■ 

■ 

不謹慎ながら、丹念に伏線を追って、ミステリの謎解きを楽しんでいるようだ。

頭の隅でそんなことを考えながら、奏多は熱いコーヒーを飲み、作業に没頭した。 

■ 

■ 

■ 

♯007  エピローグ

 

  

  

Tokyo
20XX

  

 

   

■ 

■ 

■ 

■ 

滝川からの電話があったのは、麻衣を病院に担ぎ込んだ翌日の早朝だった。

『 ワリィ、寝てたか? 』

口の割には全く悪びれることもなく、朝早くからやたらと元気な滝川は寝起きで生返事の奏多に長い感謝の言葉を並べたてた。半覚醒のまま、ごもごもと辛うじて返事をしながら、ナルと2人きりで緊張したと伝えると、滝川はゲラゲラと大声で笑った。

『 あれですっごい丸くなったんだからそう怯えることもねぇよ 』

「そうなんですか?」

『 まぁ・・・年取って迫力は増したけどな 』

寝起きのぼやけた頭を掻きながら奏多は無意識にパソコンを立ち上げ、起動画面を見つめながら昨夜遅くまで検索していたことを思い返した。

「滝川さん」

『 お、ああ、朝早くから悪かったな! 』

「お尋ねしたいことがあるんですが」

『 おぉ、なんだ? 』

「オリヴァー・デイビスって滝川さんの部屋にあった本の作者ですよね?」

眠くて面倒くさかったのでそのものずばりを尋ねた。

途端に落ちた沈黙に肯定の意味を感じながら、奏多は昨日の閲覧履歴をディスプレイに表示させた。

「病院で受付しないといけなくて、本人がそう言っていたんですが・・・そちらが本名で、渋谷さんっていうのは偽名ですよね。なんでそんな事したんだろうと不思議に思って、失礼ですがちょっと調べさせてもらいました」

電気ポットに水を注ぎ、ごぼごぼと沸かしながら、奏多は昨晩仕込んだばかりの推測を披露した。

「渋谷さん・・・オリヴァー・デイヴィス博士って呼んだ方がいいんでしょうか?あの人って相場が持ってる力のスペシャリストなんですね。だからプライベート情報はトップシークレット。宗教学や心霊現象についての研究者として超一流でありながら、表舞台には出てこないのが通例。関係者はそこには触れないのが礼儀みたいな感じになっている」

テーブルに放置されていたまだ綺麗な方のマグカップにインスタントコーヒーを入れ、湧き立てのお湯を注ぐ。

冷蔵庫に残っていた牛乳も注いで少しぬるめたものを、奏多はぐびぐびと飲んだ。

それで頭は随分しゃっきりした。

「サイコメトリストって特殊な能力ですよね。未解決事件や行方不明者を探せるから、警察の調査なんかにも協力できる。アメリカのジョージ・レイモンドみたいな感じでしょうか。ここまでくると何だか宗教家みたいな感じですが・・・どうしてもそういう意味合いが多くなってきますよね。滝川さんが相場に厳しく口止めしたのもこういうのが分かっていたからなんですよね?相場もしかり、オリヴァー・デイヴィス博士もしかり」

奏多の話がひと段落した段階で、滝川は軽い咳払いをして苦笑した。

『 たった一晩でよくそこまで分かったな 』

「それまでに大切な情報を公開してくれてましたしね。今はネットが随分便利になりましたから、本気で何か調べようとすれば結構出てくるもんです。特に今回はアクシデントで、渋谷さんの能力と本名、この2つの重要なキーワードを知ることができましたから、後は結構楽でしたよ」

淡々と語る奏多に、滝川は苦笑した。

『 今日からお前を安原2号と呼ぼう 』

「なんですかソレ?」

『 いや、こっちのこと。それで? 』

一度は動揺したくせに直ぐに立て直し、余裕さえみせる滝川に、奏多は嬉しくなって微笑んだ。

「それらの情報を加味すると、滝川さんへの義理で相場の相談に乗ってくれたことの色んな意味が分かりました。でも、それでもまだ分からないのが、相場と直接会ってくれた理由です。渋谷さんの情報が大変デリケートなものであることは滝川さんはご存じのはずですよね。それをおして骨を折って下さった意味がよく分からないんです。破格の扱いだってことはよく分かりました。お二人の好意っていうのも信じます。これは他言無用って意味の重要さも実感できました。でもね、ひっかかるんです」

『 若人よ、おじさんの好意を疑うでないよ 』

厳かに唱える滝川の文言に、奏多は薄く笑った。

「そんなつもりはありません。むしろ、滝川さんを信用しているからひっかかるんです」

『 ほぉ 』

「滝川さんの中では僕より渋谷さんの方がウェイトが重い。それなのに滝川さんが、あえて渋谷さんにリスクを冒した。自分のペナルティにもなるのに。それがちょっと腑に落ちないんです」

『 ふん 』

「滝川さんは好意だけで悪戯にそんなことはしない。とすると、渋谷さんにも相場に会う何がしかの意味・・・メリットがあったのかなぁって考えたんです。そう考えると2人の意味深な会話が気になってくる。あの時は意味が分かっていなかったので聞き流してしまったんですが・・・覚えている所だけでも合わせると、相場が昔見たっていう過去視が意味を持ってくるのかなぁって」

″過去視″という単語を挟んだ奏多の疑問に、滝川は苦笑しながら溜息をついた。

かつて、自分達がナルにぶつけた謎解きのことが否がおうにも思い出される。

あの時はナルの秘密主義に焦れて焦れて、最後までうんと言わなかった御仁に呆れさえした。が、こうして自分が詰問されるサイドになると感想は一転する。

「2人会話で最初から出てきたのは、相場が地元で見た交通事故の過去が気になるんですが・・・」

ナルにしてみればこれ以上のプレッシャーだったろう。

あの時は、奏多の言葉を借りればその″メリット″たる、群馬で起きたユージーンの事故が大きく関与していたのだから。奇しくも、今回もその事件がひっかかりのポイントだったのだが。

____これは完全なボランティアと、多少の好奇心。元々そんなものしか持ち合わせていない。

固執したのは昔を尊び過ぎたのか。

ちょっとした自己嫌悪を感じつつ、浮かぶのはそれ以上に土足で入ってくる若造への煙たさ。

滝川は手前勝手なその感情に年を感じつつ、苦笑をさらに深めた。

『 奏多ぁ 』

「はい」

『 やっぱお前は変なとこに首を突っ込み過ぎる嫌いがあるね。余分なとこまで深追いし過ぎ 』

「・・・・すみません」

滝川の腹でたぎり始めた不快感は、奏多の存外に素直な謝罪で力をなくした。

なくなったけれど、ゲロしてやることでもない。

これは自分達だけが触ることのできるナルの重要な過去だ。

滝川は頭を掻いた。

『 だから俺はお前さんが危なっかしくてちょっかい出したくなるんだわ。でもね、知りたいと思ったこと全てに答えが与えられると思ったら間違いだよ 』

「お預けですか」

奏多が笑うと滝川もまた笑った。

『 お前さんの言うとおり、俺にはお前よりナルや麻衣が大事なの。これ以上の情報をくれてやる義理ないよ 』

「気分悪くさせたら謝ります。ごめんなさい」

『 うん 』

奏多はそれでも追求したくなる口をなんとか抑えて、代わりに別の言葉を口にした。

「感謝だけは増ししました。前以上に。相葉にその重要性が伝えられないのが残念だけど、代わって御礼申し上げます。あいつの口止めも僕が責任を持ちます。渋谷さんにもよろしくお伝えください」

『 そうだな。それが賢明だ 』

滝川は愉快そうにそう言うと、通話を切った。

 

■ 

渋谷道玄坂にあった、オリヴァー・デイヴィスが所長を務める心霊事務所。

エスカレーターを登り、廊下を抜け、ブルーグレーのドアを開けるとあったそこにはアルバイトの半人前の女の子がいて、視る専門の協力者や元高野山の僧侶が入り浸る。

どんな場所だったのか、それは奏多には予想もつかない。

しかし滝川や麻衣、ナルが垣間見せた特別感は想像を掻き立て、焦がさせるには十分だった。

いつもはるか彼方を眺めるように細められる目元が、大切で、楽しげな思い出があることを彷彿させる。

心霊事務所で懐かしむほど仲が良く、楽しいというのも、これでどうして中々シュールだけれど。

誰かがその歴史を語ってくれるなら喜んでついていく。

「正直ちょっと羨ましい」

奏多は切れた携帯電話に向かってそう呟くと、カップに残ったコーヒーを飲み干した。

END