■ ■ Q ■ 滝川が準備した場所は、とある寺の社務所奥、普段は葬儀等で親族控室として使われている十畳程の和室だった。 バイトを休ませ、奏多が相場を連れて行くと、そこには既に滝川とナルが待ち構えていた。 折り畳み式のテーブルを挟んで、ナルはモバイルに視線を落としたまま、2時間程滝川と奏多を交えながら、相場に質問を繰り返した。 時に繰り返しのような質問を挟みつつ、相場がそう言えば・・・とようやく思い出すような事まですっかり聞き終えてから、ナルはようやくその綺麗な顔を正面に上げた。 ■ ■ 「自覚もなく、コントロールが全くできていないが。およそ、君の正体が分かったと思う」 「・・・は、い」 「君はサイコメトリストだ」 「「 へ? 」」 ■ ■ 奏多と相場が合わせてすっとんきょな声を上げるのを、ナルは面倒そうに見比べ、小さく溜息をついた。 ■ ■ ■ ■ ♯003 正体 |
|
Tokyo
|
![]() |
■ ■ ■ ■ ■ ■ 「・・・・というように、霊視している霊能者の中にも、この能力者であることが多々ある。特に相場さん、あなたのように人の死ばかり見るようなタイプはね」 「・・・・どうして、でしょう?」 「これは推測でしかないが、死というのは人間の人生において最もインパクトの強い出来事の一つなのだろう。そのインパクトの大きさから情報としてその場に残りやすい。君のサイコメトリの能力は正確ではあるが、情報の絶対量が必要なのだろう。それに達する情報というのが、死に際というタイミングだ。そしてその情報が残っている場所、もしくは物に触れた場合本人の意思に関係なくサイコメトリをしてしまう」 ナルは淡々とその能力について、一般的に解釈されている情報として説明した。 そして呆然としている相場に、冷ややかな視線を向けた。 「自衛方法は自制心・自立心だ。自分に触れさせないという確固たる意志。それがあればよほどの事がなければ今までのような怖い思いはしなくてすむ」 どこかが勘に触ったのだろう。 それまで大人しく話を聞いていた相場の表情が、その瞬間に険しくなった。 間を取り持つように、滝川が考え方次第では仏法上の読経などもその意思を強化するものだ等説明したが、相葉は納得しなかった。 「何も好き好んでこんな目に合ってるわけじゃないんです!心霊スポットに好奇心で自分で行くようなことはしてない!嫌悪感や拒絶感なら人一倍あるんですよ。もう絶対にこんなもの見たくないって本気で思ってます!それを感情論だけで解決なんて・・・・できるわけない!馬鹿にするのもいい加減にして下さい!」 普段口数の少ない相場の絞り出すような弁解は真に迫り、悲壮感すら感じられた。 安い慰めをしてしまったような場の悪さに、居心地の悪い沈黙が落ちた。 それを破ったのは、ナルの溜息だった。 「ナル?」 「仕方ないだろう・・・・」 ナルはそう言うと相場に声をかけた。 「何か思い入れのあるものをお借りしても?」 そうして不信感全開の相場から腕時計を受け取ると、彼は小さくそれを擦りながら瞼を閉じた。 瞼を閉じると、無条件に緊張させる圧迫感が一気に薄れ、細かい皺や生え際に紛れ込んでいる白髪から彼がそれ相応の年であることがようやく察せられる。 一体、この人こそどんな人なのか。 好奇心に誘われて、こちらを覗ってくるおそらく亡くなったばかりの人間の気配を背に感じながら、奏多が咳払いをすると、ナルは静かに瞼を開け、長い溜息をついた。 そして溜息の先に、さらりと恐ろしいことを告げた。 「父親に・・・よく似ている。父方の叔父か、親せきから貰い受けた形見分けですね」 「・・・・は・・・」 「僕らの同世代といった所か、40代後半から50代・・・随分背の高い男性で、癖のつよい巻き毛。病院で亡くなっている。入院生活が長く、本人も死期が分かっていてそれなりの準備をされていたんでしょう。相場さんがお見舞いに行った時に生前贈与された。その場には相場さんの母親とその男性の家族も同席している。半袖だったから夏かな?男性が亡くなったのは長袖の季節だったけど」 驚愕の沈黙。 その間を縫うように、ナルは腕時計を丁寧に持ち直し、相場の手元に返しつつこう告げた。 ■ ■ ■ ■ ■ ■ 「僕は君より酷かった」 ■ ■ ■ ■ ■ ■ 暗示等をかけることもできるが、それは根本解決にはならない。 それならば腹を据え、自らの意思で確実にシャットアウトする方がいい。 「所詮は情報だ。怖がる必要はない。テレビを見て不快に思ったり、感動することもあるだろうが、テレビで放送される情報が直接君に肉体的な危害を与えることはできないだろう?自分が感じるものはそのカテゴリに属するものだとしっかりと認識することだ」 相場は呆然とナルを見上げたまま、まるで熱に浮かされたようにただ頷いた。 「自覚できるまでまた同じようなものを見るだろう。けれどそれは自分でコントロールするしかない。夢から覚めるように、自分の身体を思い出し、情報を途中で中断させることもできる。まぁ、精神論だけなら、ここにいる元坊主の爺さんの方が説法は上手だ。それをヒントにしてもいい」 ナルは最初の質問と同じように、ごく淡々と解説を続け、予め指定していた時間が近づくとあっさりと話を打ち切った。 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 送迎も見送りも必要ないと、間口の広い社務所の玄関で、ナルは滝川らと別れた。 「手間かけたな」 滝川が言うと、ナルは億劫そうに首を傾げた。 「そうだな。貸し一つとしておく」 「へいへい」 滝川は腕組みしながら苦笑し、そのままそっぽを向いたまま目を眇めた。 「で、お前さんとしては収穫あった?」 「・・・・最初から期待はしていない」 「え、うそ。違った?」 驚いて思わず顔を向けた滝川に、ナルは小さく苦笑し首を横に振った。 「・・・いや、そういう意味では当たっている。彼は僕と同じものを見ていた。自分が視たものを他人も視るというは不思議な感覚だな。そういう意味では貴重な体験だったが、彼が視たものの情報量は僕より少ない。新たな発見はなかった」 「そう・・・・か」 いささか落胆した様子の滝川をナルは鼻でせせわらった。 「最も既に解決済の案件だ。特に情報が必要だったわけではない。特に落胆することでもない」 「でもよぉ・・・それなら・・・」 「今日のこれは完全なボランティアと、多少の好奇心。元々そんなものしか持ち合わせていない」 ナルはそう言うと一緒に玄関に立ち会った相場に視線を投げた。 「後は自分次第」 「あ・・・・あの!あの!またご相談に乗ってもらいたいんですけど!」 最後に相場が慌てたように取りすがったが、ナルは表情一つ変えずに拒絶した。 「それはできない」 ぐっと息をつめる相場を滝川が肩を叩きながら慰めた。 「残念ながらこいつは今海外に住んでるのね。今回たまたま日本に来たから、無理言って引き合わせた。これ以上のこいつからのフォローは現実問題無理なんだわ」 「そ・・・うなんです・・・か・・・」 「一回だけってのも酷な話かなぁと思ったけど、一回でも本物に会えた方がいいかと思ってこうしたわけ」 何かまだ言いたげな相場を横に、奏多は滝川に目くばせした。 その後のフォローは相談を持ちかけた自分の役割だろう。 その間にナルはさっさと靴を履き終え、軽い会釈だけして何のためらいもなく帰路についた。 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 寺の境内には細かい砂利が敷き詰められている。 しかしその上を踏む足音すらごく僅かで、どこにも粗雑さが見えない身のこなしであるが故に、立ち去る後ろ姿さえナルには現実離れした美しさがあった。 口調はキツイが、行動は常識的な人に見える。 それでもなんとはなく違和感が残る。 「・・・不思議な人ですね」 小さくなった背中を見つめたまま奏多がつぶやくと、滝川はナルのことかと苦笑した。 「まぁ変人の部類ではあるわな。あれでも若い頃に比べたら格段に丸くなったんだよ。10代の頃なんて、本当に酷かったんだから」 「10代の頃からの付き合いなんですか?」 「まぁね。俺もまだ20代の若造だったのよ。よぉく嫌味言われていびられたわぁ。俺の方が年上なのにさ!」 滝川はそう言うと奏多と相場を見比べ苦笑した。 「今日はね、お前さんらとーーーーっても優しくしてもらったんだよ」 「え?」 驚いて顔を上げる奏多と相場を見下ろし、滝川はにししっと悪戯っ子のように笑った。 「あれで?とか思うだろうけどねぇ、普段を知ってる俺としては薄ら寒くなるくらい優しい対応だったよ。俺がされたら絶対裏があるって疑っちゃうね。たぶん、相場君に思うことがあったからじゃないかね」 「お、俺っすか?」 「そ。あいつもね、10代の頃はこの能力のせいで本当に大変だったのよ。あの通り根性曲がってるっていうか我が強いから、プライドでねじ伏せたような感じだったんだと思うよ。だから同病相哀れむっていうの?そういうところもあったんだと思う」 「・・・・そう、なんですか?」 いささか腹を立てていた様子の相場だったが、滝川の説明に一気にしょぼくれた。 必死過ぎて無礼な態度もあったけれど、元々素直な性格なのだ。 「そう、だから少しでも役に立ててくれるとオジサン達は嬉しい」 滝川はそう言うとにんまり笑い、それから2人の鼻先に顔を近づけ低い声で囁いた。 「複雑な事情があってね、今回のは俺とあいつからの破格の待遇だ。いいかい、お前ら、今日の事は相場君の能力も含めて、酒の肴にしていい話題じゃない。親や友達であっても気軽に相談する、吹聴するもんじゃない。おじさんらの好意を無にするんじゃないよ?相談したいことがあれば俺んトコに来い。じっくり話を聞いてやる。もっと詳しく知りたかったら、文献も紹介してやる。だからな、約束はきちんと守れ。でないととても面倒な事態になる」 それまで気のいいおじいちゃん然だった滝川の豹変とも言えるドスの効いた声に、相場は心底怖かったのだろう、かくかくと無言で首を振り、奏多はその経験則から口をしっかりと閉じた。 ■ ■ ■ ■ ■ ■ Q |
|