■ ■ ■ 異種様々な人であふれる国際線ターミナル、到着出口。 人工的に磨き上げられたその空間で、彼は一際異彩を放っていた。 身体は大きい方ではない。けれど美術館から抜け出したようなゾッとするような美貌と、すっきりと伸びた背筋が、彼の間を囲う″普通の人″と一線を画していた。 不思議な感覚だが、彼の周りだけ空気が一段澄んで見えた。 ■ 「うぉおい!ナル!!」 ■ ■ 膜のようなそれを打ち破ったのは、人好きのする笑みを浮かべながら大きく手を振った滝川の大声だった。 ■ ■
♯001 プロローグ |
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Tokyo
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■ ■ ■ ■ ■ ■ 声をかけたのは本当にその人、彼でいいのだろうか。 親しさゆえの乱雑さが見える滝川の様子に、奏多は内心ビクビクしながら滝川の言動を見守っていた。 しかしてその的はちらと滝川を見やると、迷いなく一直線に滝川の前に歩み寄り、挨拶より先に引きずっていた大きなスーツケースを投げるように押し付けた。 ■ 「久しぶりだな」 ■ ぞくりと、背筋を撫でられるようなテノール。 スーツケースと一緒に投げかけられたその言葉に、滝川はにやりと底意地悪く微笑んだ。 彼は自分の荷物がなくなるとすぐ、真後ろにあった小ぶりのスーツケースに手をかけ、まるでマジックのように背後から1人の華奢な女性を取り出した。 取り出す、とは人間に対しておかしな表現だが、腰に手をかけぐるりと身体を押し出すように構えた仕草はまさしくその表現通りの様で、彼に目を奪われて背後まで気が付いていなかった奏多にすれば、本当に突然現れたような印象を受けた。 そうして現れたのは薄い茶色の髪をした、小柄な女性だった。 小さな少女を思わせた女性だったが、よくよく見れば彼と同年代、中年の女性だった。異世界の住人のような彼と一緒にいるには、不釣合いなほど普通のおばさん。故に、奏多は逆に不思議な違和感を感じた。 しかし、その彼女が現れた瞬間、滝川が壊れた。 ■ 「 麻ぁぁぁぁ衣ぃぃぃぃぃ! 」 ■ それまでの陽気さはどこに消えたのか、滝川は彼女の名前を叫んだっきり、人目も憚らず号泣しながら彼女を抱き締めた。 若作りでそうとは見えないが、還暦を身近にするおっさんが号泣している様子は、控え目に言ってあまり見目いいものではない。せめてさめざめと泣いて欲しいところだが、壊れた滝川はそんなこと全く頓着しなかった。 忍びなくて奏多が抑えにかかったが、豪快にその手を振りほどいて、滝川は彼女を力いっぱい抱き締め離さなかった。 「ちょっ・・・滝川さん。落ち着いて下さい」 「うるせーーー、お前は黙ってろ」 「もっぐぐぐ・・・」 「嫌だって、ほら、苦しそうですし」 「本当にっっ何・・・年ぶり!」 「いい加減にして下さいませんか、滝川さん」 流石に痺れを切らして、不機嫌な彼も口を挟んだが、それでもまるで効果はなかった。 「うぅぅぅう、本当に・・・よく日本に来れるように・・・またこっちで会えるなんて・・・」 「ぼーさん」 「麻衣ぃぃぃ」 「飛ばすぞ?」 低いテノールが小さくそう囁くと、滝川はようやく我に返った。 その一瞬の隙を見逃さず、彼は引っぺがすように滝川から彼女を取り返し、また自分の背後に彼女を引き寄せた。彼の背後に回った彼女はしばらく激しく咳き込んだ。 滝川は呆然としつつ、むせる彼女の息遣いにきまり悪そうに頭を垂れた。 涙も鼻水も垂れ流している滝川に奏多がティッシュを渡していると、一息ついた彼女はおずおずと彼の背後から顔を出した。 さらり、と、薄茶色の髪が揺れ、その下の大きな瞳がこちらを覗う。そうして、滝川や奏多と視線が合うと、初めて彼女はにっこりと微笑んだ。 ■Q ■Q ■ Q ■ Q ■ Q 「ただいま、ぼーさん」 ■ Q ■ Q ■ Q ■ Q ■ Q か細い彼女の声に、滝川の涙腺が再び崩壊した。 ■ Q ■ Q ■ Q Q ■ Q ■ |
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#001 プロローグ |
Tokyo |
#002 結界を張る | |
#003 正 体 | |
#004 御仏のお導き | |
#005 救急センター | |
#006 油性マジック ![]() |
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#007 | |