろう。でもね、なんか気になるでしょう?お前さんらが十年以上ぶりに来日する。こんなタイミングで俺がこの話を聞いたのも、まぁ俺が言うなら御仏のお導き?って感じがしたんだ。突発的な事故でここまで条件が合うってのも、偶然にしてはでき過ぎている気がしてね」 「?」 「推論に過ぎない」 「あぁ、そだね。全くその通り。俺だってちょっと躊躇った。俺の説明で済めばそれでいいかと一旦は思った。でもひっかかった」 滝川の説明に、ナルは呆れたように瞼を伏せた。 「これが安原さんならしっかりとした聞き込みの上、裏を取ってくるだろう。それを面倒がるなんてぼーさんらしいというか・・・僕も甘く見られたものだな」 「そらすみませんでしたね」 滝川が諦めたように棒読みで舌を出した。 「明後日の午後2時過ぎ」 「え?」 「当面空いているのはそこしかない。その時間で良ければ面会しよう。会えなければ縁がなかったと諦めろ」 ナルは無表情のままそう言うとおもむろに立ちあがった。 「面会の条件はその相談相手に僕の情報を渡さないことだ。このホテルの場所も含めてな。面会場所は隔離できる個室が準備できる所。指定はそちらに任せる」 そう言い置くと、ナルは奏多に向き直った。 「今回はぼーさんの顔を立てて引き受ける。それを十分に自覚して、軽はずみな言動をしないと約束しなさい」 暗い、湖の底のような瞳に魅入られ、奏多は言葉も出せずかくかくと首を縦に振ることしかできなかった。 それをじっと見つめてから、ナルはちらりと滝川に視線を移した。 「疲れた、部屋に戻る」 「あぁ、来日初日にすまんね。ゆっくり休んでちょ」 また今度、と、滝川はひらひらと手を振ってナルを見送った。 ■ ■ ■ ■ ■ ■ Q |
|